38.なにが「まだあわてるような時間じゃない」だぁぁぁ! ボケがぁぁぁ!!

 引っ越しといっても、荷物などそれほどない。

 この異世界は、文明的には近代以前の世界なのだ。


 ウェルガーとリルリルの「新婚ベッド」はなぜか激しく痛んでいた。

 ただ、捨てるのはリルリルが反対したので、修理して持っていくことにする。


 巨大な竹で作った風呂も持っていく。

 今後は住人たちの共同風呂だ。 

 決して、ハーレム的な混浴などしないとウェルガーは思う。

 リルリルといちゃラブできれば、何もいらないのだ。


 ただ、マリュオンを見つめ考えた。


(コイツを水に漬けて大丈夫か―― ショートしたりしないか? まあ、水を造れるし…… 後で、本人に確認すればいいが)


 家財道具自体はそれほどないので、山の中の家からの引っ越しはそれほど大変でもない。

 話を聞いて、手伝いたいという島民も大勢いたが、この島では他にやることがいっぱいある。

 そっちを優先して欲しいとウェルガーは言った。


 そもそも、島の公務的な仕事を休んで、自分とリルリルの家を造っているだけで十分なわがままだと思っている。


「鍛冶屋から大きな#両手鍋__エキュエル__#が届いたけど、リルリル」

「はい。それで、ブエールを作ります」

「ああ、シチューかぁ。美味しいモンなぁ、リルリルのシチューは!」


 ブエールとシチューは少し違う。

 まあ、似たような物であることは確かだ。

 リルリルは、何回か詳しく説明しているが、夫は相変わらず「シチュー」という。

 でも、それでもよかった。

 愛する夫―ウェルガーが「美味しい」といってくれるだけでリルリルは幸せなのだ。耳がパタパタしそうになる。


「しかし…… 酒を出すのか――」


 ちょっと心配そうにウェルガーは言った。

 お食事処という話であったが、営業は夜までやるのだ。

 で、夜になればお酒も出す。もう居酒屋である。


 万能家事マシーンとしても活用できる魔法使いのマリュオンのおかげで、リルリルの家事労働時間が少なくなっていた。

 夜と言っても、そんなに遅くまではやらない。

 ウェルガーとのラブラブちゅっちゅで、いちゃラブえっちな時間がなくなる。それはふたりとも望んでいないのだ。


「まあ、大丈夫か……」

「大丈夫です! まかせてください!」

「そうだねぇ! もう、リルリルなら大丈夫だぁぁぁ」

「きゃぁぁ~ もういきなりなんだからぁぁ?」


 ウェルガーは「リルリル成分」を体内に吸収するために、一〇歳幼妻のリルリルの細く小さな体を抱きしめる。

 そして、身体に密着させる。エルフの美少女の体温と香りが全身を包むようだった。

 そして、ウェルガーは身悶えするように、彼女を抱きかかえブンブンと振りまわすのだった。


「もうぉぉぉ~ やらぁぁぁ~ ああああ、そんなにギュとしないれぇぇ?」

 

 元勇者の激しい愛情表現に、喘ぐような声を上げ、耳をパタパタさせるリルリルだった。


 ウェルガーは小一時間、リルリル成分を吸収すると、やっと落ち着いた。

 

「もう、あとで、いっぱいやり返すからぁ! お仕置きなんだからぁ?」

「どこで? いつ?」

「お風呂とベッドでぇぇぇぇ? 今晩!」

 

 新婚バカップルの愛情表現はともかくとして、夜の店の営業は有利な点が多い。

 まず、この店にはそのような店がまだない。

 そして、マリュオンは魔法による光球まで出すことができるので、松明も、油も、蝋燭もいらないのだ。


 新居兼用の店は、街からは少しあるが、港からはそれほどない場所にあるのだ。

 客層はおそらく、漁師が中心。夜に酒を出さないわけにはいかないだろう。


 その点はウェルガーも分かって入る。

 

(俺の店で酔って暴れる人も多くはなかろうが……)

 

 ただ、酒は理性を失わせ、何が起きるか分からない部分もある。

 漁師たちは血の気も多い。


 ウェルガーはちらりと、大剣を背負い、「ふん♪ ふん♪」と鼻歌交じりでテーブルを拭いている弟子をみやった。

 まだ、店が開店できるまでは、数日かかりそうだが、掃除は修行の一環としてやらせている。


(こいつに、店員とかウェートレスやらえるより、バウンサーやらせりゃいいかぁ。問題は相手を殺しかねない点だが……)


 テーブル拭きや掃除を修行だというと、カターナは素直に従った。

 この異世界でも弟子入りするとこういった修業があるのは、普通なのかもしれない。

 その点、日本の武道の修行と同じかもしれないと、元日本人のおっさんであるウェルガーは思う。


(しかし、俺、こっちの世界では普通の修行やったことねぇからなぁ……)

 

 自分がやった異世界での修業はそんな生ぬるいものではなかった。


 下瀬火薬を背負ってのファイヤードラゴン狩り。

 紐で吊るされた回転火縄銃三〇丁による不規則射撃の回避

 海抜四〇〇〇メートルの冬の山脈に放置されたサバイバル


 その他、数えればきりのない、狂気の修行を積み重ね、体内の一〇〇〇の魔力核を制御できるようになったのだ。

 カターナがいくら達人でも、彼の修業は参考にならないのだ。


(そのうち、ファイヤードラゴンの目玉とか、珍しい食材のハンティングに修行の名目で使うかなぁ~)


 半分狂気の中で喰らったファイヤードラゴンの目玉が意外に旨かったのを思い出した。

 まあ、あの時の精神状態を考えると、本当のところは分からないが。

 やらせても、下瀬火薬を背負わせないだけ、真っ当な修行といえるだろう。

 

(そういえば…… もう、船は王国を出たかな…… 今回の船で帰って来るかな)


 ウェルガーはふと、ラシャーラのことを考えた。

 優秀な事務官がふたりついているのだ、手続きが滞ることもないだろう。

 エルフの王族の居場所が分かったとか…… そう言ったときは仕方ないが……

 まあ、ラシャーラにとってはそれは朗報だしな。


 何も無ければ、ラシャーラは次の船でやってくる。

 予定では、昨日あたり王国を出港しているはずだ。

 海と風の状況によるが、7日から10日後には戻って来るだろう。


「ねえ、アナタ」

「ん? なんだ、リルリル」

「この家、ラシャーラは気にいってくれるかなぁ~」

「気にいるさ。間違いなくな――」


 部屋は6戸ある。

 カターナは一番高いとこに有る部屋を選んだ。

 彼女の身体能力なら、跳んで移動が出来てしまう高さであったが。

 

 マリュオンは家事などで、便利なので一番近い2階の部屋にいる。

 そもそもが、造られし者(びーいんぐ)なので、部屋というより「置き場」というような感じだ。

 ただ、一応ベッドを作り、人間らしい生活をさせる予定だ。


 リルリルは「マリュオンも友達だから」と言っているのだ。


(この嫁、優しすぎるわ、可愛すぎるわ、美しすぎるわ、マジで。一〇歳で、おまけにエルフだし――)


 ウェルガーは、リルリルと結婚できた幸せをかみしめ、神に感謝するのだった。


 しかしだ――

 

 この幸せの中、ウェルガーの心の奥に、チロチロと小さな炎が燃えている。

 小さいが、決して消えない炎―― 胸の奥をじりじりと焼くような思い。


(まあ、こっちからはこれ以上は、動くに動けないしなぁ……)


 彼の炎は心配の炎だ。

 ナチス・ドイツ――

 ドイツ第三帝国――


 それがこの世界に転移している。そして、マリュオンを狙っている。

 エルフの王女の彼女はなにか、ナチスが必要とする情報やモノを持っている可能性がある。


 悪党三人組から奪った、船は修理して漁船として使っている。

 それも、この島で最速、最大の漁船だ。

 天候次第では、大陸まで行くことだって不可能ではない性能があるだろう。


 その船は、漁業をしながら、周囲海域を警戒もしている。

 漁船団には、不審な船に注意するように通達を出している。

 

 ただ、今のところ、そのような船は影も形も現れていない。

 船が増えて、漁獲量が増えたのは収穫であったが。


(大陸方面でも動きはないか……)


 ナチスが本気で異世界侵攻を考えるなら、大陸へ侵攻するはずだ。

 今は、大魔族戦争の戦後処理で、荒廃を極めた状態だ。


 そんな場所に、MP43突撃銃を装備した一個小隊が大陸に上陸したらどうなる?

 抵抗しようにも、辛うじて残った王国軍では、全力を挙げても勝負にならない。

 確実にそれは言える。


 しかしだ――


(近代兵器には、近代兵器の弱点もある―― 補給が続かなければどうにもならない)


 どんな高性能な兵器を持ちこもうが、それこそパンティルやテーゲルの戦車を持ちこもうが、いずれは鉄クズだ。

 その兵器体系を支えるシステムがこの世界には何もない。

 精製されたガソリンも無ければ、高性能火薬もない。部品を造る工場もない。


 ラノベか架空戦記のように、ドイツ第三帝国丸ごと異世界に転移してきたなら、フルセットでそれが揃う。

 そうであるなら、とっくに動き出しているはずだった。

 

(おそらく、転移してきているのは、それほどの数じゃない――)


 ウェルガーの脳裏に「まだあわてるような時間じゃない」と言っているバスケットボール選手のAAが浮かんだ。

 そして、それを否定する材料は、今のウェルガーには無かった。

 また、焦ろうにも何もすべきことは無かったのだ。


「ウェルガー様!! ウェルガー様!! ウェルガー様!!」


 三連発で名前を呼ばれたウェルガーは声の方を振り向く。

 カターナが、切断した丸太を撃ちこんで造った、階段を駆け上がってくる男がいた。


「あ、キチーリのとこの……」


 この島の実質的な政務・経済・物資管理を統括している事務官であるキチーリの部下だった。

 ひぃ~ ひぃ~ ひぃ~と、息を切らしたやってくる。


「どうした?」

「ハトが! ハトが来ました」

「ハト?」

「伝書鳩です!! 書を!!」

「書?」


 息を切らしている事務官の男に、リルリルが慌ててカップに入った水を差し出した。

 何が起きたのか――

 リルリルも、その雰囲気に不安そうな顔をしている。


 男は、グイッとリルリルに差し出された水を一気に飲んだ。

 そして、言葉の続きを口に出す。


「書です! 船が! 王国の船が襲撃されました。何者かによって!」


 息を切らし、事務官はそこに冷徹な事実をただ告げたのだった。


(なにが「まだあわてるような時間じゃない」だぁぁぁ! ボケがぁぁぁ!!)


 ウェルガーは、心の中で、戯けたことを言ったバスケ選手の顔面に鉄拳を喰らわせていた。 

 それで、事態がどうなるわけでもなかったが。

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