4-11 電気
吉野さんが、おれの左手の平全体に、火傷に効くという薬を塗ってくれ、さらにそのあと、絞った冷たいタオルを柔らかく握らせてくれた。
冷たくて、気持ちがいい。
それから、コーヒーを持ってきてくれた。
今、それを、あやかさんと一緒に、ソファーに並んで腰掛けて啜っているんだけれど、なんだか、こんなときなのに、おれたち、いつもゆったりとコーヒーを飲んでいるような気がする。
「ククク…、アイツ、龍平に引きちぎられて、ビビってたよね。
あわてて一旦退却、ってとこだね。
驚いたんだろうね…、こんなことがあるのかってさ。
鳩が豆鉄砲、食らったような顔していたよね、ククククク…」
と、ゆったりとソファーに沈んでいるかをる子さんが、小さく笑いながら言った。
その姿は、まさに『優美』そのもなんだけれど、どうも、話の内容やその話し方とは不釣り合いな気がする。
そうなんだよな…、かをる子さんは、見かけは超美人で、とても上品な雰囲気を持っているんだけれど、やること全てが、そんな見かけとは全くそぐわない、ある意味…、そう、『下町的』の一言で片付くような感じなんだよな。
着物を着て、江戸の町で、なんとか小町とかいわれながらも、『もたもたしてんじゃないよ。さっさとお行き』って男をあしらって、なんてピッタリだと思う。
そういえば、かをる子さん、その頃は、どうしてたんだろう。
いや、まず、萱津のことだ。
「ねえ、かをる子さん…、あの状況で、萱津のヤツ、あの鞭を引き千切ったのはおれだって、わかったんでしょうかね?」
と、おれ、かをる子さんに聞いてみた。
だって、考えてみると、萱津、おれがものを引き寄せることができるってこと知らないんだろうから、あのときだって、おれがやったなんて、わかるわけがないんじゃないの?とも思うんだけれど…、どうなのかなって。
「龍平は、鞭だなんて言ってるから、感覚がつかめないんだよ。
わたしが前に言っただろう、カメレオンの舌みたいなもんだって。
伸び出したもの、あれは、アイツの体の一部。
しかもアイツの体はエネルギー体だからね…。
鞭もそんな自分の一部で、どっちに飛んで行ったかくらいは、すぐにわかるよ」
「ああ、そういうもんなんですか…」
「そういうもんなんですよ。
だから、アイツ、すぐに、おまえの方を見ただろう?
こいつ、何かやったな、って感じでね。
ただ、何をやったのかは…、どうなんだろうね…、わかったのかな…」
「おれが、ものを引き寄せることができるのっていうのは、わかったんでしょうかね?」
「ねえ…、そこまでは…、どうなんだろうね…。
機関銃とで、2回だから、気付いても不思議ではないけれど…。
でも、普通ではあり得ないことだからね。
案外、まだ、疑問形で残っているのかもしれないよ。
いったい、なにが起きたんだ!ってね、ククククク…。
とは言え…、アイツのエネルギー、思った以上にやっかいかもしれないねぇ。
アイツのコントロールから離れると、電気の形になりやすい…のかな…?」
「電気、ですか?」
「ああ、バチッときたんだろう」
「ええ、あれ、すごく痛かったんですよ。
あれ、やっぱり、電気だったのか…」
あの、バチっていう一撃を受け、おれ、電気みたいだ、とは思っていた。
「たぶんね…。
だから、あの刀の鞘が、避雷針に似たような感じで衝撃を分散したんだろうね…。
あれが手首にくっ付いていなければ、もっとひどい目に遭ったかもしれないね…。
ククク、本当に、怪我の功名だね」
うん?怪我の功名…。
これは…、どうやら、かをる子さん、あのときのあやかさんとのおれの話を聞いていたような感じだ。
そういえば、おれの方を見たアイツの顔も、わかっていたし…。
「あの辺の監視カメラのネットワーク、みんな破壊されてしまったのも、どうも、アイツ、そんな感じで電気を利用しているのかもしれないね…」
「そういうことなのね…」
と、あやかさんが、納得したように返事をした。
そう、敷地内、特にこの家の周辺のカメラの映像、みんな見ることができなくなっているらしい。
周辺のも、回線によっては、だめになったらしい。
一瞬の出来事だったとか。
だから、今度、いつ襲ってくるのか、カメラで探るわけにはいかなくなっている。
さらに『だから』で、本当は、こんなところでコーヒーを飲んでいる余裕はないようにも思うんだけれど…。
でも、かをる子さんが、「ヤツらが来たら、教えてあげるから」って言うもんで、まあ、それを信じて、ここで、ゆったりとコーヒーを飲みながら、かをる子さんのお話相手をしている、ということなんですよ。
で、ヤツのエネルギー、電気になりやすいと聞いて、ちょっと心配なことが出てきた。
そこで、おれ、かをる子さんに質問。
「アイツのエネルギーが電気になりやすいというと、アイツを引き出すこと、できるんでしょうか?
と言うか、できたとして、デンキウナギに抱きついたみたいになって、ビリビリビリって、逆にやられてしまうってことになるんじゃないでしょうか?」
「ククククク…、ウナギもどきを捕まえた途端に、ビリビリビリかい?
アイツのエネルギーだと、もっとすごいと思うよ。
バシッ、バリバリバリで、真っ黒焦げだね、ククククク…」
「何が、クククククですか…。
引き出して、即、真っ黒焦げじゃ、ちっとも面白くないと思うんですけれどね…。
こんなときに、そんなこと言って、よく、平気で笑っていられますね…」
「ふん、なにを文句言ってんだい。
龍平は、いつも、人の言うこと、よく聞いていないね。
さっき、ちゃんと、前提を言っただろう。
アイツのエネルギーが電気エネルギーになりやすいというのは、アイツのコントロールから離れた場合のことだよ。
丸々引き出せば、全てアイツのコントロール下だから、バチッとくらいは来るかもしれないけれど、黒焦げにはならないよ」
「そんなもんですか…。
でも、その、バチっていうのも、ちょっといやだな…」
「そのくらいは我慢しなさいよ。
バチッのあとに、『龍の目』か『霜降らし』で刺せば、それで終わり、すべて片がつくんだから…」
「すべて、ですか?」
「ああ、今まで…、あやかが子供のときから、今まで、ずっと、妖結晶がらみでいろいろと事件が続いてきたろう。
それがすっきりとなくなるってことだよ」
「そうか…。
そういえば、本当は、萱津自体はもう死んでいるんでしたね…」
「たぶんね。
だから、アイツを引き出してしまえば…、龍平にバチッと来た頃には、萱津の死体が転がっているはずだよ」
「あれれ…、そうなんですよね…、死体が残るんですよねぇ」
「ククク…、謎の殺人事件みたいだよね…。
警察でも、死因がわからず、って言うヤツだね、ククククク…」
やっぱり、ここで、笑うのかな?と思うような感じになったが、さて、本当に、その死体どうするんだろう?
「どう、対処したらいいんでしょうね…」
「イッコーに任せてもいいんだろうけれど、それくらいは、わたしが処分してあげるよ」
と、かをる子さん、有田さんを見て小さく笑いながら軽く言った。
「かをる子さん、処分、できるんですか?」
「ああ、分子まで分解して消してしまう、それだけなんだけれどね…。
死体として残しておくと…、萱津が死んだと言うことになって、あの犯罪組織が、好き勝手にいろんな動きするだろうからね。
まあ、筋書きとしては、ほかの5人を残して萱津だけ逃げちゃって、そのままどこかに隠れてしまったみたいだ、というような感じがいいと思うね。
だから、サチも、手伝って、今度こそ、洩らさないようにしなよ」
と、最後には、グレープフルーツジュースを飲んでいるサッちゃんに言った。
急に話が来たサッちゃん、ちょっと驚いて、
「わたしの刀も…、萱津に効くの?」
と、聞いた。
「それはね…。
その小刀でも、かなり効くよ。
それも、かなりいい刀だしね」
「この刀のこと、ご存じなんですか?」
と、サッちゃん、珍しく敬語を使って聞いた。
「ご存じも何も、そのように加工したのはわたしなんだからね…。
サチのおばあさんが持っていた小刀なんだよ。
おばあさん、やはり力があって…、まあ、その辺の話は、サチがもっと大きくなってから、ゆっくりしてあげるよ」
「大きく、なってから…、ですか?」
「そう、いろんなことが理解できる…30歳を過ぎてからだね…」
「あれっ、ずいぶん、先だな…」
と、サッちゃん、つぶやいた。
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