4-16  ウニ

 今のアイツ、動いてはいるけれど、スライムのお化けみたいな感じで、見た感じだけでは、とても引き寄せやすいように思えるんだけれど、でも、考えてみると、萱津の体を丸々飲み込んでいるので…しかも、下の土まで飲み込んだようなので…全体の重さは、おれよりかなり重いんじゃないかと思う。


 だから、ヒトナミの力を出せば…重い方に向かって移動するので…、アイツを引き寄せるんじゃなくて、おれがあそこに飛ばされてしまう。

 スライムに、食われちゃうかも…。

 それは、いやだな。


 で、あのドロドロ状態だ。

 スライムの中から、アイツだけを引き寄せることなんて、イメージを作るだけでも、もうできそうにない。


 で、どこか一部を引き千切って寄せてみようかなんて思ってみたけれど、やっぱり、また、あのビリビリなんだろう。

 しかも、こう、渦を巻きながら、盛り上がったり平らになったりでは、その引き千切る部分のイメージすら作りにくい。


 どうしよう…、搗き立てのお餅を千切り取るようにでも、イメージしてみようかな、とかなんとか考えていると、隣に来たあやかさんが、

「アイツ、何をしようとしてるんだろうね」

 と、つぶやくように言った。


 確かに…。

 そうだよ、アイツ、あんなところで何をしてるんだろう?


 すると、すでにおれの左に来ていたサッちゃんが、

「何か、別のものになろうとしてるんじゃないかな…?

 ほら、龍神さんが、かをる子さんになったみたいに…」


「なるほど…。

 龍神さんほどスマートには変身できない、ってことかもね…」

 と、あやかさんが納得。


 おれの右と左の二人で現状分析の推論ができあがった。


 でもね…、あの大きさだと、お住まいが上野の山の、あの西郷さんくらいの大物になるんじゃないだろうか?


 と、急に、グググググっと縁近くの何カ所かが盛り上がってきて、上に向かって、手のような足のようなものが生えてきた。

 1、2、3…、8本ある。

 えっ? 蜘蛛? それとも、お蛸さん?


 そう思ったら、すぐに、向こう側の4本がカクカクッと曲がって下を向き、また、スライムでのその付け根がズズズズズッと下に移動していき、足となって、4足動物のように踏ん張って、グググググッと立ち上がった。

 これ、あっという間の出来事。


 その、馬のような細長い4本の足に支えられて、まだ、グニュグニュと動き続ける細長い卵形の物体。

 頭のない馬の体が、細長い卵形のスライム、といった感じ。


 でも、細長い卵形、なんて言ったけれど、おれの印象としては、ナメクジ。

 それも、ぐっと細長く伸びた状態ではなくて、塩でも振りかけられて、丸く縮こまったような状態。

 でも動いているし、大きさとしては、ものすごく大きい。


 気持ち悪く、汚い感じいっぱいの物体だけれど、残った4本の棒状のものが…初め、手と翼にでもなるのかと思ったけれど…、4本とも、すでに手のようになってきている。


「今のうちに、攻撃してみる」

 と、サッちゃん、言うが早いか、溝から跳びだした。


「そうね」

 と、あやかさんも飛び出す。


 あれれ…、また、おれ一人、溝の中に取り残されちゃった。


 サッちゃんが跳びだして、アイツに近付こうと走り出したとき、まだ、グニュグニュしていたアイツは、その状態で、ポンと後ろに大きく跳んで距離をとった。

 そのポンのひと跳びで、ざっと10メートルほどは下がったような感じ。

 で、また、20メートルほどの距離になった。


 今まで、アイツがいたところは丸い窪地になっている。

 やっぱり、土も、かなり取り込んだようだ。

 体が、大柄だった萱津よりも、数倍の大きさになっている。


 で、跳び下がると同時に、アイツ、まだ、なんだかよくわからない、4本の腕みたいなものを、スッと、サッちゃんの方に向かって下ろした。

 サッちゃん、それを見て走るのやめてストップ。


 アイツ、鞭を打ち出すぞ、と、おれは思った。

 サッちゃんもそうなんだろう。

 サッと、屈んで小刀を顔の前で構えた。

 でも、なんかそれじゃ…。


 サッちゃんが危ない、ということで、おれ、すぐに、さっきみたいに妖刀をくわえ、その、腕みたいなものを引き寄せようと思った。

 思ったけれど、4本じゃ、いっぺんに引き寄せられない。


 一瞬、頭の中がこんがらかった。

 こんがらかったけれど、動いていた。


 それで、さっきのことが頭に残っていたのかもしれない、と思う。

 とにかく、とっさに、何かしなくてはと、焦ったのもあった、と思う。

 それも、すぐにやらねばと。


 で、おれ、ほぼ無意識のうちに、4本足のうち、サッちゃんに近い、右前の足を引き寄せてみた。

 もう、どうせならといった感じで、足の付け根から、丸々1本。

 相手はスライムのお化け、人間相手ほどの抵抗感はなかった。


 引き寄せる。

 そしたら、ものすごい、バチバチだった。

 目の前が真っ白に光って、ほぼ同時にバババ、バチバチバチと小さな稲妻が踊った。

 あの、龍の住みかのように。


 おれ、弾き飛ばされて、後ろの土手のような斜面に激突、転がった。


 バチバチバチで、ぶたれたような前面もすごく痛いんだけれど、斜面にぶつかった背中や腰もかなり痛い。

 瞬間的だけれど、苦しくて、ちょっと息が吸えなかった。


 そして、そんなに痛い目に遭ったんだけれど、引き寄せたものと言うのは何も残っていなかった。

 ただ、白く光ったあとには、埃っくさい土煙のようなものが漂うだけ。


 くわえていた刀を右手で取り、口で大きく息を吸った途端、その土煙まで吸い込んでしまった。

 で、おれ、今度は、ちょっとむせて、咳き込んでしまった。

 これはこれで痛い背中に、かなり応えた。


 でも、おれが咳き込んでいる間に、サッちゃんとあやかさん、この溝に飛び込んできた。


 あとで聞いた話だと、アイツ、4本足なんだけれど、おれが足を1本引き千切ると、なんと、前に、バタッと倒れたんだとか。

 それで、アイツの鞭での最初の一撃は、さっちゃんから大きくそれて、アイツの近くの土が飛び散っただけだったらしい。


 でも、そのあと、サッちゃんやあやかさんに向けて、闇雲に、4本の手から、鞭を打ち出しては引っ込め、打ち出しては引っ込めとやり始めたので、近付くことなんかできずに、一旦、退却してきたんだそうだ。


 今もその続きで、この辺に、バババババ、バカッ、バババババ、バカッと、何発も鞭を打ち込んできている。

 おれたちが隠れている溝の縁が、少しずつ削られている。


 闇雲なんだろうけれど、これって続くと、案外ヤバいかも。


 なんて思ったら、その途端、鞭の攻撃がピタッとやんだ。

 うん? どうした?

 注意して、そうっと顔を出して覗いてみると…。


 ここから20メートルほど離れたところ…。

 アイツ、さっき、おれが見たときと、姿が大きく変わっていた。


 見て最初の印象は、半分潰れたいびつな球状になっていた。

 4本の手は着いたままだけれど…それも、どうやらイメージチェンジした感じ。

 どうも、落ち着かないヤツだ。


 その下には足が着いていて…4本に戻っているんだけれど、それぞれがかなり短くなっている。

 胴体と足の関係は、今度はダックスフント…と言うよりも、胴が太いから、あれは、頭のないカバ、そのものだな。


 で、その胴体から、新たに手のようなものが、十数本伸び出し始めている。

 ウニみたい…。

 そう、4本足の巨大なウニ…。


 ウニのカバ…。

 あれ、全部で、鞭を打ち出す気なんじゃないだろうか?


 あの数で…20本くらいあるのかも…、無闇矢鱈に、めちゃくちゃに、闇雲に、だとしても、鞭を打ち出したり引っ込めたりしながら、こっちに向かって歩いて来られると、もう、どうにもこうにも対処できない感じだ。

 こうやって、顔を出すことすらできないだろう。


 と言うことは、今、このときが、最後のチャンス。

 わずかな、この時間…。

 何かないか…。

 何か、いい手はないか…。


 と、怖いんだけれど、ほんとに怖いんだけれど…、でも、すごい手が思い浮かんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る