39.時速は91キロです

「どこで襲撃されたんだ! おい!」


 これ以上ないというくらいのバッドニュースを伝えてきた事務官をウェルガーは見やった。

 その船には、ラシャーラが乗っているかもしれない。


 この島に帰ってくるために――


 ラシャーラは、リルリルの親友以上。もう、姉のような存在だ。

 ウェルガーにとっても大事な友人だ。


「ああ、あ、あ、あ…… 商船に積んでいる連絡用の鳩れすぅぅ~」

 

 事務官が答える。ガクガクと震え顔面蒼白であった。

 なんとも見当違いの答えだ、ウェルガーは襲撃場所を訊いたのだ。


 普段は温厚そのものといっていいウェルガーの視線が兇悪な刃のようになって事務官を貫いているせいだ。

 彼の頭の混乱していた。

 そのため、時系列的に整理して、質問に回答しようとしたのだ。

 結果口から出た答えは、迂遠なものとなる。


 ふぅ~と、息をすって殺気を抑え込むウェルガー。

 それだけ、目の前の男がカクブルだったのだ。

 事務官の怯えように気づき、ウェルガーは冷静な声で話しかけた。


「だから、襲撃された場所を訊いているんだ、そんなことを訊いていない」

「おそらく王国とこの島の行程、王国から出て四分の一、あたりかと…… キチリ行政事務長が」

「そうか、キチリが……」


 彼は上司であるキチリ・ジムスキーに言われた言葉を思い出しそのまま言った。

 ハトが飛び立った時間は書に書かれていた。

 船の巡航速度、鳩の推定飛行速度からキチリが襲撃地点を計算したのだ。


 概算ではあったが、そのような計算ができるのはキチリくらいなものだった。


「悪い…… ちょっと俺もカッとなっていた―― オマエさんのせいじゃないよな……」


 ウェルガーは優しげすら感じるような声音で言った。

 内心はそれどころではなかったが。


 緊張と恐怖から解放された事務官はその場にへたりこんだ。


 船が襲撃されたのは、彼の責任ではない。

 元とはいえ、超絶チート無双の勇者だったウェルガーの殺気を浴びたのは不運としかいいようがない。 

 彼がこの場に来たのは、事務官の中で一番脚が速いと言うだけの理由だった。

 まったくもって、なにが不運を招くか分かったものではない。


「マリュオン!」


 ウェルガーの声にマリュオンが反応した。ツリーハウスの2階にあたる部屋の戸が開く。

 マリュオンは無造作にふわりと空間に身を躍らせた。

 そしてトンっという感じで、地面に着地する。彼女に階段は必要なかった。


「マイ・マスターなんですか?」

「飛べるか?」


 ウェルガーは小柄な魔法使いマリュオンの肩をガッと掴んで言った。

 彼女は錬金術師の創り上げた人造魔法使い(ビーイング)なのだ。

 漆黒の衣装に身を包み、魔法使いとしか言いようのない帽子をかぶった美少女にしか見えないが。

 

「可能です。現在の最大可能飛行時間は7時間11分となります」

「速度は?」


 ウェルガーの答えにマリュオンは無表情なまま答えた。飛行速度を上げれば、飛行時間は減ることも合わせて。

 巡航で時速45.5キロメートル。

 最速で時速91キロメートル。

 

 ウェルガーの前世での単位でいえば、そんな速度だった。

 最速の方は、真っ赤なマントをひるがえして飛ぶキャラと偶然同じだった。

 ウェルガーの前世での世界の漫画・アニメキャラだが。正体がバレると「クルクルパー」になる設定。

 マリュオンにはそんな設定は無い。ただ、感情が無い。


「俺を抱えても同じか?」

「速度は変わりません。航続時間が大きく落ちます」


 マリュオンはその航続時間を淡々と告げた。かなり短くなる。

 ウェルガーは頭の中で「速度×時間=距離」の計算した。


「届かないか…… それじゃ届かないか」


 そして、その結論を口にしていた。


 前世では日本人のおっさんであり、そこそこの教育を受けてきたのだ。

 この世界の一般人ではほとんど不可能な計算でも、彼には出来る。

 勇者の力とは何の関係もない。元の世界であれば、平均以上の頭の中学生であればできることだ。

 

(俺は、リルリルの血を舐めて、力を復活させても、10分しかもたねぇ……)


 元勇者ウェルガーは引退の際に勇者の力の根源たる魔力核×1000個のパワーを完全封印している。

 それを10分の1だけ解除はできる。

 リルリルの血を舐めればいい。しかし、それは10分しかもたない。


(くそ…… どうする……)


 リルリルは新居の掃除をしている。彼女を悲しませるわけにはいかない。

 絶対にだ。まずは、この話は完全に伏せておく必要がある。


 幸い、リルリルは店の中で掃除しており、この話は聞こえていない。

 ウェルガーは、へたり込んでいる事務官に「誰にもいうな」と言った。

 カクカクと頷く事務官。


 そして、再びマリュオンに向き合った。


「マリュオン、航続距離を伸ばすことは? 巡航速度では?」


 マリュオンの答えた数字で計算。それでも届かない。

 そして、時間は倍近くかかる。


 どうすればいいのか、ウェルガー答えが浮かばない。 


「ぬぅっ!!」

「マイマスター」

「ひぃぃぃーー!!」


 ウェルガーがブワッと全身から汗を吹きだした。

 冷たく凍ったような汗だった。

 鋭い殺気を身にまとい「臨戦態勢」となる。


(この気配―― くそ、頭に血が上りすぎて、接近をゆるしすぎたか)


 ウェルガーはまるでその気配を「宣戦布告」とみなし「当方に迎撃の用意あり」という大勢になった。

 マリュオンは表情を変えぬまま、ウェルガーの視線の方向に、すぅぅっと首を回転させた。人形のようにだ。

 事務官は、先ほどとは比べ物にならぬウェルガーの殺気に当てられ口から泡を吹いていた。 

 

 彼の視線はこの高台となっている家と港・街の方に向かう道に向けられていた。

 そこは階段のようになっている。まだ、人影は見えない。


(カターナに階段の掃除をさせていたが…… 遭遇したのか―― アレと……)


 ウェルガーは混乱の事態がさらに最悪になっていくことを想像した。


 非常識な戦闘力を持つ真紅の髪の大剣の美少女剣士と、この気配の持ち主の遭遇……

 タダで済むはずがない……


「引っ越したのですか。山の方の家に看板が立っていましたが」

「師匠ぉ、このお姉さんが、師匠のお姉さんなんですか? 確かに只者じゃないんですけど――」


 ウェルガーの思いを裏切るのんきな声が聞こえた。

 階段を上がってきた者が姿を現した。


 黒く長い髪をした妙齢の美女――

 そして、鮮血をぶちまけたような目に突き刺さる真紅の髪をした隻眼の美少女だ。


 そのふたりが新居に続く階段を上がって来たのだ。


 ウェルガーの師匠のニュウリーン。

 そして、ウェルガーの押しかけ弟子となったカターナだった。 

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