14.島の男の子たちを守れ!

「う~ん。そうですか――」


 ウェルガーも一〇分の一ではあるが、勇者の力の解放に魅力がないわけではない。

 この島の開発に、その力を使うことができる。

 

 木材の伐採――

 土木作業を含めた、街の建設―― 

 インフラの整備――

 畑の開墾――


 海に出て、食糧の確保もいくらでも出来そうだ。

 勇者の力は破壊だけでなく、この島の人の役に立つことになる。

 そして、この島が暮らしやすくなれば、リルリルも幸せになるわけだ。


 しかし、一〇分間である。

 一〇分の一の勇者の力でも一〇分では、出来ることは限られる。

 でも、力になることは確かだ。

 木の伐採なら、相当の数を斬れる――


「アッ! 思い出した。力を解放できるのは一日一回だけだったわ。忘れていたわ」


 そもそも、ウェルガーの心に引っかかっていたのは、リルリルに針を刺すという行為。

 彼女に痛い思いをさせるのが嫌だった。それはもう、絶対に嫌だった。

 だから、一日何回も刺すという発想そのものが無かった。


「まあ、それはいいですけどね…… う~ん」

「アナタ♥」

「なんだい? リルリル」

「アナタの力少し解放して、島のみんなの暮らしに役立てるは悪くないと思うの。私、我慢できるよ――」


 うつむき加減で、まるでおねだりするかのようにリルリルは言った。


「でも、痛いかも―― リルリルの大事なとこに、その柔らかな美しいところに…… リルリルの柔らかい部分に突き刺さるんだ。固く尖った凶器が……」

「平気―― アナタのために我慢できるから。でも、やさしくやってほしい♥」


 リルリルから、流れる血――

 その血を、ウェルガーは唇で受けとめ舌で舐め、すするのだ。


「我慢できるわ」

「そうか、リルリル――」


 テーブルに突っ伏している褐色エルフのラシャーラはこの場から別の場所に行きたくなった。

 呼吸で流れ込んでくる空気に砂糖か蜂蜜のような味がついたかのようだった。

 胸やけしそうだった。


「そうそう! それだけじゃないわ。全ての力を完全に解放できる方法もあるのよ。そうだったわ!」

 

 何でそれを先に思い出さないという思いを抱きながら、ウェルガーは師匠を見やった。

 ただ、封印の完全解放というのは、個人的に複雑な思いはある。


「それは、どんな方法ですか?」

「水晶みたいなものがありますね」

「ありますけど」

「それは…… 名前が…… 忘れましたけど、同じ石があります。すごく貴重なものです」


 所々記憶が吹っ飛んでいる師匠。本当の年齢はいくつなのか、ウェルガーは本当に疑問に思った。

 そんな弟子の思いに関係なく、ニュウリーンは胸を揺らしながら話を続けて行く。


「この世界に一〇個その石はあります。それを全て集めて、同じように愛する者の血を少し飲む。これで、完全に封印は外れます。ウェルガー!! 完全に、封印は外れるのです。勇者に戻れます」


「う~ん…… まあ、そうですか」


 七個集めて龍が出て、なんでも望みを叶えてくれる方がいいと彼は思った。


「では、行きましょう――」

「どこにです?」

「旅に――」

「なんで?」

「勇者の力を完全に解放する「石」を探す旅です」

「いやです」

「えーー!!」


 クールで怜悧な印象だった、ニュウリーンがマジで驚きの顔を見せた。

 まるで、全ての物語は「旅から始まり、主人公の欠損を埋め、そして帰還するのが正しい」と思っているかのようだった。


 そんな顔の師匠を見るのは、ウェルガーにとっても初めてだった。


「いや、今、俺は島を離れるとかあり得ませんよ。一応、ここの責任者なんですから――」

「ぬぅ……」

「自分の責任も果たせない男が勇者の力を手に入れても仕方ないでしょう? 師匠」

「クッ…… 筋が通っています。確かに―― 言うようになりましたね。ウェルガー」


 彼女はフラフラと力なく後退し、トンとイスに座った。

 下を向いて考え込んでいる。


「まあ、それも想定の内でしたが――」

 

 彼女は顔を上げた。すでに元の怜悧で美麗な表情を取り戻していた。


「私もこの島にしばらく残ります。そして、憂いがなくなれば、旅だちを――」


「「「「えええーー!!」」」


 ウェルガー、リルリル。

 そして、テーブルに突っ伏していた、ラシャーラも跳ね起きて、声を上げた。

 完全に「異議あり」の感情のこもった声だった。


「しかし、帰るにしても―― 途中まで来た船はもう、王国に戻ってしまいました」


 彼女は、王国の「特別の計らい」で島の近くまで船で送ってもらい、そして途中から泳いで島に上陸したのだった。


「じゃあ、次の王国からの船が来たときに――」

「それは出来ません」


 彼女は大きな胸を張って堂々と、自信たっぷりに言った。


「なぜですか。この島、先生ほどの武芸者がいても、宝の持ち腐れで――」


 ウェルガーのお世辞のこもった説得に、ふたりのエルフも「うんうん」と頷いていた。


「それが、出来ないのです。王国の関係者に遭遇するのはまずいのです。ここにいる分には、王国の「法律」も及びませんし」


(やべぇ、やっぱこの師匠やばいよ。法律とか、何をやってここに来たんだ。そうか、賢者に一〇発とか言っていたよ。突きか蹴りかはしらんが――)


 その時はサラリと流していたが、王宮に入り、賢者に一〇発食らわせ、国の極秘事項を持ってここにやってきたのだ。

 どう考えても、アルデガルド王国では凶状持ち《はんざいしゃ》だ。


「この島も悪くないです。街を見ました―― 海辺の街です。開発途中の街ですが、活気があります。子ども―― 男の子がいっぱいいるのを私は見ています。ウェルガーの小さいころを思い出すような。男の子たちが……」


 島にやってきた三〇〇人は、家族持ちが多い。

 よって、小さな子どもも多い。

 確率的にいえば、その半分は男の子だ。


(やべぇ…… どうすべきか…… いいのか? この変態で、嗜虐性の塊の凶状持ち。しかも特殊性癖の持ち主を島に解き放って)


 ウェルガーは煩悶する。

 しかし、ここで強く出ればまた、話は振りだしで、生き死にを賭けた展開になるのだ。 

 

(街の子どもたちは大事だ。出来るだけ守る―― しかし、リルリルの方が俺には大事だ)


 ウェルガーは至極真っ当なラインで結論を下した。


「い、いいですけど―― 絶対に騒動を起こすとか無しで、大人しくしてくださいよ」


 彼は強い語勢で、師匠に言い切った。

 今までそんな口をきけたことはなかったのに、やはり何かが自分の中で変わったと思った。


「むッ、大丈夫です―― そうですね…… 子どもたちに、武芸や学問を教える私塾でも作りましょうか…… ふふふふふ」


(いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!)


 ウェルガーは己のトラウマが抉られ、心で絶叫。

 しかし、口で叫ばなかったのは、強靭な精神力ゆえだった。


「ま、それで終わりです。勇者の力の全解放。今のところ、急ぐ話でもないですから」


 そう言って彼女は立ち上がり、家を出て行こうとした。 

 リルリルとラシャーラは、明らかに「ホッ」としている。


 これから先、ヤバいことが起きる可能性を感じているのは、ウェルガーだけだった。

 

(くそ、最悪の事態になる前に、男の子たちを守らねばならねーか……)


 生真面目なところがある、彼はそう思う。

 自分と同じ犠牲者を増やすわけにはいかない。

 嗜虐性の結晶体で、凶暴兇悪なサディスト、更に特殊変態性癖の悪魔。

 そんな彼女から、島の男の子を守らねばならないと決意した。


「あ、そうだ―― 褐色エルフちゃん――」


 戸をあけ、出ようと瞬間、ニュウリーンは振り返った。

 そして、褐色エルフ娘を見つめる。で、黙った。


「ラシャーラです」

「そうそう、ラシャーラね。うん、うん。えっと…… なんだっけなぁ――」

 

 細い指を顎に当て、困った感じで、何かを思い出そうとしているようだった。


「なんですかいったい?」


 不思議そうな顔でラシャーラは尋ねる。

 彼女には、ニュウリーンと個人的に何かを話すような接点は思いつかない。


「いや、アナタに伝えておいた方がいい事が有ったような気がするんですけど…… まあ、大したこと無い話ですかね。忘れるくらいだし」


「そうですか――」


「うん、気にしないで―― じゃあ、私は街にでます。また、会いましょう」


 全員が「絶対に会いたくない」と思う中、彼女は去って行った。


(いったい、何を言いたかったんでしょうか……)


 ラシャーラはちょっとだけ、そのことを気にした。

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