三代目と山師

 今日はマーレの森の奥深くまで来ている。

 春が近づいているといっても、マーレの木が生い茂り、たくさんの枝が太陽の光を遮るので、かなり肌寒い。


 今回の目的は三つ。

 我々一族の源泉となっている場所へのお参り。

 山師によるマーレの木の伐採の見学。

 打ち師と運搬師によるマーレの実の採集の体験。


 山師とは、我々一族の母とも言うべきマーレの森と源泉を管理する職業で、きづち職人と並び、最も尊敬されている。

 一般的に、打ち師は山師が指定したマーレの木の幹を打って果実を落とす職業で、運搬師はそのマーレの実を持ち帰る職業だ。


「さすが三代目。慣れない山道をこんな遠くまで歩いても、まったく疲れを見せないんだな」


 私に話し掛けてきたこの山師は、山師の中でも一番えらい個体で、みんなから大将と呼ばれている。

 私は学校が休みの今日、山師への同行を願い出た。

 偶然にも休みと年に一度の源泉へのお参りの日が重なったのが大きな理由だ。


 源泉とは、我々一族が産み出される神聖な場所で、誰であろうとその洞窟内部に入ることはおろか、近づくことも許されていない。

 洞窟の中には魔王様が魔力を宿したという魔石があるらしいが、それ故に見た者は誰もいない。

 死んだ個体の魂も、ここに帰ると言われている。


「源泉までは、まだ距離がありますか?」


「源泉なら、そこに見えてるさ」


 打ち師のおにいさんが指さす先に、一個体がやっと通れるだけの穴の開いた岩の塊があった。

 想像していたものより、こぢんまりしている。


 運搬師たちが祭壇を設置し、マーレの実をこんもりと盛る。


「じゃあ、始めようか」


 鎮魂みたましずめの儀式で、きづちまいを行うのも山師の大将の仕事だ。


 大将は長老様より授かった儀式専用の頭巾を被って位置についた。お抱えの打ち師が、マーレの木の太い枝を炭にした楽器を打ち、リズムを刻む。甲高い音が辺りに鳴り響く。

 私が同行しているのは、一族の中でも選ばれし個体たちなのだ。


 鎮魂のきづち舞は、えもいわれぬ美しさだった。


 私は多くの個体が見られる機会があればいいのにと思った。儀式の時だけに留めておくのはもったいない。


「三代目は、産まれてきた時のことを覚えてるかい?」


 そう言いながら、大将は頭巾を通常のものに被り直す。


「いいえ、まったく」


 私は俯いて答える。


「俺もだ。やっぱ、誰も覚えちゃいねぇな」


 我々一族が産まれる日は、年に一回、小満しょうまんの満月の日と決まっている。

 その日にこの源泉の洞窟からワラワラと産まれ、意思とは関係なく自分の親の元へと自然にたどり着き、親になる個体もそれを自然と子として受け入れる。オスとメスは存在しているが、当然ながら交配は行われない。

 重要な役割を担う一握りの個体は、この時に決まり、そういった個体は毎年産まれるわけではない。


「私が父の子になったのは宿命なのでしょうか?」


「質問の意図が分からないな」


 そう言って、大将は首を傾げる。


 私はきづち舞の美しさにあてられたのか、言うべきではない言葉を口にしてしまった。


「すみません。忘れて下さい」


 私は深々と頭を下げる。


「まあ、なんにせよ、名誉なことじゃないか」


 大将が私の背中をポンポンと叩く。


 この世界に存在する魔物は、すべて魔王様の配剤によるものだ。

 今まで、そのような疑問を口にした魔物はいないだろう。大将が首を傾げるのも当然だった。


 次は、大将がマーレの木を伐採する現場を見せてもらうことになっている。

 つまらないことをグジグジと考えるより、少しでもなにかを学ばなければならない。

 大将たちが次に行く準備をしている間に、隠れて少し素振りをした。




 マーレの木の伐採の目安は樹齢二百年程度が最適らしい。

 もちろん僅かな環境の違いや個々の成長速度、使う個体の職業によって、伐採する木を山師が判断をする。

 今回伐採するのは、樹齢二百四十年の大木。次期長老様になる個体の為の木だった。


「こんな重要な木の伐採を担当するなんて、やっぱり大将はすごいですね」


「次期長老様の為の伐採を賜ったのは俺だが、運良く大トリを務めただけに過ぎない。ご先祖様の恩恵に預かっただけだ」


 我々一族の寿命は五十年前後なので、どの木も植樹から何代も経て育成される。


「でも、素晴らしいことです」


「もちろん、誰にでも出来る仕事ではないが、我々山師はマーレの森を後世に繋いでいくのが本分だからな」


 大将が伐採の準備を始めるのと同じくして、他の山師たちも集まり出し、その準備は急速に早まった。


 打ち師と運搬師のみんなは、大将の指示でマーレの実の採集に向かってしまった。

 伐採がある日は、いつもそうしているみたいで、残念ながら、今回は採集の体験は諦めるしかなさそうだ。

 それだけ伐採には多くの神経を使うのだろう。


 大将は鑿の先が斧の刃のようになった道具を、木の幹に当てる。

 他の山師と相談しながら、刃を当てる角度を決めていく。

 切り込みを入れるのは伐採を許された山師のみ。この木は大将以外が刃を当てることすらも許されない。

 切り込みにくさびを打ち込み、倒れる角度を慎重に計算する。

 万が一でも、他の木と当たると、どちらの木も台無しになってしまうからだ。


 カンカンと木を打つ音が森に響き渡る。

 きづち舞の時の流れるような所作とは違い、繊細ながらも力強い。


 私は息を飲むことしか出来なかった。


 大将なら戦闘においても、超一流になっただろう。


「よーし、倒すぞ! 離れろー!」


 大将がそう言うと、木はゆっくりとかしいでいき、木と木の間に見事に倒れていった。


 一日山師の仕事を見せてもらって、山師の動きを戦闘に取り入れることを一考してもいいのではないかと私は思った。


 祖父が一族の歴史を変えたように、今よりワンランク上の魔物になる道を考えてはいけないのだろうか。

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