4-12  鎧

「萱津たちだけれどね…」

 と、急に、かをる子さんが、あやかさんに言った。

 ただ、のんびりした雰囲気のまま。


「うん?」

 との、あやかさんの反応を待ってから、かをる子さん。


「駐車場の近くまで、出てきたよ。

 ゆっくりだけれどね」


 あやかさん、「えっ」と言う顔をして、さゆりさんと目を合わる。

 のどかな話に小さな区切りがついたとき、いきなりだったから…。

 普通の感覚だと、もう少し前に、緊張した雰囲気で、萱津たち、動き出したよ、とかなんとか、あってもいいように思うんだけれどもね。


 とはいえ、これがかをる子さんのパターンというものなんだろう。

 あやかさん、すぐに、テーブルにコーヒーカップを置き、動き出そうとした。

 でも、かをる子さん、その急な動きを抑えるように。


「こっちに来るまでには、もう少しかかるよ…。

 くねくね道を、周りをかなり警戒しながら進んでいるみたいだからさ、ククク…」

 と、小さく笑いながら言って、さらに、ゆったりと話を続けた。


「とは言え、葛西たちも動き出したし…。

 うん?シマちゃん、葛西たちの動きがつかめていないみたいだな…。

 これは…。

 ねえ、わたし、手助けしてくる。

 じゃ、ちょっと、シマちゃんのところに行ってくるね」


 かをる子さん、そう言いながらソファーから立ち上がったんだけれど、その動きの中、フワッと体中が光ったと思ったら、また、あの、超セクシーな鎧姿になっていた。


 つばを飲み込むような、艶めかしい姿なんだけれど、それが、またすごく自然でもあって、かをる子さんが立ち上がった瞬間に、何か非現実的な世界に、いきなり入り込んでしまったような感じすらした。


「あっ、それでね、葛西たち3人のことは、シマちゃんたちと適当に始末しちゃうから、気にしなくていいよ」


 かをる子さん、ニコッと笑って、あやかさんにそう言うと、軽やかに歩き出した。

 左手に軽く持った日本刀も様になっている。

 動き、一つ一つがなめらかで格好いい。

 そして、そのまま、何気ない足取りで、玄関の方のドアーに向かう。


 ついつい、その後ろ姿を目で追ってしまう。

 と言うか、おれ…だけでなくて、有田さんやデンさんもだけれど…、目が、かをる子さんから離れない。


 鎧を着ているんだから、もちろん要所要所は、金属質のもので…布のような、板のような、細かな鎖のようなと…覆われているんだけれど、すらっとした足など、かなり、露出度が高い。

 まさに、アニメやゲームでの出来事のような感じだけれど、実写版。


 で、かをる子さん、客間のドアーを開け、そのまま、ゆったりと玄関を抜け、外に出て行った。

 玄関を降りるとき、足先が光り、サンダルのような靴が浮き出した。


 あのまま、平然と、シマさんたちがいるところまで、歩いて行く気なんだろう。

 この世のものとは思えないような美しさ。

 追いかけて、ずっとそれを見ていたい気もするんだけれど、まあ、あやかさんもいるし、今は、そうはできない。


 かをる子さんが出て行くのを見送っていたあやかさん…あやかさんですら、目が離せなかったようなんだけれど…、フッと息を吐き、

「かをる子さん、どうあっても、あの姿、シマさんに見せる気だね…。

 やれやれ、シマさん、戦いどころではなくなっちゃうよね」

 と言った。


「確かに…」

 と、おれ、反射的に、つい、つぶやいてしまった。


 するとあやかさん、

「うん?ふ~ん…、わたしも、おそろいの鎧、かをる子さんに作ってもらおうか?」

 と、聞いてきた。


 なんだ、この、秘められた殺気は…。

 これは、ちょっと気をつけなくてはいけない。

 なんか、面白くないものがあるようだ。


 いやいや、『なんか』なんてものじゃない。

 これは、はっきりしている。

 まあ、かをる子さん、誰が見ても、肉感的な超美人で、しかも、あの姿だからな…。


「いや、確かにあやかさんもよく似合うんだろうけれど、でも…、今は、そのままの方が、自然でいいよ。

 それよりも、萱津たち、別邸の方から来るとなると、おれだけでも、裏から回って、外に出ておいたほうがいいよね」

 と、おれ、すぐに話の方向転換を図った。


 駐車場は、別邸の脇。

 そのまままっすぐに北に向かう道と、東に進んで、ぐるっと別邸の前を回ってくる道とがある。


 すると、

「うん? そうか…。

 それ、わたしも行くよ」

 と、あやかさんが言った。


「えっ?」


 あやかさんの気分は、すぐに変わったようだ。

 ただ、おれ一人、脇に回り込んで、横から萱津たちの動きを攪乱しようと、決死の覚悟で言ったのに、あやかさんも、簡単に、一緒に行くことになったのは意外。


「確かに、外に出ておいた方が、戦いやすいよね。

 しかも、あなたが、萱津の体からアイツを引き出したら、すぐに、この『龍の目』で仕留めなくっちゃならないと思うんだよ。

 しかも、最大のチャンスは最初の一度。

 なんとしてでも、一撃で…という感じじゃないとね」


「なるほど…」


「それなら、わたしも、一緒に行く」

 と、横からサッちゃんが言った。


「えっ?」

 と、おれ、さっき、あやかさんが言ったときと同じ反応。


「最初に遭ったときが…ただ一回のチャンスなんでしょう?」

 と、サッちゃん。


 この質問には、あやかさんが答えてくれた。


「一番、可能性があるという意味でね…。

 動き始めると、アイツ、かなり速度があるので、たぶん、なかなか引き寄せることできないんじゃないかと思うのよ。

 じっとしていてくれないだろうからね」

 と、あやかさん。


 確かにそうだ。

 アイツ、サッちゃんの手裏剣を避けるときの動きなんか、かなり素早く、適切だった。

 さっき、おれと見合ったりして、動きが止まったのは、初めに、機関銃引き寄せていたので、かなり警戒していたからなんだろう。


 あのときから今までの時間で、アイツ、踏ん切りがついているはずだ。

 と言うか、たぶん、踏ん切りがついたから、動き出した。

 と言うことは、戦いが始まったら、一気に攻撃してくるんだろう。


 おそらく、あとから来た二人、あの男3と男4を、陽動させて、自分は、隙ができたとき、飛び込んで来て、一気にけりを付ける…、そう動くんじゃないかと、おれは思う。


「しかもね…、頼りになると思っていたかをる子さん、シマさんの方に行っちゃって、いつ来てくれるかわからないし…」

 と、あやかさん、ちょっと不満そうに、一言付け足した。


 そうなんだろう。

 さっきのかをる子さんの言い方だと、葛西たちの背後からの攻撃は、私たちで防ぐから、萱津は、あなたたちで始末しなさいよ、と言われたように考えられる。


 実際には、葛西たちに対しては、かをる子さんが動くんだろうから、これは、桁違いの強さ、葛西たちのことは任せることができる。

 でも、かをる子さん、こっちの戦いに参加する気は、はなからないみたいだ。


 何か、かをる子さん、アイツとは、会いたくないみたいな感じがする。

 かをる子さんとその『敵』というものとの間には、まだ、おれたちにはわからない関係があるのかもしれない…。

 うん?考えすぎかな?


 おれたち3人が、裏に回ろうと動き出したとき、さゆりさん、

「外は、まだ明るいので…、たぶん、拳銃、持ってると思いますので、お嬢様、お気をつけて下さいね」と、あやかさんに言った。


「ええ、ありがとう。

 拳銃は、こっちに向けて使われるかもしれないので、サーちゃんや美枝ちゃんも、充分に気をつけてね」

 と、あやかさん。


 「それじゃぁ」と、あやかさんを先頭に動き出し、客間を出るときに、サッちゃん、すれ違いざまに、無言で、さゆりさんの手にタッチした。

 さゆりさん、口を強く引き締めて頷き、サッちゃんを見送った。


「あやかさんもサッちゃんも、必ず守り抜きますよ」

 と、おれ、さゆりさんに言って部屋を出た。


 そう、おれ、戦闘能力のようなものはないけれど、今回は、なにがなんでも、おれの持っているヒトナミの力を総動員して、二人を守り通す覚悟だ。

 なんだか、今までになく、すっきりした気持ちになってきた。





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