37.新居が出来た! 勇者とエルフ嫁の店

「アナタ、もう少し下ですぅ~」


 リルリルの可愛く愛らしく、鼓膜が蕩けそうになる声が聞こえる。

 ウェルガーは釘を咥え、トンカチと看板を支えている。


「ん、こんな感じかな?」


 エルフの幼妻の要望に応え、看板を少し下にずらすウェルガー。


 彼は今、樹上のかなり高い位置で作業をしている。

 新しい家の看板を木の枝に打ちこむ。

 

 家というより、リルリルが新しく始めたがっている「お食事処」の看板だ。


「うーん、下げ過ぎて、反対に斜めになってますぅ」

「そっか。こんな感じかな?」


 今度は少しだけ上に上げる。

 ウェルガーは足をぶらぶらさせ、看板を動かす。

 彼の脚は宙ぶらりん。

 手は看板の位置を合わせる作業をしている。


 彼は何を足場に作業しているのか?


 それはマリュオンがいるからだった。

 黒ずくめの服を着た、小さな魔法使いだ。


 別にマリュオンに肩車されているわけでも、踏み台にしているわけでもない。

 一見小さな少女であるマリュオンにそんなことが出来るわけがない。


 魔法だ――


 マリュオンが180センチを超えるウェルガーを抱え宙を浮いているのだった。

 飛行魔法というものらしいが、詳しい仕組みはウェルガーもよく知らない。

 重力的を操っているのかもしれない。とすれば、とんでもない技術である。


 ただ、ウェルガーは「俺を持って軽々と…… 魔法使いって超便利だなぁ」と、思うだけであったが。


 マリュオンは対魔族戦争で命を救われた元勇者ウェルガーの所有物となった。

 彼女は、錬金術師によって作られた人造人間みたいなものだ。

 造られし者(ビーイング)とこの世界では呼ばれている存在。


「マイマスターの質量と魔力残量から、可能飛行時間は残り6時間26分――」


 機械合成された美少女のような声でマリュオンは事務的に言った。

 言葉に、抑揚はあるのだが、一切の感情が欠落したような声音だ。


 すでに作業を開始して2時間は経過している。その内、半分は飛行しているはずだ。


(高性能だなおい…… 零式艦上戦闘機かよ――)


 元おっさんの勇者ウェルガーは、大航続距離を誇った祖国の戦闘機の名を思い浮かべた。

 そして、同時に南の方の島にいるかもしれない70年前の亡霊のことを思いだす。連想してしまった。

 いや、亡霊であればいい。


 彼ら……

 おそらく、ナチスドイツ、第三帝国は、生きたまま転移してきているのだ。

 どの程度の人数で、どんなものを持ちこんで転生したのかまでは分からない。

 ただ、非常にやっかいなことになりかねないのは確かだった。


 それでも、自分たちの平穏な日常は続く。

 リルリルの笑顔のためである。


(まあ、ちょっかい出してきたら、ぶちのめせばいいかぁ――)


 ウェルガーがそう思いながら看板をゆっくり動かしていく。


「あ、そこですぅ。そんな感じです」

「そうだな。師匠それでいいんじゃないか」


 下で見ているリルリルと、押しかけ弟子のカターナがOKを出した。

 看板が水平になるのを確認しているのだ。

 

(ラシャーラが王国に戻って、もう2週間―― 何か動きがあるわけではないしなぁ……)

 

 エルフの王女であり、ウェルガーとリルリルの親友のラシャーラをそいつらが狙っているのは確実だ。

 彼女は船でアルデガルド王国に戻ったはずだ。

 あとは、正式な手順を踏んでこっちに戻ってくればいい。


 まだ、大陸は復興の途上で治安も悪く、インフラもめちゃめちゃだ。

 食糧事情もよくないし、衛生状態も悪く病気も蔓延している。


 汎人類連合同盟の有力国家の一つだったエルフの王国であるメルフェシス王国は、相当なダメージを受けていた。

 現状、王族の安否も不明だ。


 なんとか、国家の形、機能を残しているのは、人間族中心のアルデガルド王国くらいだ。

 

(亡命という形をとるのか…… どうするのか……)


 とにかく対魔族戦争で滅茶苦茶になった大陸がある程度落ちつくまで、ラシャーラは島にいるのが一番安全だ。

 この世界にやってきたナチス・ドイツが彼女を追っているなら、なおさらだ。


(なんからの手は打ちたいが……)


 彼はそう思い金槌を振り下ろす。


「あぎゃぁぁあ!!! いてぇぇ!! リルリルゥゥゥ!! 手を打ったぁぁ!!」

「アナタぁぁぁ!! 大丈夫ですか!!」


 元勇者のパワーで元勇者の指を金槌で叩いた。

 それは、普通の人間が普通に指を金槌で叩いたのと比例関係であり、痛みは強烈だった。


「フッ、大丈夫だよ。全然平気だ。ノーダメージといっていいよ。君の夫はそんなことくらいで、死にはしない――」

「素敵? アナタ――」

 

 痛みを押さえ、キリッとした顔で、心配する幼妻を見やるウェルガー。

 ガチ惚れで、元勇者のウェルガーにぞっこんの一〇歳エルフの幼妻はニッコリ笑う。

 その笑みで、指の痛みが消えていく。その笑顔の回復力は「ベ〇マ」を軽く超えていた。


 しかし、妻の前で悲鳴を上げるなど、失態以外のなにものでない。 

 

(考え事してたからだな……)


 トントンとこんどはきちんと釘を打ちこんでいく。これで看板の上の方がきちんと止まった。

 後は四隅の下に釘を打ち、落ちてこないように補強すればいい。


「師匠ぉぉ、代わりましょうか?」


 暇を持て余しているのか、弟子のカターナ言った。

 真紅の長い髪をした、この島では目立ちすぎるほどの美少女だ。


「オマエ、真っ直ぐ釘打てないじゃん!」

「今度は撃ちます! 殺す気で、生死を賭けて!」

「釘だって貴重品なんだよ! オマエに任せたら、鍛冶職人に申し訳ないわ!」

「金槌でなければ! 剣以外の道具は使いにくいから、師匠、剣で釘を打ちこめば出来る!」


 背中の鉄塊のような剣を握って「バカの見本」のようなこと自信たっぷりに言う弟子。

 どこの世界に大剣で、釘を打つ奴がいるか。大剣持ったキャラが大剣でそんなことするのは見たことない。


「オマエは、いいから予備の板でも造っておいてくれ。あんま木を切りすぎるなよ。五本くらいだけだぞ」

「は~い、師匠―― じゃ、板でも造っておくよ」


 カターナはそう言って疎林の中に入っていく。

 彼女には家の周りの下草刈りや、疎林の中での材木の切り出しなどをやってもらっていた。

 この家の材料となる板を造りだしたのは、カターナだった。


 凄まじい速度で、木を斬り、一瞬で丸太を板や角材に製材するのだ。

 その断面は、鉋をかけたかのようにスベスベだった。

 しかも板に線を引けば、寸分たがわず切断するのだ。もはや、人間・木工工作機械のようなものだった。


 しかし、カターナは、剣は自在に使えるが、他の道具は全く使えない。


 それ以外では、無能で使い物にならない存在。良く言えば生粋の剣士だった。

 釘打ちや、木材の組み立てなど一切できない。

 それだけ見ていると「バカ」にしか見えない。いや、本当のバカなのかもしえれないが――

 今のところ、彼女は単機能工作機械だったのだ。


 ただカターナのおかげで、リルリルが図面(可愛いらしい絵)を画いた家は出来あがっていた。

 それも圧倒的に早く出来てしまった。


 疎林の中の木々の間に挟まれたツリーハウスだった。

 数本の樹木が柱の代わりとなり、木に囲まれた空間で1階は大きな広さを確保している。

 なんの店をやるしにても、島の人口を考えれば、広すぎるくらいだ。


(まさに、ファンタジー。いやメルヘンか…… リルリルの設計は天才といっていいな――)


 一〇歳エルフの書いた、年相応の絵が実体化しているのだ。

 ファンタジーとメルヘン、幻想の中にしかないような美しいツリーハウス。

 

 それは、ある種の奇跡に近い。設計図面すらなかったのだから。


 マリュオンの魔法――

 カターナの剣技――

 そして、元勇者ウェルガーの妻への絶対的な愛によって造られた家だった。

 

 時間がなく、とりあえずで造った前の丸太の家とは比べ物にならない。

 まあ、あの家はあの家でいい味があり、ウェルガーは気にいっていたのであったが。


 1階の住居と店舗を囲むように、螺旋階段が上に伸びている。

 木の周囲を囲む様な螺旋階段を造ったのだ。


 その階段は、何本かの樹木や枝に固定された小部屋につながる。

 小部屋は広めなワンルームと言った感じになっている。

 そして、吊り橋のようなモノで小部屋はつながっていた。


 部屋の数は、1階が店舗と倉庫、ウェルガーとリルリルの生活空間。

 店舗&倉庫+2DKという感じだった。店舗の中にはすでに、イスとテーブルが設置されている。

 その上にある小部屋は全部で6部屋だった。

 本当は3部屋あれば十分だった。


 帰ってくるラシャーラを入れて、3人分だ。

  

 6戸になったのは、カターナが木材を斬りすぎたのが原因だ。

 そして、リルリルが「せっかくだから、もっとお部屋を造りましょう」と言ったのが一番の理由。

 ウェルガーにとってそれは、絶対神の#神託__しんたく__#に等しい言葉だ。

 

 ウェルガーは看板を落ちないように補強する。

 その作業も終わる。

 マリュオンとともに、ウェルガーは地に降り立った。


 看板には「勇者とエルフ嫁の店」と墨痕鮮やかに書かれていた。ウェルガーは素晴らしいと思った。


「なんとか、引っ越し出来るくらいには出来たかな――」

「本当ですか! アナタ!」

「ああ、荷物を運べば、ここで生活できるだろう」


 新居と頼もしい夫であるウェルガーを交互に見て、リルリルは耳をパタパタさせている。

 本当にうれしそうだった。この笑顔のために、ウェルガーは生きていると言っていい。


 ひょいひょいと彼の服を引っ張るマリュオン。


「ん? どうした?」


 黒ずくめの小さな魔法使いは彼を見あげる。

 銀色の髪も、陶器のような白い肌も全く汗をかいていない。

 ゆっくり滑らかに、マリュオンの口が動いた。


「魔力残量76%―― この疎林の完全破壊は可能。マイマスタ」


 マリュオンは、生粋の破壊兵器らしい言葉を口にする。


「家造ってんだけど? 自然破壊してるんじゃないんだけど? 分かってる」

「家の建築――」

 

 マリュオンは、首を滑らかに動かし周囲を見やった。

 そして、眼前には大きく広がる南海の海。

 吹き抜ける海風が、パタパタとマリュオンの帽子のつばを揺らす。


 回転していた首が止まる。

 切り倒された木々の根っこが露わになっているところだ。

 確かに、カターナの所業が自然破壊に見えたのかもしれないが、あれは伐採と製材だからな。

 ウェルガーは思う。造られし者(ビーイング)という存在が何を考えているのかイマイチ分からない。


「なるほど…… 素晴らしい。木を伐採し、家を造る。合理的」


 マリュオンは合点が行ったという感じで淡々と言った。

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