15.三人組

 島の海沿いにある街。いや、街というよりはまだ「集落」というレベルかも知れない。

 この島に住む三〇〇人はほとんどこの街に身を寄せ合い住んでいた。


 バラックのような丸太小屋がたちならび、道も獣道よりはマシという程度のものだ。

 それでも、ここは、その状態で止まらず、より住みよい空間となるべく変化を続けていた。

 島の住民たちによってだった――

 

「誰だべ、あれ?」

「さぁ…… 山の方の人じゃねーかぁ」

「んだなぁ、でも、小奇麗な格好してるだがよぉ」

「ま、昨日も見たことねェ、別嬪さんがいたけどよぉ。まあ、街の方にあんまり出てこねぇ人もいるんじゃねぇか?」

「だな…… この島の広さだってよく分かってねーんだ」


 街の中央を流れる川で、橋の建設作業をしている職人たちが見慣れぬ男たちを見て会話をしていた。


「んなことり、仕事だっぺよぉ。早く橋を造るべぇよ」

「だな――」


 しかし、それもすぐに終わる。

 彼らにはやらねばならぬことがあるからだ。無駄口する暇があれば、身体を動かせということだ。

 橋の建設をしていた職人たちは、大広場に向かって歩いていく三人の男たちを無視し、作業を再開した。


「やはりこの格好は目立っちまいますかねぇ、姐さん」


 男は黒ずくめの服を着ていた。長身のひょろりとした男だった。

 彼は、見るかに上等な服を着ていた。

 破滅の瀬戸際からの復興を目指すこの世界では珍しいし目立つ。


「リーキン、パーティに行くんじゃないのよ。アンタは、カッコばっかり気にするから――」

「姐さん、身だしなみは仕事に対する心構えの現れだと思いますぜ」

「ま、きっちりやってくれれば、文句はないわよ」


 太っとい、バリトンボイスのオネェ言葉が響く。


 姐さんと言われた「男」の格好も異様ではあった。

 スポーツブラのような鋲打ちのタンクトップで乳首が丸出し。 

 背の高さは、ひょろりとした男よりは頭半分は低い。

 しかし、肉の量が圧倒的に違った。

 その肉体は黒光りして筋肉で皮膚がパンパンだった。

 岩石を荒々しく掘り出したような顔をしている。


「姐さんも兄貴もイカシますぜ。こ汚ねェこんな島は、さっさと仕事終わらせて帰りやしょうぜ」


 小太りデブで背の低男が追従ついしょうの笑みを浮かべ言った。


 彼らは大広場に出た。未完成で多くの島の人間が仕事をしている。

 その大人を手伝っている子どもも多くいた。


「あ、あの女――」


 ひょろりとした長身の男が口の中で呟く。


 視線の先には昨日出会った長い黒髪で、胸のでかい女がいた。

 昨日出会ったキツイ印象はなく、大広場にいる子どもに声を掛けまくっているようだった。


 男の子ばかりにだった。少し言葉を交わすと、顔色を変えて男の子が逃げて行く。

 そんなことを、繰り返していた。

 

(何してんだ……)

 

 彼はちょっと疑問に思ったが、すぐに頭を切り返す。

 今なすべきは、まず教会に行って、捕らえたエルフを連れ戻すことだ。

 それが、彼らのビジネスだ。なんせ、大金がかかっている――


「教会や大聖堂ってのは大抵、大広場につくるもんだけどねぇ~ あれかしら?」


 マッチョのオカマが、雑な造りのやぐらに教会の旗がはためく建物を見つけた。

 教会に間違いはない。


「あそこにいるってことね…… ふふ、褐色エルフちゃん。本当に、お転婆さんなんだから。うふふ」


 彼らが探している褐色のエルフ。

 その居場所は、島の住人から聞きだしていた。


 捕らえたエルフが見張りが居眠りこいて、脱走。

 船の上から、夜の海に飛び込んだのだ。

 せっかく捕まえたエルフなのに「なんてクソ莫迦なの!」と彼は思った。

 当然、見張りだった男には然るべき制裁を加えた。


 しばらくトイレでは悶絶して苦しむことになるだろう――


 その夜は曇っており、しかも霧が発生していた。

 海面を捜索したが、エルフを見つけることはできなかった。

(溺れ死んでいたのかと思ったけど―― ふふ、本当にラッキーなエルフちゃん―― いいえ、私たちがラッキーなのかしら)


 夜が明け、霧が晴れると意外に近くに島があることが分かった。

 島には住人がいそうだった。用心のため夜を待ち、島に上陸したのだった。

 

 彼らが教会の前に立った。中からは何とも異様な空気が流れ出しているような教会だった。

 

「邪教とかじゃないでしょうね……」


「一応、アルデガルド王国に認められた教会だって聞いてますが」

「ふ~ん」


 マッチョのオカマは納得したのかしてないのか分からない生返事をする。

 そのときであった――


「迷える子羊なのです!! リスペクトなのですか? 我らが創造主たる大宇宙コスモ創造神様へのリスペクトがビンビンなのです! 超電波電に感あり―― パターン青。ご信徒様候補襲来なのです!」


 ビリビリと空気を高周波で震わせる甲高い声が響いた。

 この島で唯一の魔法の使い手。治癒魔法が使用できる「戦闘修道女」のミコニーソだった。

 

 彼らの背後に歩を広げ立っていた。


「な…… なにアンタ?」


「忠実なる神の使徒―― 天罰の地上代行者にして、福音の超電波波動の化身たる我が身は、ご信心の御光に導かれし、戦闘修道女ミコニーソなのです!! 天に代わってお導きなのです!!」


 長い黒髪のポニーテールの異様な風袋の女が「自己紹介らしきもの」を行った。

 ふたりの男と、ひとりのオカマは、現実感を喪失した光景をただ呆然と見ていた。


「救うのです。泣こう喚こうが、神の愛は平等に降り注ぎ、裁きの時も、業火の中でも、清く正しく美しい一握の砂となりて、リバイアサンと戯れるのです! よって、生贄の山羊血にまみれ、超電波波動は忖度不要の救いをもたらすのです」


「あ、姐さん…… この世で一番、関わっちゃイケねェタイプの人間ですぜ」

「わ、分かっているわよ……」


 ミコニーソと視線を合わせないようにそそくさ移動するふたり。

 しかしだ――

 異様な空気の読めない奴。

 こういう勧誘でもひっかかる奴というのは必ず存在するのだった。


「神様? なに? 教会の人なの?」


「そうなのでーす!」


 小太りのチビは そういうタイプの人間だった。


        ◇◇◇◇◇◇


「姐さん…… 俺なんか頭が狂いそうなんだけど…… ワンワン響いているんすよあの声が」


「リーキン―― 分かってるわよ。私だって同じよ」


 精神が削られ、SAN値が払底しそうな感じでふたりは歩いていた。


「いいじゃないっすか。ほら、行き先も分かったし。これすげぇ―― 修行すれば、大宇宙コスモ創造神様の福音の超電波波動の入電を受信して、ご信心の光の扉が開き、あまねく天地に極楽浄土を認識できるそうですぜぇ。兄貴ぃ」


 一冊五カパル(五〇〇円くらい)で買った「大宇宙コスモ創造神創世神話集」を読みながら小太りのちびは言った。


「勝手にやってろ――」


 リーキンは吐き捨てるように言って、吸っていた煙草を吐きだした。

 煙草も貴重品だ。そもそも紙巻煙草など、この世界ではほとんど存在しないはずだった。


 この本は全員が一冊ずつ買わされたが、彼はもう破って捨てていた。

 彼は神について唯一のことを信じている。

 この世には「いない」ということ。それだけは信じている。


「ま…… いいわ。とにかく、居場所だけは分かったんだから―― もう、それでいいわよ」


 三人は街を出て山道を進む。その行き先は、ウェルガーとリルリルの家。

 そこには、褐色銀髪のエルフの少女、ラシャーラがいるのだった。


 彼らはラシャーラを追っていたのだ。

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