4-9 バシバシバシッ
ちょっとの間、動きを止めていた萱津、いきなり大きく前に跳びあがった。
そう、助走もなく、その場から跳んだのに、ダバッと5,6メートルもこっちに跳んで来た。
そして、着地するなり腰を落とし、おれに向けて右手を突き出した。
あまりにもヤツが大きく跳んできたので、それにつられて…と言うよりもその迫力に負けて…、つい、おれ、後ろに飛び退いてしまった。
まあ、それで、おれ、2メートルくらいは後ろにさがることができたんだけれど…ヒトナミ緊張しているので…、でも、体勢を崩したので、結果としては失敗だったのかも。
萱津、右手を前に出すなり、鞭を打った。
鞭が、超高速で伸びてきたけれど、着地したばかりのこっちは構えをとる間もない。
鞭の先の方は、ちょっと太くて球状になってるようだ。
だから、正面からは、ちょうど、小さなボールが飛んでくるような感じに見えるんだけれど、それが、超々猛スピードなので、そんなことは瞬時の話。
おれ、後ろに跳ぶのと同時にヒトナミ緊張を高めていたけれど、それでも脇に跳んで避ける余裕なんてなく、左に倒れつつ体をねじって、かろうじて避けながら、妖刀『霜降らし』を体に着けるようにして、鞭の先端に当てようとした。
野球で、デッドボールになりそうな剛速球を、なんとかバントするような感じで当てようと…そんな感覚。
まあ、野球なら、デッドボールもやむを得ない状況なんだけれど、今回は、掠られただけでも、本当にデッドになってしまいそうなので、おれ、必死。
で、うまく当たったんだか、掠ったんだか、空振りだったんだか…。
とにかく、鞭の先が刀に近付いたと思ったとき、真っ白に光った。
視野全体が真っ白になり、爆風などはないけれど、視覚的には爆発した感じ。
光の中で、バシバシバシッと放電したような大きな音がした。
おれ、左に飛ばされたような感覚で…爆風などではなくて、瞬時のまばゆい光と、バシバシバシッという音だけなんだけれど、ただ、そのバシバシバシッってやつ、刀を通して妙な圧力となってきて…、また、横にゴロゴロンと、転がってしまった。
真っ白に光ったあたり、そのあとの空中には、何か、キラキラしたものが漂っていた。
でも、おれがそのキラキラを見たのは一瞬のこと。
転がったところですぐに萱津の方を見る。
ヤツの攻撃が、続けてもう一発来るかもしれないから…。
こういう危険なヤツ相手の戦いで、機関銃奪取を最優先事項にして、最初に取り上げておいて本当によかったと思う。
そうじゃなかったら、今頃蜂の巣になっていただろう。
で、萱津、腰を落として構えたまま、またまた、驚いた顔。
何が起きたんだ、といった感じ。
たぶん、妖刀『霜降らし』のことは、知らないんだろうな。
そういえば、かをる子さん、妖刀『霜降らし』が、ヤツの鞭に対して、こういう働きをするって、知っていたんだろうか?
とにかく、何だかよくわからなかったけれど、特別な効果があったみたいだ。
あの、ピカッ、バシバシバシッで、鞭が消えたように思う。
萱津、今までの驚いた顔よりも、さらにさらにびっくりした感じ。
昨日から、驚くことが多くて、さぞや、頭の中、混乱しているんだろう…。
そういえば、ヤツの本体って、萱津の頭の中にいるんだった…。
でも、どうも、こうやって、萱津の顔や姿を見ていると、かをる子さんに聞きながら作っていたイメージがうまく重ならない…。
なんとしても、なるべく早いうちに、うまくイメージを重ねて、おまえを引き出してやるからな。
そのとき、家の玄関の方から、あやかさんが、用心しながら、家の西側を通る小径に出てきた。
チラリとおれを見て、小さくうなずき、あとは、前に集中。
妖刀『龍の目』は、すでに抜いて左手で逆手に持ち、左腰近くに構えている。
緊張した感じだが、軽やかな動き。
妖刀の鞘は、背負うように背中に付けてある。
その小径、家の西側から、
だから、その道、おれと萱津の間を横切っている。
ということで、おれからはあやかさんが見えるけれど、萱津からは家の陰で見えない。
だから、あやかさんからも、萱津は見えない。
でも、おれの体勢を見て、あやかさん、大体の今の位置関係はわかったような感じ。
おれのこの格好じゃ、おれの正面に敵がいる以外、考えられないだろうから。
あやかさん、すっと、滑るように、家の端近くまで来た。
その気配を感じたんだか、萱津、さっと右手をあやかさんの方に向ける。
「危ない!」
あやかさん、家の陰で様子をうかがっているが、あの程度だと、萱津の鞭、家の壁を突き破ってしまうかもしれない。
おれ、何としても防がなくては、と、とっさに、右手に持つ妖刀『霜降らし』を、萱津に投げつけようとした。
でも、おれが投げるよりも先に、萱津が、大きく体をねじりながら傾いた。
家の横、東側のところに、サッちゃんがいた。
萱津は、サッちゃんが投げた手裏剣を、とっさによけていたのだ。
ものすごい素早さだ。
そして、そのまま、萱津、今度は家の東側にいるサッちゃんに向けて、右手を向けた。
鞭を打ち出す体制。
今度は、サッちゃんが危ない。
でも、このわずかな時間で、この場で、萱津から伸び出る鞭のイメージ、それを引き寄せるイメージを、完全に作ることができた。
サッちゃんに向けた鞭、何が何でも阻止しなくてはならない。
おれ、即座に、鞭を引き寄せるための動きに入っていた。
昼頃から、何度かイメージトレーニングしていたものを、今回の状況に重ねる。
おれ、左手を軽く開く…右手には、『霜降らし』を持っているので…。
自然に、左手で持っていた『霜降らし』の鞘が落ちるけれど、それはかまわない。
そのまま引き寄せの動き。
サッちゃんに向けようと動き始めたアイツの手、その先に、あらかじめロックオン。
あの鞭、あれだけ物質化しているのなら、必ず、引きちぎって、引き寄せられるはずだ。
次のタイミングで鞭を打ち出すと思ったとき…、なんて言ってるけれど、これら、ほぼ一瞬の出来事なので、とにかく、ロックオンしてすぐにイメージだけを頼りに、引き寄せてみた。
即座に、バチッと、左手にものすごい衝撃が来て、おれ、後ろに飛ばされて、そのまま一回転。
左手全体がしびれたような感じなのに、左の掌だけが、ものすごく痛い…。
でも、今、そんなこと言ってられない状態なのはわかる。
で、転がった流れを止めないで、警戒しながらも、そのままの動きですぐに起き上がる。
左手にぶら下がっている『霜降らし』の鞘…この鞘には、刀を背負って持つとき、肩にかけるひもが付いているんだけれど、先ほどちょっと小細工して、そのひもを左手首に巻いておいたので、鞘は左手首にくっ付くようにぶら下がっている…、その鞘から、煙がもやっと立ち上っていた。
その鞘の上、痛い左手を、チラッと見ると、掌が真っ赤になっている。
どうも、やけどをしたような感じだ。
でも、軽いやけどのようで、水ぶくれとかにはならないで済みそうだ。
萱津、何があったのかと、右手の掌を顔に向けて見つめ、左手で包んだ。
アイツも、指先、痛かったのかもしれない。
次に、おれを見て、そのままの体勢で、おれから目を離さずに、ゆっくりと後ろに下がっていった。
完全に茂みの陰に身を隠した。
そこから、萱津、何をする気だ?
おれ、木の陰からの不意の攻撃を警戒した。
木の陰とはいっても、まだ若い葉の重なりの隙間から、チラチラッと、向こうで動くものが見えるときがある。
でも、そのとき、なんとなくだけれど、それが消えた感じがした。
あれ?どうしたんだろう。
しばらく、そのまま緊張を保っていたが、ヤツの次の攻撃がない。
いや、それどころか、木の向こうで、動く気配もない。
なんだか、急に静かになった感じだ。
おれ、背筋を伸ばしてゆっくりと、前に一歩進んだ。
たぶん、どうしたんだろうと怪訝そうな顔もしていたんだろう、そんなおれを見て、あやかさん、警戒を緩めずに、無花果の方を見ながら、家の陰からスッと出てきた。
妖刀『龍の目』を、用心深く構えたまま、あやかさん、おれの隣に来た。
顔を見ると、あやかさんも、ヤツの動きにいぶかった様子。
家の東側からは、警戒しながらサッちゃんも出てきた。
サッちゃん、左手に小刀を構え、右手に、いつでも投げられるように手裏剣を持っている。
なんか、おれよりも、ずっと様になった姿。
でも、萱津からの反応はない。
サッちゃんの動きを見ていると、どうも、萱津が見当たらない感じだ。
おれとあやかさん、示し合わせたようにサッちゃんの方に歩き出す。
しっかりと、緊張を保ったまま…。
サッちゃん、少し、向こう…東の方に回って進み、無花果の陰を覗いたりして、あやかさんとおれに向かって、
「いなくなったみたいだよ」
と、言った。
やっぱり…。
でも、どうやって、あそこから、いなくなることが、できるんだろうか?
おれは、ヤツが無花果の陰から出たのを見ていない。
おれの方角だけでなく、サッちゃんからも、そうなんだと思う。
普通の感覚だと、不可能だと考える。
でも、アイツのことだ。
普通の感覚では、対応できない。
と言うことで、いないのならいないで、それはしょうがないことなんだけれど…。
でも、何がどうなったのか、はっきりしないので、どうもいやな感じだ。
アイツ、いったん、退却したんだろうか?
何しに来たんだよ。
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