三代目の秘密

 私には秘密がある。

 実は隠れて、新しいきづちの振り方を練習していたのだ。

 父や学校の指導員に見つかってしまうと、こっぴどく叱られるだろう。


 それは、下からきづちを振り上げる『スクープ』という振り方だ。


 ずっと試行錯誤を繰り返してきた。

 きづちを逆さまに、柄を地面と垂直にして、掬い上げるように振る為には、どうしても体が傾いでしまい、著しくバランスを崩してしまう。

 そこで山師の大将のきづち舞の動きがヒントになった。

 逆さにしたきづちを逆手に持ち替えて振り出すとスムーズな動きが出来るようになったのだ。

 新しい動きは戦闘における幅を大きく増やす。


 損害ありきで冒険者のデータを集めている現在は、その分、我々を産み出す為の魔王様の魔力消費に直結する。

 損害を減らせば、魔力消費減になるのだから、それに越したことはない。

 それに、同じ時間を過ごしてきた仲間の戦闘員が倒されるのを見届けながら、データ収集の指揮をしなければならないのは、心が痛む。

 見届けるスカウターや参謀たちは、データ収集後に、退却させられると確実に判断出来る場合のみ助けに入り、退却を完了させる。


 しかし、父の話によると、現在ではその回数は皆無に等しいという。

 スカウターや参謀は育成に時間が掛かる。やはり経験がものをいう職業だからだ。

 失うことは一族の存亡にも関わるので、リスクは犯せないのだ。


 戦闘技術をワンランク押し上げて、退却の確率を上げるのは、現実問題として難しいのかもしれない。

 その際には、現在使われている冒険者の能力の測り方や限界値予測の方程式も一新する必要が出てくるかもしれない。


 新しいスクープという振り方も、参謀になりそうな彼に試してもらったが、全く上手くいかなかった。


 問題は山積みだ。


 私がその技術を比較的簡単に習得できたのは、だからなのだろう。


 もちろん、私がメスであるというのは誰にも言っていない秘密だ。


 山師の大将が、産まれてきた時のことを覚えているかと聞いた時、私は「いいえ、まったく」と答えたが、あれは嘘だ。

 私は、その時の記憶が鮮明にある。

 意識ははっきりとしていたが、足だけが勝手に動いていた。スカウター隊長の父の元へと向かっていることも認識していた。


 その時、山道を行進する子供たちを見守る大人の話し声が聞こえてきた。


「今年は忌み子いみごが出ないといいんだがな」


「魔王様への供物として捧げられるんだったか」


「マーレの山の火口へ放り込まれる」


「それは酷い話だな」


「それで恒久的にマーレの森の恵みを享受出来るんだから、仕方ないことだ」


 オスの職業の継承者にメスの子が、メスの職業の継承者にオスの子がやって来ることが、稀にあるらしい。

 それは忌み子と言われ、災いをもたらすと言い伝えられていた。


 私が、その時に疑問に思ったのは、それは魔王様の配剤に背く行為ではないかということだ。


 魔王様の配剤に間違いはないはずだ。ならば私が証明して見せようと。


 鍛練だけでは足りない部分を、他の個体よりも思考を重ねることによって、オスを凌駕する戦闘力を身に付けてきた。


 その思考の力をもって、一族をワンランク上の魔物に押し上げてみせる。


 戦闘力に劣るメスの私が、三代目としての宿命を背負った意味が、そこにあるはずだ。


 きづち野郎の繁栄の為に、私はこれからも思考し、戦い続ける。


 そして、いつの日か「私はメスである」と高らかに宣言しよう。

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三代目きづち野郎の日常と秘密 まっく @mac_500324

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