4-8  カメレオンの舌

 凶悪な萱津相手に、サッちゃんを一人だけで偵察にやるのって、ちょっと、いや、かなり、心配だと思った。


 それで、

「おれも、一緒に行こうか?」

 と、サッちゃんに聞いてみたら…。


「どうして?」

 と、サッちゃん。


「リュウ兄はここにいて、わたしの情報で、すぐにここの扉を開けて飛び出すのか、ほかに回るのか、いずれにしても、アイツを攻撃する動きに移るんじゃないの?」


「いや、それはそうだけれどさ。

 でも、サッちゃん、一人で大丈夫かなって…」


「今、二人しかいないんだよ。

 二人で様子見していて、どうするのさ?」


「確かに…、ごもっともです」


「リュウ兄…、よけいな心配、しなくてもいいからね」


 ニッと笑って、サッちゃん、そう言うと、ダクトのような空間に飛び込んだ。

 そこは1メートルほどの高さで、サッちゃん、前につんのめるような、腰をかがめた姿勢で入り込んだんだけれど、そのまま滑るように走り出した。


 その、地を這うような走り、なんだか獣のような躍動感があり、まるで、獲物に走り寄るチータを見ている感じがした。


 速いのに音も立てず、あっという間にダクトの中程まで行って、サッちゃん、左…外の方…に消えた。

 あそこは風呂場のあたりだと思うんだけれど、体を入れられる空間があるような感じ。

 と、スマホが鳴った。


 サッちゃんから。

 小さな声で、

「いたよ。

 にいからは、右の…丑寅うしとら…東北の方向だよ。

 今、ちょうど無花果いちじくの木の陰だけれど…、隠れているという感じではないな…。

 大きな…軍隊で使う、機関銃のようなものを持って、ゆっくりと、こっちに歩いてくるよ」


 無花果の木はこの家の東の縁に沿って、ほぼ真北にある。

 家から17,8メートル。

 それにしても、機関銃か…。

 やっかいだな。


 まず、何としても、その機関銃を引き寄せて、奪い取ってしまおう。

 そう、こんなところに、機関銃を持ち込むんじゃね。

 殺意、ありありじゃないか。

 そんなヤツ、もう、間違って、手も一緒に引き寄せちゃったとしても、おれは知らない。


「すぐに外に出て、なんとしても、その機関銃をとるよ」

 と、スマホに向かって、おれ、すごく小さな声で。


「じゃ、注意をそらすね。

 家の東の端で、音を立てるから…。

 音と同時に、ね」

 と言って、サッちゃん、スマホを切る。


 おれ、すぐにスマホをポケットにねじ込んで、外に飛び出す構え。

 サッちゃん上半身をダクトの方に倒してきて、向こうの方に向けて、何かを投げた。


 ダクトの奥で、「カシッ」っと、乾いた音がした。

 おそらく、萱津の注意は、そちらに引かれたはず。

 で、音がしたのとほぼ同時に、おれ、扉を押し開け、外に飛び出す。


 家の東の方を向いていた萱津、おれの動きに気付いたようで、すぐさまこちらを見て、機関銃をおれに向けようとした。

 おれ、心の準備そのままに、萱津が目に入った瞬間に、その機関銃に焦点を当てロックオン。


 ロックオンと同時に、機関銃を引き寄せた。 

 

 おれ、ドアーから大きく跳んで着地。

 だから、今の引き寄せは、空中で。

 で、右手に、しっかりと機関銃を握りしめている。

 ずっしりして、かなりの重さなので、右手が引き戻される感覚。


 驚いたような萱津。

 でも、すでに、右手はおれの方に向いていた。


 うん? 何だあの手は?

 かをる子さんが言っていたよくわからないエネルギー体、それを伸ばそうとしている?

 この辺、とっさの思考と判断…ヒトナミ緊張しているので、超早いはず。


 なんだかよくわからないけれど、危険なんだろう。

 とにかく、よけなくっちゃ。

 おれ、手で握ったばかりの重い機関銃を放して、体の動きを止めないで、そのまま左に跳ぶ。


 萱津から伸びてきたもの…かをる子さん、カメレオンの舌のような感じと言っていたけれど、大きいので『カメレオンの舌』というよりもヒュッと伸び出てくる鞭みたいな印象…、あっという間におれのいたところに届き、おれが手を離し、まだ、空中にあった機関銃に掠る。


 その、軽く掠っただけの一撃で、機関銃がバラバラに砕けて後ろの四方に飛び散った。

 同時に、弾き飛ばされた弾倉付近がババババッと爆発した。

 小さな破片が散乱し、おれの右頬と左肩に軽い傷ができた。


 まあ、痛いんだけれど…特に左肩…、まともに当たらなくってよかった。

 弾倉が後ろの方に弾き飛ばされていたから、よかったんだと思う。

 これ、着地して、そのまま地面を転がりながらの感想。


 で、転がりながら萱津を見ると、そう、驚いた顔をしていた。

 機関銃が自分の手から消えて、おれの方にあった。

 さらに、それが、自分の攻撃にあたり、バラバラになった。


 肝心の攻撃相手のおれはと言うと、ギリギリで避けて、地面をゴロゴロ。

 なにがどうなったのか、不思議だったんだと思う。

 あの攻撃を、おれが避けられたということも、不思議だったのかもしれない。


 そして、すぐに、また、おれに右手を向ける。

 ほぼ同時に、また、カメレオンの舌みたいな、鞭みたいなものが伸び出してきた。

 すごい速さで、おれ、起き上がることもできないまま、もう一回り、ゴロッとして、かろうじて躱した。


 その、カメレオンの舌みたいな、鞭みたいな…いや、もう、鞭と呼ぼう…その鞭が当たったところ…おれの、すぐ脇なんだけれど…、そこの草や土がはじけ飛び、細長い小さな窪みができて、もやっと淡い煙が上がっていた。


 あの鞭、かをる子さんは物質に近いエネルギー体とか言っていたけれど、当たってこれだけの破壊力があるのなら、もう、完全な物質なんじゃないんだろうか?

 それに、あの煙、鞭に、熱か電気があるような感じだ。


 そんなこと考えながらも、おれ、その回転のさなか、左手に持っていた妖刀『霜降らし』を抜いていた。

 おれも、例のヒトナミ緊張しているせいか、動きや判断が、普段よりも早い感じ。


 そんな中で、考えも進む。

 アイツの鞭に物体としての物理性があるのなら、この刀で、はじき返せるはず、…だと思うんだけれど…、そう、多分大丈夫だ。

 でも、あんな早いのに、刀を当てることができるかどうかだ。


 と言うタイミングで、アイツ、次の鞭を打ち出そうと構えた。

 おれ、さらに転がって、紫陽花あじさいの株の陰に入る。


 ちょっと大きな紫陽花なんで、向こうからは、おれの姿は見えないはず。

 おれからも、萱津は見えないんだけれど。

 でも、ゴロゴロついでに、さらに転がって、起きようとした。


 そのとき、おれのすぐ脇に、また、鞭が届いた。

 紫陽花の株の右の方、ごっそりと砕け散って、大きく削げた感じ。

 やはり、何か、焦げたような臭いと、わずかな煙。


 これ、やばいんじゃないの?

 あと2回やられたら、この大きな紫陽花の株、なくなっちゃう。


 アイツの鞭、どのくらい伸びるのかわからないけれど、とにかく、残っている紫陽花の株を陰にして、後ろの方に走ってみる。

 退却だ。


 家の横を走る道から跳びだし、10メートルほど走ったときに、後ろで、紫陽花が砕ける大きな音がした。

 おれ、大きく跳んで、止まる。

 そのとき、体をねじって後ろを向いて…だから、萱津の方を向いて着地。


 どうやったんだか、あと2発でなくなると思っていた紫陽花、今の1発で、ほとんどなくなっていて、細い枝が何本か残っているだけ。

 薄く立ち上る煙の向こうで、萱津がこっちを見ている。


 萱津との距離、今まで、15、6メートルだったものが、今は、おそらく25メートル前後になっている。

 ヤツの鞭、カメレオンの舌のようなら、長さがあるはず。

 さあ、ここまで届くのかな?


 一応、右手の『霜降らし』を前横に構え、鞘も、左手に持ったまま、何かのときには、これでも鞭を避けるのに役立つだろうと、脇に引き付けた。


 仮に、あの鞭が、ここまで伸びるにせよ、これだけの距離があれば、いくらあの鞭の伸びる速度が速くても、ヒトナミ緊張をしている今なら、なんとか見極めることできるんじゃないかと…、まあ、ある意味、おれ、必死の構え。

 でも…、見極めたあとが…、だよな…。


 ところが、萱津、今度は、怪訝そうな顔でじっとおれを見たまま動かない。

 何でだろう?

 何か、腑に落ちないことがあったのだろうか?


 うん?そうかも…。

 ひょっとすると、今の攻撃で、おれを倒したと思ったのかも。

 あれだけの紫陽花の株がほとんど粉々になった破壊力。

 今まで以上に、必殺技だったのかも…。


 そういえば、今の、ここまでの退却、おれとしては決断も早かったし…、それに、走るのも速かったのかもしれないぞ。

 なんせ、ずっと、ヒトナミ緊張続けているから…。


 ククク…、ヤツにとって想定外なのかも…。

 いや、喜んでいる場合じゃないか…。


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