4-17  けり

 この方法、一発逆転の王手、即詰み、となるかも。

 でもな…、かなり、怖いな…。

 うまく刺さらなかったら…、あ~あ…本当に…、怖い。

 

 それでもな…、やっぱり、大事なことは一つだよな。

 あやかさんを守ること。

 この、湧き出てくる逃げようとする気持ち、どうやっても潰さなくっちゃいけないよ。


 なんとしてでも守らねば…。

 そう、なんとしてでも…。

 今、やらねば、あやかさんを守れない。


 おれ、右を向き、あやかさんの顔を見て、

「おれ、あそこにテレポーテーションしてみるよ。

 アイツ、たぶん、おれより重いから」


 ちょっと、心臓が強くドキドキしている。

 この緊張感…そして、なにより、おれ、心の奥では怖がっていること…、あやかさんにばれないか、心配だ。


 でも、なんとかそう言いながら、おれ、左手を向こうに向けて胸につけ、そこに右手で持った妖刀『霜降らし』の柄の先、かしらのところをあてがった。

 これで、うまくアイツを刺すことができるのかどうか、これでも、また不安があるところだけれど、もう、これしか思いつかない。


 でも、この姿を見て、あやかさん、おれのやろうとしていること、理解したみたいだ。


 あやかさん、頷きながら、

「うん…、わかった。

 気をつけてね。

 わたしもすぐに行くから」

 と、言って、あやかさん、ぐっと屈んで、もう、ここから飛び出す体勢になった。


 おれも、すぐにヒトナミ緊張を全開にして、あのスライム全部を、おれに引き寄せる動きに入る。

 アイツの、あの正面を抱き止める気持ち。


 アイツ、明らかに、おれより重い…はず。

 おれに引き寄せられるんだけれど、でも、動くのはおれ。

 そうすれば、この刀、うまくアイツに刺さるかもしれない。


 あやかさんが飛び出す。

 ピクッと、スライムの角が反応したような感じ。

 おれ、さらに引き寄せるイメージを強める。

 その途端、胸に強い圧力が掛かり、目の前が真っ白に光った。


 妖刀は、前にあるもの…壁のようなものに、深々と刺さっている。

 でも、覚悟していたバチバチはなかった。

 白く光ったあと、その光が薄らいでいくにつれ、少しずつ、体が沈んでいく感じ…。

 感覚としては、なんだか浮いているような…、それが、徐々に降りているような…。


 刀も、おれと一緒にゆっくりと下に下がっていくんだけれど、だから、おれの前の壁が…おそらくスライムのからだが…切れてもいいはずなんだけれど、でも、前の壁に傷は着いていない。

 このままだと、ただゆっくりと、着地するだけなのか…?


 あっ、でも、今、ひょっとすると、前に、妖魔との対決のときに経験した、時間がゆっくり進んでいる、あの感覚なのかも。


 で、おれの目の前には、どす黒く渦を巻く壁があった。

 おれが引き寄せた中心は、ウニカバの正面。

 もともとそこには顔などはなく、とげも背中の方に集中しているので、おれが目標とした付近には何もなかったはず。


 だから、目の前にあるのは壁のようなアイツのからだに間違いないはずなんだけれど、今、見ているのは、ガラス戸越しに、嵐の夜の真っ暗な空が広がっているような感じだ。

 おれの胸元、刀の刺さっている周辺は白く光っているんだけれど、その向こうは、黒く渦巻く雲。


「ウッ…」

 目の前で、稲妻が走った。

 で、ふと気がついた。

 おれ、今、コイツと力比べをしているのかもしれない。


 おれ、また、ぐっと、ヒトナミ緊張を高める。

 すると、胸元の白さが広がった。

 と、体が沈む感覚もなくなった。

 上下感はあるんだけれど、普通に浮いている。


 すると、いきなり、稲妻が、上下左右、めちゃくちゃに走った。

 これはこれは…、やはり、今、力で押し合っている段階なんだ…。

 体が、また、ゆっくりと下に降り始めた。


 あれっ? これって…、そう、命がけの戦いのはずだ。

 だから、おれが負けると、このスライムに飲み込まれちゃうんじゃないの?


 それはいやだよ、と思って、また、緊張を高める。

 しかし、正直なところ、これは想定外…。

 コイツとの戦いは、妖刀『霜降らし』で刺せばそれで終わり、だと思っていた。


 でも、そうではなかった感じ…。

 この、現在の状況から判断すると、そんな甘いものじゃなくって、こうなってからが、精神力と精神力の勝負だったのだ。

 妖刀で刺すことができれば、それで一発逆転、なんてものじゃなかった。


 かをる子さんに、こんなこと聞いてなかったよ、と文句を言いたいところだけれど、でも、今更だし、いずれにせよ、おれがあやかさんを守らなくっちゃならない。

 とにかく、戦いなんだ。

 そして、今その真っ最中。


 おれ自身、なんだか目が覚めた感じ。

 おれの周り、白い明かりが再び広がり始める。

 と、滅多矢鱈に稲妻が走り、刀が押し戻されるような強い力を感じて、おれの白い光の広がりが止まる。


 すると、また、体の動きが止まった。

 これって、力が拮抗している時って、ひょっとすると、時間が止まっているのかも…。

 その止まった時間の中でも、黒い雲の中では、稲妻。


 なんか、目の前で稲妻が走り回るのって、ちょっと怖さを感じる。

 刀に当たって、バリバリッとでも来たら…。

 なんてこと考えたら、スッと白い明かりが小さくなって、おれの落下が始まる。


 まずい。

 こういう精神的なものは、とにかく、ポジティブに。

 と、思っても、ゆっくりとだけれど、おれ、下に降りていき、白い明かりが徐々に小さくなっていく。


 明らかに劣勢だ。

 でも、これ以上、ヒトナミ緊張強めると、そんなに長くは持たないかも。

 白い明るさが減ってきているおれの周りが、なんだか、膨らみ始めた感じ。

 特に、おれの体の右と左、1メートルほど離れたところ…。


 あれ? これって、おれを飲み込もうとしているのかも…。

 縦だけれど、大きな口になるような…。


 それはいやだ。

 これでは、長く持たなくっても、今は緊張を強める以外、手はない。

 あ~あ…、かをる子さん、こういうこと、先に言っておいて欲しかった。


 と、そのとき、おれの右側後ろに、なんとなく気配を感じた。


 見ると…どういうわけか、後ろなんだけれど、振り向いて見ているような感じでわかるんだけれど…、超スローモーションで、あやかさんが、コイツに飛びかかってくるところ。

 両手で、逆手に、妖刀『龍の目』を構えて。


 でも、あやかさん、空中で、ほぼ止まった感じ。

 早く来て欲しい。

 でも、緊張を緩めて、今よりも時間の進み方を早くしたら、この、両側の膨らみ、あっと言う間に、おれを飲み込んでしまいそう。


 あやかさんが来れば、勝勢になれるんだろうけれど、時間を早めるために、今は力を抜くことはできない。

 何としても、時間が止まるくらいには、拮抗したい。

 いや、そうじゃない、こっちが勝勢となって拮抗を破り、時間を進めるんだ。


 ええい、ままよ、と、おれ、最大限に、緊張を高めた。

 たぶん、数秒しかもたない感じ。

 急に、目の前が、白く光り出した。


 でも、これが正解だったようだ。

 面の前が、真っ白に光り出して、おれ、緊張で気を失いそうになったとき、バスッと、あやかさんがおれのすぐ右隣に妖刀を刺し込む。


 その瞬間、白い輝きが増して、あやかさんの当たった勢いで、グググググッと、壁が前の方に倒れる感じになった。

 と、左、やや下に、バシッと、サッちゃんが飛び着くように小刀を刺し込んだ。

 壁一面が、真っ白に光った。


 そのまま、3人がへばりついた壁が向こうに倒れるような感じで、おれたちは前に倒れ込んでいった。

 続いて、地面にぶつかる衝撃。


 地面に刀を刺し、伏せたようになったおれたち3人の周りを、すさまじい風が巻いた。

 すると、目の前、風の渦の中心となっているところから、何か、輝く透明な、小さな蛇のようなものが、空に飛び出ていった。


 ソイツが何か攻撃をしてくるのかと思って、防御しようと思ったんだけれど、このときには、もう、おれ、体を動かすことができなかった。


 おれの右隣にいるあやかさんもそれに気がついたみたいで、寝転がったまま地面から妖刀を引き抜き、空に向かって構えた。

 サッちゃんもそれで気付いたようで、あやかさんと同じ動き。


 でも、そのとき、正面、西の空から、大きな光の帯が高速で流れてきて、おれたちの上で渦を巻き、あっと言う間に、その小さなものを飲み込んだ。

 すると、空一面明るく光り、帯が消えると同時に、キラキラとした光の粒となり、雪のように渦を巻き、舞いだした。


 空の中央がさらに明るく輝き、そこから、光の粒が、サラサラと、おれたちの目の前に、滝のように降りてきた。

 と、そこに、かをる子さんが立っていた。

 あの、超セクシーな鎧姿ではなく、ちょっとシックなドレス姿で。


 かをる子さん、ニコッと、とても素敵な笑顔になって、

「終わりにけり…、だね」

 と、言った。



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