4-18 浄化
目の前に立つ龍神さんの笑顔を見て、おれ、助かったんだと、思った。
だってねぇ、おれ、全く動けなかったんだから…。
そんなとき、あの、小さな蛇みたいなヤツに襲われでもしたら、ひとたまりもなかったんだと思うんだ。
小さくても、あの蛇はバリバリのビリビリのアイツだったんだろうから…。
だから、成り行きでも、攻めてくるだろうし…。
かをる子さん、微笑みながら、おれに向かって、かざすように、右手を出した。
すると、その手から、先ほど、空を舞ったキラキラする粉雪のようなものが流れ出てきて、おれに、いや、おればかりか、あやかさんやサッちゃんにも降りかかった。
このキラキラ、なんだか、すごく、気持ちがいい…。
急激に、倦怠感や疲労感がとれていった。
これって、龍神さんによる癒しの秘法…なのかも…。
まあ、神様からのご褒美と言ったところかな?
おれ、それまでは、極度のヒトナミ緊張の疲れと、そこから来るめまいとで、ゴロンと寝転んだまま、本当に動くことができなかった。
それが、不思議や不思議、ス~ッとそれらの疲れが消えていった。
で、おれ、スッと起きることができた。
あやかさんやサッちゃんも、不思議そうな顔をして立ち上がった。
おれなんか、今のかをる子さんのキラキラで、すっかりとよみがえった感じになって、すごくありがたいものをいただいちゃったよ、なんて喜んでいたんだけれど、あやかさんはちょっと違うようだ。
かをる子さんを、胡散臭げに、軽くにらむような感じで…。
「終わりにけり…、と言ったわよね?」
と聞いた。
「ええ、終わりにけり…」
「そのときの言い方…、やっと終わった、という雰囲気で聞こえたんだけれど…」
「ええ、まあ、やっと、けりが付いた、と言うことよ」
と、かをる子さん。
「やっぱり、そうなのよね…、『やっと』がついた『けり』という感じに捉えて、いいのよね…」
「あれっ?
クッ、あやか…、ククク…実はそうなんだよ、ククク…バレちゃったのかな?」
と、かをる子さん。
うん?何の話なんだろう…。
「いつから、と言うことなの?」
と、あやかさん、ちょっと強い感じで。
「う~ん…、まあね…、ずっと昔…からよ…」
「ずっと、って?」
「やれやれ…、そんな恐い顔をしなくても、ちゃんと答えるよ。
2千年…いや、もう少し前からだったのかな…。
まあ、わたしが、わたしとして確立していく過程でのことなのよ」
「ふ~ん…、それなのに、知らんぷりして、かをる子さん、わたしの敵、萱津を倒すのを手伝う、というスタンスをとっていたのよね…」
「まあ、うまい具合に、あの子、萱津と融合したし、しかも、そのあと、萱津の影響で、妖結晶の魅力にとりつかれてしまったからね…」
かをる子さん、今まで、『敵』と言っていたアイツのこと、『あの子』と言った。
何なんだ、この変わり様は…。
あやかさんも、そのことには気がついたみたいだ。
ただ、あやかさん、もっと、このことに関しての推測は進んでいるようで、それは、軽く扱った。
「ふ~ん、あの子、ね…。
で、アイツをやっつけるときに、あなたは飲み込むことなんてできない、とかなんとか言っていたわよね…」
「まあね…」
「でも、最終的には、あなた、食べちゃったわよね」
「そのことよね…。
これねえ、食べるというんじゃなくてね、取り込んだと言う方がいいんだけれどね…。
それが。本来の目的だったんだからね…」
「初めから、そうすれば良かったんじゃないの?
大きな龍になって、パクッとひと飲み…、簡単だったと思うんだけれど?」
「いや、それが、そんなに簡単なことではなくてね…。
まあ、今までは、そんな風にひと飲みにはできなかったんだよ」
「うん?」
「ええ、そうよ、今、あやかたち3人で、アイツを浄化してくれたからね。
それで、わたしが取り込めるようになったんだよ」
「ふ~ん…、嘘じゃなさそうだし…、そういうことがあるのか…。
浄化、ね…」
「そうなんだよ。
今までのあの子の状態は、あまりにも不浄だったからね…。
ほら、
「穢れ?
それ、ちょっと、今の状態とは違うことなんじゃないの?
第一、かをる子さん、龍神様とは言っても、神様ではないようなこと、前に言ってなかった?」
「まあ、そのあたりは、いろいろと複雑なんだよ。
神と言えば神みたいにも見えるし、で、本当に神かと言うと、そうでないようでもあるし、とね。
これは、あやかたちが使う「神」という言葉の定義がね、すごくいいかげんなものだからいけないんだよ」
「なんだか、こっちのせいにされたみたいだけれど…」
「そう、わたしはわたしで…、まあ、とにかく、結論だけ言えば、浄化してもらわないと、わたしとしては、取り込めなかったんだよ」
「すると、私たちは、ただ、アイツを浄化するために戦っていた、ということだったの?
かなり、命がけだったように思うんだけれど…」
「まあね…。
本当に危ないときには何とかしようと、ちゃんと向こうから見ていたんだよ。
でもね…、まあ、言い方によると、そういうことにもなるのかな…。
もともとね、その3振りの刀は、そのための道具だったのよ」
うん?なぜ、急に、刀の話に?
そうか…、かをる子さん、話を他に飛ばそうとしているのかも。
でも、あやかさん、そういうことに関係なく、聞きたいことの本質へ向かう。
「ずっと昔から、こうしたかったわけなの?」
「昔って…。
まあ、今から見れば、昔は昔だけれどね…。
6百年ほど前からだよ。
アイツを清めることができる可能性を見つけてからだからね…。
さて、話はこのくらいにして、家に戻ろうよ。
向こうも、たぶん、片が付いているはずだからさ」
「まあ、うちの方も気になるけれど…、でも、かをる子さん、それで、この話を有耶無耶にしようとしていない?」
「ククク…、あとで、いくらでも話してあげるよ。
それよりも、ちょっと、ビール、飲みたいんじゃないの?
ねえ、龍平?」
話が急におれに振られた。
確かに、言われてみれば、今のビール、うまいかも…。
でも、明らかに、あやかさんの話を終わらせるために、かをる子さん、ビールの話を持ち出した。
アイツとの戦い、おれにとっては、ドキドキ、ハラハラの戦いだったんだけれど…、そうは見えなかったと言われるかもしれないけれど、かなりしんどかったのですよ…、でも、あやかさん、それを振り返ることすらしない。
なんとかアイツをやっつけたことよりも…、おれなんか、やっつけた、と言うことで、奥の方ではかなり興奮しているんだけれど…、あやかさん、そんなことよりも、その戦いの元となった、アイツとかをる子さんとの関係、また、かをる子さんの本心に興味があるようだ。
かをる子さんと話しながらも、次から次へと疑問が湧き出てきているみたいだし…。
だから、うかつに、ビールを飲みたい、なんて、今、おれが答えると、あとで、絶対に、あやかさんにウジウジと言われ、いじめられる感じ。
で、おれ、
「まあ、ビールもいいけれど、この話も、すごく興味があるんだけれど…」
と、ワンテンポ遅れて応えた。
そうしたら、かをる子さん、さらに愉快そうに笑い出した。
「そうか…。
龍平、ビールは飲みたいんだけれど、うかつに話を切って、あとであやかに文句を言われても嫌だといったところだね。
でもね、向こうでは、みんなが心配して待ってるから、今は戻ろうよ。
あやか、あとで、ちゃんと話すよ、あの子との関係を。
でも…、一言で終わるような、そんな大した話じゃないんだけれどね…」
かをる子さん、そう言って、家の方に向かって、歩き出した。
あやかさん、ちょっとそのまま、かをる子さんの後ろ姿を見ていたけれど、
「しょうがない、帰ろうか」
と、おれの腕を取って歩き出した。
そして、
「話、一言で終わるのに、あとにするのか…。
大した話でなくっても、言いにくい話っていうのもあるからね」
と、おれに小さな声で言って、あやかさん、ニヤッと笑った。
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