希望の缶詰め

甘木 銭

希望の缶詰め

 本日は弊社の試作品テストにご参加いただき誠にありがとうございます。

 少し狭い部屋ですし、殺風景で居心地が悪いでしょうけど、まあくつろいでください。


 では早速ですが、これが弊社の新製品、その名も『希望の缶詰め』です!今はまだ試作品なのでラベルは貼ってありませんが……この試験でOKが出れば製品化されてオシャレなパッケージで売られる予定なので、本日はどうぞよろしくお願いします!

 え?ええ、商品名もそのまま『希望の缶詰め』ですが……ダサい……ですか……


 …………。


 ああ、いえ、失礼しました。

 いやね、今までの試作試験も含めて、そんな事を指摘されたのは初めてだったものですから。


 参ったなぁ。

 しかし……これならまあ今度こそ……

 いえいえ、なんでもございません。そうですね、試験が終わって製品化が決まった暁には何かしら新しい商品名を考えさせて頂きます。どうもありがとうございます!


 ちなみに、先程受けて頂いた学力テストの結果も試験のデータのために使わせていただきますのでご了承ください。


 では早速ですが、あなたにとって希望とはなんでしょうか? ……ですよね。やっぱり上手く説明出来ないですよね。仕方ないですよ、みんなそんなもんです。

 社内でもこの問いに上手く答えられないのが八割です。


 個人的な考えを申しますと、私はね、希望っていうのは生きて行くための活力の元になるものだと思うんです。生きるために必要なもの、それこそ空気や水みたいに生きることを根本から支えている様な。「明日はきっといい日になる!」だとか、「これが成功すれば欲しいものが手に入る!」だとか、「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ!」だとか。そういう物があるからこそ人間ってのは頑張れるんですよ。


 それでえーと……そう、今日の試験ですがこの『希望の缶詰め』の使用後しばらく経過観察をさせて頂きます。なので早速缶を開けて頂きたい所ではあるのですが、その前に改めてこの『希望の缶詰め』についてご説明させていただきます。


 簡単に申し上げますと、この缶の中には夢や希望が詰まっています。現代人はあなたのように夢も希望もなく、心が乾き切っています。この世は老いも若きも男も女も心の淋しい人ばかり、という事ですね。そこでこの缶詰めの登場です。これさえあればココロのスキマをお埋めすることができます。もちろんお代は頂きますけどね。オーッホッホッホッホッ!


 それでは、この缶詰めのご使用方法ですね。と言ってもこれは極めて簡単。蓋を開けるだけでいいんです。あとはこの中に入っている希望を思いっきり吸い込むだけ。簡単でしょ?

 え? いやいや、怪しいクスリじゃございませんよ? きちんとした希望が入っています。え、希望が入ってるってのはどういう事かって? い〜い質問ですねぇ!


 でもそれは企業秘密……と、言いたいところですけど今回は特別に教えちゃいます! これ教えるの、あなたが初めてですからね?


 実はですね、この缶の中には本物の希望が入ってるんですよ。夢や希望に満ち溢れた人から取り出した希望のエキス! なので体に害は御座いませんよ。

 もちろんそれだけだと元が取れませんのでね、美味しいもののエキスや気分の上がる音楽なんかも入れてかさ増しして缶の中に詰めてるんです。要するに、幸せな人に少しだけ幸せのお裾分けをしてもらうんですよ。持っている人から持っていない人へ。それが社会のあり方ってもんです。


 そうしますと1人の希望から大体100本くらいの『希望の缶詰め』が出来上がります。え? その希望を取られた人はどうなるかって? さあ、私の担当は営業ですからその辺の事はわかりませんねぇ。

 まあ希望ってのは持ってる人はいくらでも持ってるもんです。少しくらい人に分けたって大したことないですよ。


 でもまあ…希望の無い人みんなに分けちゃうと少しじゃ足りないんですけど。


 おっと、話がそれました。とにかく、その缶を開ければたちまち希望が湧いてきて生きる活力アップ! なにせ先程申しました通り、希望は人生を支えるものですから。あなたの未来も明るいですよ! 何かしたい事があるでしょう? 


 ……え、ない? いえいえ、あるはずですよ。きっと今は見えていないだけです。希望を補充すればきっと見えてくるはずです! さあ、開けちゃいましょう。さあ!





 ……また、開けてしまいましたね。商品名に文句を付けたり『希望の缶詰め』のシステムを聞いてきた時は、少し期待したんですけどねえ。今までより自分で考える力はありましたけど、あと少しの所で、惜しい。


 全く、どうしてこうも頭が足りないんでしょうね、人造人間というのは。『希望の缶詰め』なんて物があるならばこちらがお世話になりたいくらいなのに。


 これで試作品O-29も失敗ですね。これで何体目でしたっけ? 50? 60? そろそろ結果を出して貰えませんかね、飯田さん?

 いくら金があると言っても予算は有限なんです。それに記録を改ざんして上から金を掠めてくるのも、あなたが思ってる程簡単ではないんでよ?


 私が毎回どれだけ苦労してあちこち誤魔化しているか……考えたことありますか?

 え? ああ、まあ確かに私もあなたの苦労なんか考えてませんけど。


 ……確かにあなたの言いたいことも分かります。作られたばかりの人造人間は赤ん坊と同じ。高校生レベルの学力テストをクリアして会話ができるだけでも凄いです。凄い凄い。


 しかしね、『希望の缶詰め』なんて胡散臭い話を鵜呑みにして自分を殺してしまう様じゃあダメなんですよ。しかも、この第2試験をクリアしても第3試験も第4試験もあるんだから、こんな所でいつまでもつまづいていられちゃあ困ります。第1試験の学力テストなんか10体目でクリア出来たじゃないですか。


 ほら、見てくださいよこの失敗作のO-29を。見事に溶けてこれじゃまるでスライムだ。全ては疑う知能が、ひいてはそれを生み出す心がなかったから。人間の言うことを素直に聞くだけで自分で考えることが出来なきゃロボットと一緒だ。


 それじゃあ価値が無い。わざわざ人造人間を作る以上は……ん? 現代人ならそれでも十分って……上手いこと言ったつもりですか?


 いいですか、この人造人間というのは大きなお金を産むんですよ。自分の理想の人間を作ることが出来るんだから、絶対にみんな飛びつきます。理想の恋人、理想の結婚相手、理想の友達、理想の子供…みーんな、自分で作ってしまえる。


 それに人造人間の人権はまだ保証されていませんからね、人造人間を殺して解体しちゃうようなアブナイ『遊び』も合法です。そんな娯楽を求めるほど暇を持て余しているお金持ちは結構いるんですよ。その分でも需要が見込めるでしょうね。きっととてつもなく膨大なお金が動きます。


 飯田さん、それで次の試験体はいつ出来上がるんですか? 再来週……ではその日は予定を空けておきます。ええ、そうですね。次こそはお願いしますよ?

 色々な所から支援も受けてますからね。期待を裏切るようなことになったりしたら、二人揃って楽しい無職です。


 いや、それだけで済むかどうか……

 とにかく、何がなんでもお願いしますよ。要は成功すればいいんです。


 やはり希望は自分の手で掴み取らなくては。

 それでは期待していますよ。なにせこのプロジェクトは我々に大きな利益をもたらす、まさに『希望の缶詰め』なんですからね。

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