4-10  もういない

 わずかな静寂。

 どうやら、萱津、本当に、この周辺からいなくなったようだ。


 なんだかんだ言って、おれ、ちょっと、ビビっていたところもあったようで、なんとなく、ほっとした気持ちも出てきた。

 そんなとき、

「フ~ッ、攻めてこないね…。

 で、あなた、大丈夫だった?」

 と、あやかさん、おれに聞いてきた。


 あやかさん、ここに来たときには、目の虹彩は紅く、『神宿る目』だったんだけれど、今見ると、普通の茶色に戻っている。

 そうなって、すぐに、このこと聞いてくれた。

 心配してくれていたんだな、と思って、うれしかった。


 まあ、ヤツの鞭を引き寄せた瞬間、バチッときて、後ろに飛ばされたの、もろに見られちゃったからな…。

 ご心配、おかけいたしました。


「ああ、ちょっと、手のひら、やけどしたみたいだけれど…」

 と、おれ、左手のひらを、あやかさんに見せる。


「かなり、赤くなってるね…。

 痛むの?」


「ちょっヒリヒリする程度かな。

 まあ、なんていうことないよ」


「それなら、いいんだけれど…。

 そういえば、さっき、その鞘から、煙が出ていたよね…」

 と、あやかさん、おれの左手首にぶら下がったままの、妖刀『霜降らし』の鞘を指さして言った。

 ちょっと焦げて色が黒っぽくなった感じ。


「うん、なんだか、おれのこと、守ってくれたのかもしれないな、と思ったんだ…。

 この鞘がなかったのなら、このやけど、もっとひどかったんじゃないかってね」


「そんな感じだよね…。

 でもさ…、フフフ…、そんなところに刀の鞘をぶら下げるなんて、あなた以外の人、考えないかもね…」


「いや、これは、怪我の功名。

 鞘とは言っても、かなり高価な感じなんで、何かのときに…、無理な動きをしたときとかね、どっかに飛んでいかないようにって、ただ、手に絡めておいただけなんだ」


「ふ~ん、それがうまくいったということか。

 さてと、ちょっと、あっち、見てこようか」

 と、あやかさん、サッちゃんがゆっくりと警戒しながらも近付いている無花果いちじくの方をみながら言った。


「ああ、そうしようよ」


 あやかさんとおれ、無花果の陰、サッちゃんの近くまで進む。


 この無花果、数本の木が近くにまとまって生えていて、真ん中の木は結構高いんだけれど、どういうわけか周りの木は低くて枝が周囲に張り出している。

 だから、周りの枝に着く実はすごくとりやすい。


 吉野さんが、秋に実をとって、甘露煮を作るためにここに植えてあるようなことを、前に聞いたことがある。

 去年の秋は、島山さんが実をとって、別荘に送ってくれた。

 若葉のこの季節は、全体がこんもりとした緑の大きな塊になっている。


 このあたりでは、人が隠れることができるほど大きなものは、この無花果の木のほかにはない。

 ただ、十数メートル離れれば、敷地を囲む木々の帯がある。

 部分的には、浅い林のような感じになっている。


 おれが、さっき、紫陽花あじさいの株を背にして、後ろに走ったように、萱津のヤツ、無花果の茂みを利用して、後ろに走ったんだろうか?

 うん?それとも、アイツのことだ、一気に跳んだのかも…。


「ここには、もう、いないよね」

 と、あやかさん、サッちゃんに声をかけた。


「うん、あっちに跳んだのかな…?」

 と、サッちゃん、家の東と道路の間にある樹木帯を指さす。


「あの、木の辺り?」


「うん、あの近くで、さっき、何か、動いたような感じもしたんだけれど…。

 あの辺に行くのだと、こっちからも、リュウにいからも見えないからね」

 と、サッちゃんがそっちを見に行こうと歩き出したとき、あやかさんが声をかけた。


「サッちゃん、今は行かない方がいいよ。

 ああいうヤツだから、何か、仕掛けてあるかもしれないからね」


「あっ、そうか…」


「あとで、有田さんに調べてもらってから、確認してみようよ」


「わかった、そうする」


「さてと、仕切り直しか…。

 こっちも、とりあえず、うちに戻って…、だね」

 と、おれに向かって、あやかさんが言った。


 葛西など、5人が敷地に侵入している。

 萱津は、体勢を立て直し、もう一度襲ってくるに違いない。

 さっきの萱津との戦いで、おれの手の内、ちょっとばれちゃったんだと思う。

 機関銃は破壊できたけれど、やっかいな状況になってきたのかも…。


「さてと、戻ろうか?」

 と、あやかさんが誘った。


「ああ、そうしようか…。

 ねえ、あやかさん、今、出てきたの、爆発音がしたからなの?」


「ああ、そうじゃないよ。

 サッちゃんが、スマホで状況を知らせてくれたんだよ。

 萱津が機関銃を持って無花果の木の陰から出てきたこと、あなたが機関銃、引き寄せたけれど、爆発してしまったとこと、それと、萱津とあなたとの戦いになったので、これから助太刀するってね」


 そういうことだったのか…。

 でも、さっきは、サッちゃんの手裏剣で、本当に助かった感じだ。


 仮に、おれが、萱津に『霜降らし』を投げつけていたとしても、簡単に避けられて、それで終わり。

 そうなると、おれ、引き寄せの体勢にはなれなかったかもしれない。


 あの引き寄せがうまくいって、アイツの鞭を切り取ったので、アイツ、たぶん、かなり慌てたんだと思う。


 アイツ、一度やられたくらいで諦めず、何回も鞭を打って、あのまま攻撃してきたら、ちょっとヤバかったかも、と思う。

 あのバチバチじゃ、続けて何度も引き寄せられないから…。


 うん?それとも、アイツの方も、一度、鞭、引きちぎられると、回復するのに、時間がかかるのかな?


 そんなこと考えながら、家に戻ると、なんと、なんと、かをる子さんが客間にいた。

 それも、例の、超セクシーなキラキラの鎧を着て、ソファーに座っていた。

 超、場違いな雰囲気。


 で、おれ、鎧に、わざわざセクシーという言葉を付けたのは、もちろん、鎧の下に、普段着るような服を着けていないから。

 銀色に遮られた胸の谷間も深く、この人、鎧の下には一体何を着ているんだろう、と、思わせるような姿。


 おれ、客間に入った途端、かをる子さんに目を引きつけられ、でも、チラッと見ただけにして…たぶん、チラッとだけだったと思うんだけれど、…なるべく、知らんぷりをしようとした…もちろん、ドキッともしたんだけれど。


 でも、かをる子さん、おれを見てニタッと笑った。

 おれの本心、完全にばれている。


 ふと気がつくと、あやかさんも、意味ありげな目でおれを見ている。

 ちょっと、馬鹿にしたような、やや斜交はすかいの冷たい目。

 で、有田さんとデンさんはと見ると、二人とも、不自然な方を向いている。


 これじゃあね…、男だと、目のやり場に困るよね…。

 超美人でグラマラスなかをる子さんがこの姿、というのは…、素晴らしいことなんだけれど、あやかさんやサッちゃんがそばにいるんだもんね、やっぱり、まずいよな…。


 と、あやかさんが、

「かをる子さん、もう気が済んだでしょう?

 ここにいるときには、ほかの服装にしなよ」

 と、かをる子さんに強めの口調で言った。


 かをる子さん、ニヤッと笑うと、

「あと、シマちゃんにも見せたいんだけれどね…」


「それは、あとででいいでしょう。

 シマさん、外で、しばらくは、戻ってこないんだから」


「やれやれ、しょうがないな…。

 あやかにも、おそろいの鎧、作ってあげようか?」


「結構です」


「おやおや、ちょっと怖いかな…」

 と言って、かをる子さん、軽く目をつぶると、ホワッと鎧とその周りが光り、瞬く間にドレス姿になった。

 これはこれで、今の状況にはそぐわない雰囲気の服装なんだけれど…。


 かをる子さん、今日は、直接ここに出てきたので、服も、全て、その場で、自分で作っているようだ。


 あやかさん、フ~ッ、と一息つくと、

「あなたに見せたかったんだってさ」

 と、おれに言った。


「えっ?おれに?」


「うん、どんな反応するのか楽しみだってね。

 で、今のあなたの反応で、充分に満足したってことよ」


 あれ?あやかさん、ちょっと怒っているのかも。

 何でだろう…、って、まあ、なんとなくわかる気もするけれど…。


 かをる子さん、やっぱり、ちょっとたちの悪いところがあるような気がする。


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