4-13 ゾクッ
さっき、おれが家から出たときに使った裏の口から、もう一度外に出ると、夕方とはいえ確かに明るい。
そうだよな、まだ、5時過ぎだからな。
まあ、樹木帯なんて呼んでいるけれど、幅は15メートルから25メートル、道路際のフェンスから内側にあって、ぐるっと敷地を囲んでいる、昔の林の残渣である。
ただ、林と呼ぶほど、この辺りは奥が深くない。
深いのは、西側3分の1。
なんせ、家の西に位置する山、その林の全部がつながっているから。
とはいえ、この東側でも、中に入ると林の雰囲気は充分に味わえる。
特に、外の車の音が途切れたときなどは、本当に、山の中にいるような気がする。
まあ、もともとこの辺一帯、武蔵野の山林だったのだから。
で、昔の林と言ったけれど、本当に昔のままの林が残っているところは山の方と、この辺りでは所々だけ。
あとは、いろいろと手が入ってはいる。
まあ、土木改造したところも、目立たないようにはしてあるようなんだけれど。
その幅の狭い林の中、道路脇のフェンスから4、5メートルほど入ったところに、外の広い道路に沿って、1本の細い道がある。
家の管理に使われている小径である。
おれとしては、とりあえず、その小径を目指すつもりだった。
樹木帯の中とはいっても、この、家の近くあたりは、うちからその小径に抜けるときにもよく通るし、ある程度の管理の手が入っている。
そんなものだから、下草も少なく、踏み固められた道のような筋もあり、進むのは楽。
そんな林の中に入り込み、少し進んだところで…だから、小径にたどり着く前に、急にサッちゃんが、
「こっちの方がいいと思うよ」
と言って、右の方に…南の方に曲がった。
サッちゃんに従ってそっちに進み、家の真横を外れると、すぐに下草が目立つようになってきた。
でも、サッちゃんが歩くところには、草が少ない感じがする。
サッちゃんを先頭にしばらく進むと、いつの間にか、やや窪んだ筋に沿ってサッちゃんが歩いていることに気がついた。
南に向いている家の玄関が面している道は東西になっていて…車1台が、ゆったりと走れる程度の幅だけれど…、玄関を出て右、西へまっすぐに進めば、別邸近くの駐車場から北に延びる道にぶつかる。
うちから駐車場に行くときに使うルートだ。
反対に、玄関を出て左、東に進むと…樹木帯に向かうことになるけれど…、すぐにぐぐっと弧を描いて右に曲がり、真南に向かう。
その道を20メートル近く進むと、今度はゆったりと右に45度近く曲がって、まっすぐに別邸にたどり着く。
家と別邸を結ぶ道だ。
だから、おれがここに来たばかりの頃、まだ、別邸に住んでいたとき、あやかさんに会うのを楽しみに、毎朝、この道を通った。
おれの、大好きな道。
その道と、林の中の細い道の、ちょうど中間辺りが、なんと、窪みになっていた。
雨が降れば、水がそこに集まって、南に…途中からは、やや右に、だから西に少し偏っていくけれど、そっちに流れていくような感じだ。
進むに従って、膝くらいの深さの窪みになって、下も、なんだか、小石が多い感じがしてきた。
これは、もう、乾いた川の底と言えるかもしれない。
「サッちゃん、ここ知っていたんだね…」
と、あやかさん。
「うん、うちの近くで、一番落ち着くところなんだ…。
懐かしいような感じで…」
「そうか、小さい頃は、一人で、山の中で遊んでいた、って言ってたもんね」
「うん、…」
そうか、この辺りが、サッちゃんの、秘密の憩いの場所だったんだな。
生まれてこのかた、友達と呼べるような人はほとんどおらず、ずっと一人遊びをして過ごしてきて、そして、この4月からの中学校。
サッちゃん、何食わぬ顔をして通学していたけれど、毎日毎日、多くのクラスメートと会い、かなり、ストレスが大きかったんだろうな。
そういえば、サッちゃんが中学校に通い出してすぐのときだった。
「土の道が、全然ないんだね…」
と、おれに言ったことがあった。
敷地を出ると、学校までは、全て、タイルやコンクリートの道。
まあ、おれにとっては当たり前のことだったんだけれど、サッちゃんにとっては、大きな驚きだったようだ。
そのときは、「まあ、今は、そういうもんなんだよね」とかなんとか軽く答えていたけれど、そのときの、サッちゃんの心の中にまでは気が回らなかった。
ちょっと、申し訳なかったな、と、思った。
そうなんだよな、サッちゃんが、歩き出してからずっと馴染んでいた土の道は、もう、このうちの敷地の中にしかないんだ。
そういうことと、同じような感覚で、ここは、うちに手近なところでの、サッちゃんの落ち着く場所なんだろう。
さらに進むと、溝は、腰近くまでの深さになってきた。
「完全に、川なんだね」
と、おれが言うと、
「別邸と、作業棟の間を流れている川だよ」
と、サッちゃんが教えてくれた。
でも、そんなところに、川なんてなかったんじゃないのかな?
クエスチョンの付いた顔をしたんだろう。
あやかさんが、楽しそうに、
「川とは言っても、あの辺りでは暗渠になっていて、外の水路に流れ出るようになっているんだよ」
「外の水路?」
おれ、何も知らない感じ。
あまり、外をふらふらしないから。
「外の水路っていうのはね、敷地の南を区切る道路に沿って昔からある水路で…、今は暗渠になってるんだよ。
ただ、それが別邸の南側の付近だけ、露出していて川になっていて、ちょうどそこに、この水が流れ出る口があるんだよ」
「ふ~ん…、おれ…、よくわかんないな…」
「そのうち、家の周りを一回り、サッちゃんに案内してもらいなよ。
いろいろとわかると思うよ。
のどかな旦那さん」
と、あやかさんに言われ、その、『のどかな旦那さん』の一言に文句を言おうとしたら、あやかさんが、急に緊張したのがわかった。
のどかな話は、そこまでとなった。
この付近、溝は地面から腰くらいの深さになっているので、目の高さは低い。
木々や下草の間から見ると、萱津が一人、別邸の前あたりを、ゆったりと歩いていた。
もう少し周囲が見える場所を探して、そこからみると、ほかの二人…男3と男4…は、駐車場から北に向かう道を歩いていた。
その二人、明るい中、堂々と歩いてはいるけれど、かなり緊張しているような感じだ。
まあ、駐車場の方から家に近付くとなると、十数本ある木のほかは周りに遮蔽物などないので、ほかに方法はないんだろうけれど、明らかに囮のような位置付け。
と、言うことは、裏から攻めてくると思われる葛西たちと、何らか示し合わせてあるんだろうけれど…。
でも、そっちは、かをる子さんが、任せろって言ってることだし…、まあ、かをる子さんのこと、人間相手なら、大丈夫なんだろう。
逆に、あの、男3と男4,陽動の攻撃を仕掛けてみたら、裏からは誰も来ないで、二人だけで、さゆりさんと美枝ちゃんにぶつかることになる。
いざとなったら有田さんだって参戦するだろうし…、囮とは言え、完全に優位に立っているつもりでそれじゃ、焦るだろうな。
ただし、本当にそうなるには、おれたちが、きっちりと、萱津をやっつけなくっちゃいけない…。
そう、萱津というか、萱津に入り込んでいる、本当の敵、アイツをだ。
その萱津、家への道に曲がらないで、そのまま東へ。
作業棟に向かう道だ。
と言うことは、この樹林帯に隠れて、うちに向かうつもりなんだろう。
そんなとき、おれ、ゾクッとした。
同時に、あやかさんも、サッちゃんも、サッと伏せるように屈んだ。
アイツの探りだと、すぐにわかった。
さっき、アイツが妖結晶のありかを探ったんだろうと思ったときは、サワッと何かに軽く触られたような感じだったが、今回は、もっと強いゾクッだった。
家を出る少し前、ゆったりとかをる子さんと雑談していたとき、サワッが、アイツが妖結晶を探ったときの感覚だろうと、かをる子さんが認めていた。
そのとき、あやかさんが、
「それで、人間の場所もわかるの?」と聞いたら。
「妖結晶くらいの密度を持つものじゃないと探れないだろうね…。
だから、その、サワッじゃ、探れていなかったろうね…。
ただ、もっと近付いたとき…2、30メートルくらいなのかな…、もっと強くやると…、人間でも探ることはできるかもしれないね…。
精度はそんなに良くないだろうけれどね」
と言うことだった。
で、今、探られた。
距離は25メートルほど。
ゾクッと感じたときに、ヤツが、急に、こっちに向かって飛び出してきた。
すごい殺気だ。
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