16.あり得ない銃声
「やはり勇者様のパワーは違いますなぁ――」
「いや、『元』勇者だよ」
ウェルガーは斧を振り上げながら言った。
身体を捻り、一気に大木に叩きこむ。
それだけで、一抱えはあるような大木がミシミシと軋み音を上げる。
まだ、倒れはしないが、彼が斧を三回振るって、倒れない木はなかった。
街の整備、港の整備など、とにかく必要なのは材木だ。
そして、最も力仕事が要求されるのが、伐採による材木の確保だった。
彼は二発目を叩きこもうと斧を振り上げた。
そして、なぜか、斧をスッと下ろした。
「あれ…… なんか、聞こえなかったか?」
ウェルガーは首をひねって不思議そうな顔で言った。
「いえ…… なにも。風の音ですかね?」
「特に変わった音は、聞こえなかったですけどね。旦那」
「変な鳥の声ですかい?」
森ではよく分からない種類の鳥が鳴いていることもある。
風の音――
葉や枝の揺れる音――
耳を澄ませば、雑多な音が飛び交う場所だ。
「そうじゃないんだが……」
ウェルガーは訝しげな顔のまま、もう一度斧を構え振り下ろした。
メキメキと音をたて、大木が倒れる。
(新婚で浮かれすぎているのかな……)
最初に聞こえたのはリルリルの声だった。
その声は「早く帰ってきて、アナタ」と聞こえたような気がした。
新婚ラブラブで、心が帰りたい病になっているのかと、彼は苦笑する。
しかし、もうひとつの音も聞こえたのだ。
それは、声ではなかった。
それは、ちょっと心に小さなさざ波を作っていた。
(まあ、この世界で…… あんな音が聞こえるはずもないか――)
現物の音を生で聞いたことは無い。
前世でテレビやネットで聞いたことのある音に似ていた。
銃声だった――
それも拳銃のような感じの音だ。
この異世界には絶対に存在しないモノの音だ。
存在を知っていても、この世界の技術では造ることだってできないだろう。
この世界にも火縄銃らしきものはある。しかし音の質が違う。
数も少ない貴重品だ。この島にあるわけがない。
そして、火縄銃の音はもっと馬鹿でかく大雑把な感じだ。
勇者として、王立軍の火縄銃の射撃音は聞いたことがある。
それとは全然違っていた。
ウェルガーに聞こえたのは、精緻なメカニズムが叩きだす発射音。
甲高く、短く、鋭く乾いた、鋼の音だった――
近代的な銃の音に聞こえた。
「んな、わけねーか――」
ウェルガーは小さくつぶやいた。
彼は不安を払しょくするかのように、次の木めがけ、斧をフルスイングで叩きつけた。
◇◇◇◇◇◇
「そんなエルフはいないです。私だけです。エルフはこの島にワタシしかいません!」
一〇歳のエルフは震える声でそう言った。しかし、その声音は十分に気丈なものだった。
夫のウェルガーは山で仕事中。
ラシャーラは、山菜を取るために出かけって言った。
家にはリルリルしかいなかった。
そして、そこにやってきたのだ。
三人の男たちが――
はち切れそうな筋肉で分厚い身体をした男。筋肉を見せつかるかのように小さな服を着ていた。
ひょろりと背の高い男。真っ黒な服に、気障っぽい顔をしていた。
背の低いまん丸い形の男。ニヤニヤを笑って、リルリルを見ていた。
彼らはいきなり来た。「褐色エルフちゃんを引き取りにきましたぁ」と言ってドアを開けいきなり入ってきたのだ。
リルリルは川で汲んできた水を
一〇歳のエルフには重労働だ。
しかし、病み上がりのラシャーラにやらせるわけにはいかない。
彼女は手伝いたがったが、代わりに山菜を取って来てもらうことで話がついたのだ。
水くみは家の主婦の仕事なのだと、リルリルは思っている。
「いません! 人違いです! 褐色のエルフなんていないです!」
「ふーん…… そうなのぉ」
そう言って、どかどかと筋肉だるまのオカマが前に出た。
「ああ! そっちは寝室なんです! 新婚夫婦の寝室を――」
リルリルの声を無視し、バーンとドアを開けた。
今日はちゃんと片付けて有ったので少し「ホッ」とするが、よく考えてみればそれどころではないことをリルリルは気が付いた。
「こっちにもベッドがありやすぜぇ。姐さん―― ひひひひ。うーん…… 褐色エルフちゃんの匂いが染み込んでるぅぅ」
小太りデブが、ラシャーラの部屋を空け、ベッドの匂いを嗅いだのだ。
リルリルは耳まで真っ赤になった。
一瞬、自分とウェルガーのベッドの匂いをかがれたらどうしようと思ったが、そんな場合じゃない。
「新婚で、別々に寝ているのかしら? あらあら、寂しい新妻だわ。うふふふ」
「寝てません! いっしょですぅ! 寂しくないですぅ! ばかぁ!」
顔を真っ赤にして反論するリルリル。
リルリルは、いかに聡明でも一〇歳のエルフだ。
このような緊急非常事態への対応を期待するのは酷だった。
「じゃあ、あのベッドは?」
「わ、私のお昼寝用のベッドです!」
「あら、なんで、ベッドを二つ用意するのかしら? うふふ」
反射的にリルリルはでっち上げを言った。
そして、心の中で「アナタ、早く帰ってきて! お願い! お願い!」と祈った。
リルリルの祈りが止まったーー
乾いた火薬と鋼の音が彼女の祈りを強制停止させたのだ。
リルリルは思わずしゃがみこんだ。
(なにいったい!? なに?)
「まどろっこしいんだよ。いいかい、早く教えないとああなるぜ――」
ひょろりとした男は視線でその方向を見た。
リルリルも顔を上げ、その視線の先を追いかけた。
それは、先ほどまでリルリルが水を入れていた水瓶だ。
そこに穴が空いて、緩い弧を描いて水が噴き出していた。
床にどんどん水が流れ出していく。
いや、それよりもだ――
なぜ、そのようになったのか、リルリルには分からなかった。
(なに? 魔法…… え?)
ひょろりとした男は、黒い道具を握っていた。
リルリルの見たことのないものだった。
いったい何が起きたのか、彼女には分からなかったが、原因を作ったのはその道具だと察した。
その男が手に持った道具が恐ろしく危険であることだけは分かった。
「銃ってんだよ―― 凄い速度で、鉄の弾発射できる。で、当たればああなる」
尺取虫のように、その道具の上の方が動く。
そして九ミリ×一九ミリのパラベラム弾が発射される兵器。
ルガ―P01――
ウェルガーが見たなら「ありえない」と声を上げたであろう。
第二次世界大戦におけるドイツ軍の制式拳銃のひとつ。
それは、この世界にあり得ない銃だった。
弾痕からは、まだ水が流れ出していた
少しずつ、吹きだす水の勢いが弱っていく。
まるで、それが時を刻んでいるかのようであった。
「エルフや人なら、水の代わりに何が吹き出るかねぇ―― ま、俺はやりやくはねぇんだよ。教えてくれねぇか? 褐色のエルフはどこだい――」
ガクガクとリルリルは震えた。
この三人は悪人だ。絶対に悪人だ。彼女はそんな奴に負けたくないと思った。
怖い。すごく怖い。心の中で夫の名を何度も唱えた。
泣きそうになる。歯を食いしばる。
「し、知らない―― 知らないから!」
パーン!
男は無言で引き金を引いた。
二発目の弾丸が再び水瓶に当たった。
一発目で、かなりダメージを受けていたのだろう。
二発の弾丸で、それは粉々に砕け、残りの水と破片を床にまき散らした。
「アンタねェ―― それ、アイツらから結構高い値段で買ったのよ。弾だって高いのよ。貴重品なのよぉ」
「すいません。姐さん―― これくらい脅さないとダメかと思って」
そうは言いつつも筋肉オカマも、自分の部下が直接エルフの子を狙わなかったのはホッとしていた。
ひょろりとした男は、二発目までは、リルリルの身体を狙うこともしなかった。
しかし――
これ以上、強情を張られれば、やりたくもない決断を下さねばならない。
(子どもを傷つけるのは嫌なんだよ…… でも、こっちも仕事だ、わりぃなエルフの嬢ちゃん)
偽善的だと、彼は自分でも思う。それが唇に皮肉な笑みとして現れる。
リルリルはそれを見て震えた。目をつぶる。
ウェルガーの名だけを心の中で呼び続けた。
「次は、手か足を狙いなさい。絶対に殺しちゃだめよ」
「はい姐さん――」
スッと銃口をリルリルに向けた。
リルリルは目をつぶって丸くなって固まるしかなかった。
(アナタ! アナタ! アナタ―― 助けてぇぇぇ!! ウェルガー!)
心で祈る。しかし、念話の魔法が使える訳でもない。
彼が空耳でその声を感じたことだけでも、奇跡といってよかった。
ただ、その奇跡はここではなんの意味も持たなかったが――
「止めなさい!!」
凛とした強い声が響いた。
ラシャーラだった。
山菜を獲りに行っていた彼女が戻ってきていた。
普段は優しげな色を見せる薄いブルーの瞳が強い光を放っていた。
「恥を知りなさい! そのような卑劣な武器を、子どもに向けて!」
彼女はそのまま、リルリルの方に歩いていった。
そして、しゃがみ込んで涙ぐむ、彼女を抱いた。
(自分に妹がいたら、こんな感じだったかも―― でも、姉より先に結婚しちゃう妹か……)
ラシャーラはフット笑みを浮かべ、優しくリルリルの頭を撫でた。
ふんわりと柔らかな感触の髪の毛のだった。
キレイなウェイブを描いた金色の髪の毛だった。
「ごめんね―― 怖い思いをさせて。もう大丈夫だから」
「ラシャーラさん……」
彼女はスッと立ち上がり、三人組を見やった。
ひょろりとした男はすでに銃をしまっていた。
もう、必要などないからだ。
「大人しく一緒に来てくれるんでしょうね。褐色エルフちゃん?」
「馴れ馴れしい口を――」
吐き捨てるようにラシャーラは言った。
そして、キッと顔を上げ、三人組を睨みつける。
「私は行きます。しかし、条件があります。この子には絶対に手を出さないこと」
「ラシャーラ…… 行っちゃうの…… ダメですよぉ…… 悪い奴です。悪者は―― 夫が、勇者ウェルガーがやっつけますから」
「うん、やっつけに来て―― お願い。待ってる―― そう伝えて……」
リルリルにニコリと笑い彼女はいった。
ただ、その笑いがすごく悲しそうにリルリルには見えた。
なにも出来ない――
ラシャーラは、三人に囲まれ、家を出て行く。
「悪かったな―― でも、素直に言ってくれれば、壊さなかったんだぜ」
ヒョロリした男は、そう言って、何かを床に投げた。
コロコロと転がり、それはリルリルの前で止まった。
それは大銅貨だった。五カパルだ。
「修理代だ――」
ひょろりとした男はそう言った。
そして、三人組は出て行った。
ラシャーラを連れてだ。
リルリルは大銅貨を握った。泣きながら――
そして、その銅貨を玄関に向けて投げつけていた。
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