4-3  味に変わりはない

 車は、お父さんの会社に着くと、裏手に回り、中央あたりから、会社ビルの地下にある、さほど大きくはない駐車場に入っていった。

 まだ五時前。


 この駐車場、あやかさんたちは、普段使わないので、おれとしては初めての場所。

 大事な荷物の受け渡しなどに使うことが多いらしい。 


 駐車場の奥に、セキュリティーの高いドアーがあるが、その前で、絹田さんと、その部下の川上さんが待っていた。

 二人には、おれ、半年ぶりに会った感じだ。


 二人を見たとき、おれ、川上さんまで来ていたことに、ちょっと驚いた。

 というのも、昨夜からの仕事…土曜日の夜遅く、急に呼び出され、重要であり、また、大変なので…、絹田さんはともかく、あとは男数人でやっているのかと思ったから。


 まさか、若い、川上さんまで来ているとは思わなかった。

 だってね、妖結晶を調べたとき、新人さんのような感じで、おれにコーヒーを持ってきてくれたり、いろいろ面倒を見てくれていたくらいだからね。


 でも、あとでわかったんだけれど、川上さんって、若いんだけれど、絹田さんに認められ抜擢された、会社では特別な位置付けの人のようでした。


 さらに後で聞いた話だと、絹田さん、仕事を見ていて、この子、近くに置いておきたいな、と思ったとき、『美枝ちゃんのまねをして』すぐに引き上げたんだとか。

 まあ、それを許したお父さんも、力を認めていたからなんだろうけれどもね。


 車を降りると、すぐに、あやかさんが、絹田さんたち二人を、かをる子さんに紹介した。

 この紹介の順番で、おれが考えていた以上に、あやかさんが、かをる子さんを特別な存在と考え、また、絹田さんたちを、身近な存在と考えていることがわかった。


 続いて、あやかさん、絹田さんたちに、かをる子さんを紹介し、さて、なんと説明しようかと、瞬時、間があくと、絹田さんのほうから、

「あっ、お嬢様、かをる子様のことは、先ほど、社長から伺っております」

 と、あやかさんに言って、かをる子さんを見て、軽く会釈してニコッと微笑んだ。


「へえ…、お父さんが?

 そうなの…、かをる子さんのこと…、みんなに話したんだ…」

 と、あやかさんが驚いて言うと…、だって、お父さんって、いろいろ考えたあげくに、どちらかというと、話すのをやめてしまう人だから…、かをる子さん、ニヤッと笑って、


「それはね、さっき、雅則まさのりが、わたしの素性を、みんなに話していいものかどうかと、けっこう悩んでいたからね…。

『ここにいる人間には、何をどう話してもかまわないよ』と伝えておいたんだよ」

 なんと、かをる子さん、お父さんのことは、雅則と呼び捨てだ。


「えっ? どうやって?」

 と、あやかさん、ちょっと驚いて。

 だって、家を出てからずっと一緒だったので、かをる子さんに、電話を掛けるにせよメールを出すにせよ、そんな動きがあったのなら、わらわれが気が付かないはずはない。


「ククク…それはね、天の声と言ったところなのかな?

 ククククク…」

 かをる子さん、なんだかうれしそうに、でも、ちょっとぼかして答えた。


 まあ、なんとなくわかったけれど、具体的には不明なまま。


 おそらく、『雅則…,お前の思った通り…』云々と、お父さんの心の中に声を掛けたんじゃないのかな?

 前に、サッちゃんに、洞窟に来るようにとかなんとか言ったように。

 お父さん、突然のことで、さぞ、驚いただろう。


 で、このことからも、やっぱり、かをる子さん、みんなが考えていること…どの程度の範囲かは不明だけれど、わかるようだ。

 これじゃ、島山さん、大事な気持ちも秘密にしておけないな。


 それに、こんなこと考えているおれの気持ちも完全に見抜かれているのだろう。

 まあ、やっかいといえばやっかいなんだけれど…だってねえ、おれが、あやかさんとのことで、いろいろと妄想していることも、みんなわかっちゃうんだから…、でも、ここまで筒抜けだと、何だか、もう、どうでもいいような気もしてきた。


 絹田さんたちに案内され、駐車場奥のドアーを抜けて…ドアーの正面にはエレベーターが2基あるのだけれど、それは使わずに、エレベーターの右についているドアーを開けて…、金庫室へと向かう。


 途中、2カ所に、やはりセキュリティーがしっかりしたドアーがあり、しかも、『己』の字のような経路で、金庫室の前の作業場に着いた。

 前に、おれが、妖結晶のスケッチをしていた部屋だ。


 そこには、お父さんを含めて、5人の人がいた。


 挨拶が済むと、まず、お父さんが、そこにいた4人をかをる子さんに紹介した。

 椅子にかけると…今日は、前のような作業用の椅子ではなくて、会議用のかなりしっかりした椅子になっていた…、お父さん、すぐに、

「ヤツらが、動き出したんだって?」

 と、あやかさんに聞いた。


「うん、そうみたいなんだ。

 かをる子さんが、感じ取ってくれたので、わかったんだけれどね…」

 と、あやかさん。


「今、東京に向かっているよ」

 と、かをる子さん。


「と、言うことは…、襲ってくるのかな?」

 と、あやかさんにだと思うんだけれど、半分独り言のように、お父さんが言った。


「かをる子さんが、昨日マークした人間…、スーツを着て空港で迎えに出ていた葛西の子分3人と、もう一人、これは萱津に着いていた男だけれど…、その4人がそろって、一緒だからね…。

 たぶん、葛西だけではなくて…。

 まあ、そんなことで、動きが、ちょっと買い物に、とかいう感じじゃないんだよね」


「ヤレヤレ、昨日、日本に帰ってきたばかりなのにね…。

 ずいぶん、動きが早い連中なんだね…」


「ククク…、それは、昨日、妖結晶を味わってみて、そのすごさに気が付いた、という感じなのよね…、ククククク…。

 欲しくて欲しくて、たまらないと言ったところだよね…ククク…」

 と、かをる子さんが、話に入ってきた。


「その、昨日と言うのは?」

 と、お父さんが聞いたので、


「えっ、ええ、実は…、萱津というヤツはね…」

 と、あやかさん、周りにいるみんなにもわかるように、簡単に、かをる子さんの敵についての説明をして、続けて、昨日、空港で、萱津が妖結晶を飲んで、パワーアップした話をした。


「すると、その、萱津というヤツの狙いは、『湖底の貴婦人』などの大きな妖結晶だけでなく、ほかの妖結晶も含めて…、全部なんですか?」

 と、お父さん、かをる子さんに聞いた。


「多分そうだと思うよ。

 小さくったって、味に変わりはないだろうからね…、ククク」

 と、最後に、小さな笑い。

 どういう訳か、いつまで経っても、周りの緊張には影響されず、軽く楽しんでいるようなかをる子さんだった。


 一方、緊張した顔つきのお父さん、

「それじゃ、今まで検討してきたこと、すべてご破算として、あやかには、妖結晶、全部を、持って行ってもらった方がいいのかな…」

 と、言った。


「アイツらの動きが、こんなに早いとは、思わなかったからね…」

 と、ちょっと気の毒そうに、あやかさん。


 だって、もし、全部持って行くのだったら、お父さんたち、昨夜遅くに集まってから今まで検討していたことは、必要のないものだったことになるからね。


「移すための準備もしながらやっていましたし、全体の確認にもなりましたので、無駄な時間ではなかったと思いますが…」

 と、佐伯さん。

 さすが、何事もポジティブに、の佐伯さんだ。


 そうそう、佐伯さん、神戸の支店長さんだったんだけれど、4月から本社の総務部長となって、最近では、お父さんと同じ職場で仕事をしている。


 こっちに移るとき…3月末なんだけれど、わざわざ、おれたちの家にまで、挨拶に来てくれた。

 まあ、お嬢様へのご報告、ということなんだろうけれど。


 で、佐伯さん、そのときに、かをる子さんにも会っている。


 あやかさん、そのときは簡単に紹介、というつもりだったようなんだけれど、どういう風の吹き回しか、かをる子さん、あやかさんに「ちゃんと紹介してよ」と…だから、普通の人間じゃないんだということを、はっきりと説明しなさいと…、言った。


 ということで、かなり詳しく、だから、かなり長い紹介になって、それを元に、会話も結構弾んだ。

 だから、佐伯さんも、かをる子さんについては、知っているどころか、親しみも感じている。


「となると…、荷造りに入った方がいいね」

 と、お父さん、絹田さんに言った。


「では、すぐに取りかかります。

 佐伯部長、確認をお願いします。

 川上さん、一緒にお願いね」

 と、絹田さん、すぐに動き始めた。


 そんなときに、デンさんから美枝ちゃんに電話が入った。

 お弁当、買ってきたけれど、どこに行ったらいいのかと言うこと。


 すぐに、美枝ちゃん、北斗君と浪江君を引き連れ出て行った。

 美枝ちゃん、ここのセキュリティーは、フリーなんだそうだ。

 一つ一つ、ここのことがわかっていくんだけれど、どうも、あやかさんや美枝ちゃんの位置付けが、理解できないおれがいる。


 デンさん、ここにいる人たちの7人分もよけいに買ってきてくれたので、みんなで、簡単な朝食となった。


 この後、おれたちは、妖結晶を持って、我が家へと移動する。

 うちだとな…、街中じゃないので、アイツら、攻撃しやすいと思うんだろうな…。

 そうだよ…、こっちにおいで。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る