4-14  すごい殺気

 おれが、ゾクッと感じたとき、あやかさんは伏せるように走り出し、低い体勢のまま、後ろに5メートほど跳んだ。

 サッちゃんも、同じようにして、前に、4メートルほど跳んで、それぞれの間隔が開き…、なるほど、動きの自由度が上がった。


 同時に、二人とも『神宿る目』になったんだろう、あの、例の強烈な波動が、右と左から、おれを挟み撃ちにするように通り抜けた。

 ゾクッのすぐあとだったけれど、さすが二人から同時の波動は強烈で、体中が、ザワザワッとした。


 で、当然、それによって、否が応でも、おれの目の色も変わり、ヒトナミ緊張の状態に変化している。


 それらの動きは一瞬のこと。

 アイツが、こっちを見るなり、別邸の前の道からこっちの方…所々に木のある芝地…に飛び出してきたときのことだ。


 萱津は、まっすぐにこっちに向かって、飛ぶように駆けてくる。

 すごい速度。

 すごい殺気。


 チラッと、さっきのことが頭をよぎった。

 客間でのかをる子さんとのまったり会話の中で、気になっていたことがあった。

 それは、かをる子さんが、相変わらず場の緊張感に合わない、軽い雰囲気で、笑いながら話した、次のこと。


「なんだかんだ言ってもね、アイツは人間じゃないのよ…。

 そしてね、ククク…、さほど高等でもないの。

 だから、おそらく、今は、ただ、妖結晶が欲しい…。

 頭の中、それだけなんだと思うよ。

 それが全ての判断基準だし、動きのエネルギー源…。

 だからね、どのような動きをするのか、何をどうしようとしているのか、龍平がここでいくら考えたって、わかりっこないのよ、ククククク…」


 それで、いきなり飛び出してきたアイツのこの動き。


「来るッ」と思った。


 あっという間に、20メートルほどに近付いたアイツ、腰を落として構えたと思ったら、もう、こっちに向かって鞭を打ち出した。

 ほぼ、おれの方向だけれど、少しずれている。

 これ、ヒトナミ緊張下での、一瞬の判断。


 ババババババッと目の前の小枝や下草が飛び散り、おれのすぐ右、窪地の斜面、その上の端の土が、バガッと飛び散った。

 土煙の中、おれの腰のすぐ右横、地表の土が、20センチ近く窪んでいた。


 その間に、おれ、左端を1歩開きながら、さっき同様、左手に持っていた妖刀『霜降らし』を、右手で抜いている。


 アイツの鞭の先は、チラッと見えたような見えないような、すぐに引っ込んだ。

 すると、また、例のゾクッが来た。

 今回は、前よりも強いゾクッ。


 で、次の瞬間、おれにめがけて、鞭が打たれた。

 でも、ゾクッときた瞬間に、おれ、小さく左に跳んだ。


 跳んだのは、わずかな距離だが、まだ、着地する前に、ババババッと鞭が来た。

 ただ、今度は、間に、かなり大きなクヌギの木がある。

 幹の直径が20センチほどのもの。

 そのクヌギの木に隠れるように、おれ、のぞき込んで見ていたわけ。


 でも、そのクヌギ、比較的大きかったけれど、バギャッと、幹の基部が粉々に砕け散り、さらにバガッとおれのすぐ横の土が飛び散った。

 鞭は、クヌギの木を砕いて、瞬時にここまで伸びていた。

 ものすごい威力だ。


 でも、おれ、その位置に…それまでおれがいたところに…妖刀を構えていた。

 

 今のゾクッときたことで…それも、かなり強いゾクッだったので…、おれの位置が的確に把握されたと思った。

 そして、その前にあった鞭の攻撃で、鞭が到達するときの、その先端の位置が地面より数センチ下であることが、推測できていた。


 クヌギの木がどうなるかなんて考えも及ばず、とにかく、ただ、妖刀を構えていた。

 で、クヌギの木が鞭の威力を弱めるなんてこともなく、鞭はここまで伸びてきた。

 バガッと土が飛び散った瞬間、光って、真白になった。


 妖刀が、鞭の先端のどの辺に当たったのかは、速すぎて判断できなかったが、とにかく、当たったことは当たったようだ。

 刀が、ぐっと、押されるような感覚があった。


 すぐに目をつぶって、伏せた。

 だって、眩しすぎて、目が見えなくなりそうだったから。


 続いて、ドドドドドッとクヌギの木が崩れる音がした。

 あ~あ、おれの好きな道から正面に見えて、新緑がきれいな姿のいいクヌギだったんだけれどな…。


 なんて、感慨にふけっている暇はなかった。

 伏せたらすぐに、また、ゾクッときた。

 あの鞭、この深さまで、土を崩して、到達できるのかどうかわからないけれど、危険だ。


 もう、ゾクッに体する条件反射のような感じで、屈んだ状態から、水に飛び込むようなフォームで、大きく前に跳んだ。

 さらに前に進んでいたサッちゃんとの中間の位置あたりまで。


 後ろでバガッという音がしたのとともに、おれ着地。

 着地とは言っても、野球で、ベースに飛び込んだときのような格好だ。

 胸が、ちょい、苦しい。


 アイツ、さっきとは違い、今度は、鞭が刀に当たっても…たぶん、アイツのエネルギーの一部が削がれているとは思うんだけれど…、なんらひるむこともなく、次の攻撃を打ち込んでくる。

 ちょっと、ヤバい状況かも。


 で、飛び込んで、胸が痛いと思ったとき、また、ゾクッときた。

 そのまま、匍匐前進。

 と同時にバガッと足もとの上の方にある土が飛び散った。


 穿うがたれた地表は深さ20数センチ。

 このあたりの深さは地表から1メートル近く。

 深くて、良かったと思った。


 また、強くゾクッとした。

 さて、このまま動かないと、同じところに打ち込んでくるのかな?

 25センチずつ削られるのならあと2回は大丈夫かも…。


 なんて、考えられるほど、時間があった。

 だから、今度は、鞭をすぐに撃ってこなかった。


 あれっ?

 ひょっとして、「仕留めた」とでも思っているのかも?

 このまま、死んだふりでも…。


 いや、何を考えているんだ。

 おれは、今、アイツをやっつけなくっちゃいけないんだ。

 おれ、アイツの連続攻撃で、ちょっとビビってしまったのかも…。

 正直、この破壊力、ちょっと怖い。


 最初のゾクッから、まだ10秒も経っていない。

 気付くと、あやかさんは、警戒しながらも、20メートルほど後ろまで離れていた。

 用心しながら、アイツの方を伺っている。


 で、サッちゃんはと言うと、おれより、10メートル以上先にいた。

 やっぱり、少し屈んで、地表面近くから、アイツの方をじっと見ている。

 左手に短刀を逆手で持ち、顔の前に構えている。


 うん? ひょっとして、アイツの探りって、精度が、かなり悪いのかも。

 この、今の、こっちの状況を見ると、アイツが把握しているのは、おれだけのようだ。

 あやかさんやサッちゃんは、察知されていないんじゃないか、と、考えられる。


 最初にゾクッときたとき、アイツがわかったのは、この辺に人間がいる、ということだけだったのかも。

 何人いるかの判断もできないレベルで…。


 そして、範囲を絞り込んで、探りの第2波。

 次の、強いゾクッだ。

 これで、正確に、人間の位置が確定できた。


 でも、もうそのときには、あやかさんもサッちゃんも、おれから離れていた。

 だから、アイツが把握したのは、そのまま同じところにいたおれのことだけ…。

 この状況からは、そんなことが推測される。


 と言うことは…、おれ、アイツの注意を、少し引きつけておかなくっちゃいけない役割のようだ。

 で、いきなり立ち上がってみた。


 アイツ、構えたような格好で、じっと、こちらを凝視していた。

 でも、その姿…、足を開いて腰をしっかりと落として構え、やや上目遣いにじっとこちらを伺っている。

 なんだか、人間と言うよりは、ゴリラのような感じがした。


 ただし、目はいいみたいだ。

 こっちは下草の陰のつもりだったんだけれど、おれの動きが見えたようで、おれが立ち上がるとすぐに、こちらに向けて右手を出した。


 もちろん、おれも臨戦態勢。

 とはいえ、この角度からだと、鞭を引き寄せるのはちょっと無理な感じなので、妖刀『霜降らし』で迎え撃つつもり。

 しかも、今度は、何回続けて撃ってきても、全部、受けてやる覚悟。


 ゾクッと言う、強い感じ。

 おれのこと、ロックオン、と言うことだろう。

 同時に、鞭が撃たれた。


 おれ、ちょっと怖いけれど…いや、本当は、かなり怖いんだけれど…、でも、そこから動かず、正面に刀を構える。


 さあ、来い。

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