4-15  スライム

 ババババババッ、バガッとおれの前の土が飛び散った。

 おれ、必死で剣を握り、体の前に立てている。

 本当に、必死。


 土が飛び散ったのと同時にパシッと真っ白に輝き、剣に強い圧力を受けた。

 ただ、光は、おれの正面から、すぐに両側に分かれ、後ろに飛び去った。

 耳のそばで、バチバチッ、バチバチッという小さな音を残して…。


 おそらく…おそらくだけれど…、人が見れば、剣で、飛んできた光の球を切ったように見えたに違いない。

 おれから見れば、まさに、そんな気分。


 おれの前、ほぼ10メートル先から、土を削った筋がまっすぐに伸びて、おれへと続いているいる。

 倒れたクヌギも、下草も、この筋上のものはすべて弾き飛ばされ、土煙だけで、何もない空間。


 で、その土煙の中、真っ直ぐな筋の向こう、おれの正面には、アイツの姿。

 また正面からアイツと向かい合った。


 と、ソイツのアイツ、サッと右手を内ポケットに。

 うっ? なんだ、この動き?

 アイツ、すぐに、拳銃を取り出した。


 でも、次に構えようとしたときには、その拳銃は、おれの左手の中に。

 おれ、すぐに引き寄せたわけ。


 アイツが、右手を、懐に入れた時点で、まさかとは思ったけれど、ほかにはない動きなので、拳銃の可能性を警戒し、心の中で準備していた。

 それで、うまくできた。

 妖刀の鞘は、また、左手首にぶら下がっている。


 と、その瞬間、アイツの右手から、鞭が飛んできた。

 

「ワオ~ッ」

 これは想定外。


 おれ、拳銃を引き寄せて、さあどうだと思った途端だ。

 いくらヒトナミ緊張下でも、これは、体をねじって避けるのが精一杯だ。

 また、真っ白に光った。


 刀を持った右手、なんとなくだけれど、右腹に付けていたのがよかったのかも…。

 偶然だったけれど、アイツの鞭、妖刀『霜降らし』に当たったみたいだ。

 いや、避雷針みたいに、この刀が、アイツの鞭を呼び込んでくれたのかも。

 もし、刀に当たらなかったら、おなかに傷ができていただろう。


 その圧力もあって、おれ、そのまま、左に転がる。

 ここ、溝の中なので、続けての鞭は来ないと思ったけれど、甘かった。

 強くゾクッと感じたかと思ったら、バババッの音と同時に頭の上の土が、バカッと飛び散り、顔中、土だらけ。


 土だらけになったと思ったら、もう、そのときには、バババッ、バカッと同じところの土が飛び散った。

 おれの、すぐ上。


 慌てて寝転がったまま回転。

 向きを変え、あやかさんの方に向かって、またまた、匍匐前進し始めたとき、バババババッ、バカッっと。

 足のすぐ上の土が飛び散った。


 同じところ3発で、バババッの鞭の軌道に沿って深い溝ができているみたいだ。

 この川に、支流ができたみたいに…。

 もうじき、寝転がっていても、当てられそう。

 深く穿たれたところから、足が離れるやいなや、おれ、中腰になって、数歩前に。


 と、向こうの方で、あやかさんが、溝から出て、下草の中に潜り込んだ。

 えっ?ここから出て行くのって、危ないんじゃないの?

 後ろを見ると、サッちゃんは、もういない。


 うわ~ッ、女性は強い。

 これは、やっぱり、何としても、アイツの注意をこっちに引きつけておかなくてはいけない。

 で、左手に握っている拳銃…。


 前に、拳銃の構造について、浪江君に聞いたことがあった。

 だから、たぶん、これが安全装置で、これをこう押すと…、安全装置が外れて、もう、たぶんのたぶん、撃てるはずだ。


 と、アイツ、はっとした感じで斜め左を向く。

 おれから見ると、右の方。

 だから、あやかさんがいる方だ。

 アイツ、右手をそっちに向ける。


 あやかさんが危ない!

 もう躊躇できなかった。

 左手でだけれど、おれ、アイツに向けて、拳銃の引き金を引いた。

 どこを狙っているのか、なんてこともよくわからないけれど、アイツに向けて。


 パン、と乾いた音がし、思ったよりも軽い反動があった。

 アイツの体の真ん中を狙ったんだけれど、足に当たったみたいな感じ。

 多分だけれど…。

 アイツの動きが止まった。


 おれ、立て続けに、あと2回、パン、パンと引き金を引く。

 どこかに当たっているような感じなのだけれど、倒れるわけでもない。

 アイツ、おれの方を向く。


 同時に、空港で初めてアイツを見たときに感じたのと同じ、いやな雰囲気のような、威圧感のような、そんな軽い衝撃波を感じて、ザワザワッとした。

 ものすごく、怒っている顔だ。


 おれ、正直、怖いんだけれど…、でも、そんなこと言ってられない。

 何としても、こっちに注意を引きつけていなくっちゃならない。

 と、アイツ、おれに向かって走り出した。

 銃で撃たれた足の傷なんて、まるで関係ない感じ。


 その姿、おれ、かなり怖かったんだと思う。

 アイツのいやな雰囲気、かなり強かったんだと思う。

 とっさに刀を口にくわえて…。


 抜き身の刀をくわえるなんて、本来なら、これもちょっと怖いことなんだけれど、そんなこと、何も考えないで…、もう、何が何だかわからない感じで、ただ、慌てて…。


 それでも、

「ごめんなさい」

 と、心の中であやまりながら、右手を前に出して、アイツの右足を引き寄せた。


 靴のところ。

 でも、靴だけじゃなくて、中身も…。

 わ~っ、やっちゃったよ、とうとうやっちゃったよ、といった感じで。


 でも、引き寄せたあと、重さも何も感じなかった。

 そう、前に鞭を引き寄せたときと同じ。

 バチッバチッときて、おれ、後ろに弾き飛ばされた。


 今回は、バチバチッで、体の前面…顔から足まで全体を、湿った布で、強くバシッとぶたれたような衝撃があった。


 でも、引き寄せた右手に火傷のような痕跡はなかった。

 その代わり、口にくわえている妖刀『霜降らし』が、ちょっと熱い感じ。

 今回も避雷針の役を果たしてくれたのかも。


 下に転がっている靴は…中身が詰まっているはずの靴は…、見ないようにして、すぐに起き上がり、アイツを見ると10メートルほど離れたところで転がっていた。

 近すぎる感じもしたけれど、今こそ、萱津の体から、アイツを引き抜くチャンスだ。


 で、すぐに、萱津の頭の中に存在するであろうアイツのイメージを作り、引き寄せてしまうつもりで構えた。

 ところが…。


 ここで、想定外のことが起こっていた。

 想定外も想定外、まったく思いもよらない光景だった。

 だって、アイツの頭が、そして体が、潰れるように崩れていくのだから。


 それも、ドロドロとかグジュグジュって感じではなく、とても不自然な、もっと乾いた感じ…ザラザラッといった感じで。

 それを見た途端、おれの中で、今まで作り上げておいた、アイツの本体を引き寄せるイメージが、完全に吹き飛んでしまった。


 で、崩れて半分くらいの高さになると…色は、初め、髪や服、それぞれがそのもので、そのままの色だったんだけれど、崩れが進んでくると、だんだん混ざって黒っぽい茶色になっていった。


 その、黒っぽい茶色の物体が、アイツの体の上で、砂のような感じになって、しかもさらさらと流れ出し、渦を巻きだした。

 なんだか、手品でも見ているような感じ。


 サッちゃんが、溝に…おれのいるところから10メートルほど先だけれど降りてきた。

 ポンと飛び降り、すぐにアイツの方を見たまま、おれの方に歩いてきた。

 反対の方でも、音がしたので振り返ると、あやかさんが、やはり、溝に飛び降りていた。

 やはり、じっとアイツを見たままで。


 そうだよな、次にどうなるのか、全く見当が付かないから…。

 爆発でもするかもしれないし…、いずれにせよ、この溝の中は、ちょっとした安心感が持てる。


 で、アイツはと言うと、だんだんと、体の下の方まで渦に巻き込まれていった。

 と、ブワッと軽い衝撃波が来て、アイツの力が上がったのがわかった。

 …そうだ、空港で、妖結晶を飲みこんだときと同じ感じだ。


 と言うことは…、おそらく、妖結晶をポケットにでも入れておいて、今、それを取り込んだと言うことなのかもしれない。

 アイツのエネルギーが高まったと言うことなんだろう…。


 そのような、パワーアップが、そのあと2回、全部で3回あって、アイツのパワー、かなり大きくなった感じだ。


 そして、体全体が…さらに、体の下にある草や土も混ざって…、渦になって、真ん中に集まって盛り上がったり、また平たくなったりを繰り返している。


 パワーアップした分、下の土も削られ、渦が大きくなっているかんじだ。 

 しかも、徐々に、最初のザラザラ感はなくなり、全体が、なかば液体に近いような感じに見えてきた。


 そう、おもちゃとしてよく目にする、あのスライムのような見かけで、しかもそれが、ドロドロの感じなんだけれど、自らが渦を巻いている。

 そう、ちょっと固めだけれどドロドロ?…そんな、動くスライム…。




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