4-2 化け物
まだ暗い中、別邸の脇にある大きな駐車場に近付くと、その手前、ポツンと外灯がひとつ灯っていた。
その下で、美枝ちゃんが一人、こちらを向いて立っているのが見えた。
カッターシャツにジャンパーを羽織り、七分パンツで、今日は、スポーティーな感じ。
おはようございますの挨拶のあと、すぐに、一緒になって車に向かって歩きながら、美枝ちゃんから、車の乗り方についての話。
乗り方といっても、誰がどの車に乗るかという簡単なこと。
デンさんは、家から直接、お父さんの会社に行くとのことで…途中で、みんなのお弁当を買ってきてくれるらしいんだけれど…、いつもはデンさんが運転してくれるあやかさんが乗る車は、島山さんが運転してくることなっていた。
そこに、あやかさんのほか、おれとかをる子さんが乗るようにとのことだった。
そして、美枝ちゃんと浪江君は、北斗君が運転する車に乗り、有田さん一家は、別の車で、有田さんが運転、ということだった。
さゆりさんの運転に比べると、有田さんの運転のほうが、遙かにおとなしいらしい。
あやかさんが乗る車に近付くと、島山さんが運転席でこっちを見ていた。
すると、かをる子さん、何かを思いついたような感じで、ニッと不思議な笑いをして、さっさと助手席のドアーのほうに進む。
それで、なんと、
「今日は、わたし、前に乗るね」
と、言って、助手席に乗り込んでいった。
「どういう風の吹き回しなんだろう?」
と、あやかさんとおれ、顔を見合わせてしまった。
久しぶりにキョトンとした感じのあやかさんの目、超可愛い。
だってねぇ、かをる子さんは、いつものようにあやかさんの隣に座り、おれが前に乗るとばかり思っていたもんだからね。
で、これは何かあるな、と、思った。
かをる子さんの正体を知っている島山さん、しかも、最近まで、あまり話す機会がなく過ごしているのもあって、普段から遠慮気味。
そんな相手であるかをる子さんが、いきなり助手席に入ってきて、隣に座ったものだから、島山さん、何だか、すごく緊張した感じになった。
島山さんの超緊張状態に気付いたかをる子さん、まだ外にいるおれの方を向いて、ニタッと笑った。
これは…なんの笑いなのかな…?
やっぱり、何か、いたずら、企んでいるのだろう…。
あやかさんとおれが後ろの座席に座り、シートベルトをすると、島山さん、隣の車に乗る北斗君に手をあげて合図。
車は、ゆっくりと走り出した。
広い道に出て、少し走ったところで…まあ、出発の動きが落ち着いたところ、といった感じの時なんだけれど…、かをる子さん、島山さんに話しかけた。
それも、小さく笑いながら…、しかも、不思議なことに、ちょっと甘い声で…。
「ククク…、ねえ、シマさん…。
わたしが隣に座っちゃったんで…、ねえ…、かなり、緊張しちゃうよね…」
「い、いえ…、それほどでも…」
島山さん、ちょっと、ドギマギした感じで答えた。
「ククク…、無理しなくてもいいのよ。
あなた…、わたしのことが、よく、わからないんでしょう?
フフフ…、ねえ…、シマさん…。
そもそも、わたしがこういう姿になっているのって、不思議よねえ?」
かをる子さん、なんの話をしようとしているんだろう。
何だか、島山さんに軽くからんでいるみたいな感じもしないではない。
「い、いえ…、そんなことは…」
ちょっと困った島山さん、すでに、なんとなく、追い詰められている感じだ。
これは、言葉の中に、かをる子さんと島山さんだけがわかっていて、でも、おれにはわからない、何か、特別な要素が入っているに違いない。
それにしても、かをる子さん、どうして、今、こんなこと話しだすのか…。
「わたしのこと…、得体の知れないものが、人の姿をしている…って思うわけ?
そうよねえ…、シマさんの感覚だと、わたしって化け物みたいなんだよね…」
「い、いえ、まさか…。
そんなこと、思ったことも…」
「思ったことも…なくも…ない…だよね。
ククク…」
何だか、こういう会話になって来るということは、化け物みたいだ、なんてことを、島山さん考えたのを、かをる子さんに見透かされたのかもしれないな…。
「ねえ、シマさん…。
わたし…、化け物ならさ、化け物らしく振る舞ったほうがいいのかな…?
たとえば…、う~ん…、そうそう、ろくろっくびのようにするとかね…。
ほら、首をくるくる回したり、ぐぐっと伸ばして見せてあげようか?
できるんだよ、わたし…」
と、かをる子さん、ろくろっくびなんて、ちょっとダサい感じもしないではないお化けまで出してきて、何だかよくわからない感じで、島山さんをからかい始めた。
でも、島山さん、ろくろっくびが出てくると、
「あっ、いや…。
それは、ちょっと…」
と、さらに緊張が強くなったようだ。
たぶん、冷や汗をかいている、と言った方がいいような感じだ。
ひょっとすると、小さく震えているのかも。
運転までぎこちなくなっている。
で、その危険性に気付いたあやかさん、後ろから、
「かをる子さん、もう、やめなよ。
運転している人をからかうの、よくないよ。
危ないじゃないの」
と、強めに言った。
「あっ、いっ、いや、その…、シマさん、ほら、わたしが隣に乗ったんで、緊張しちゃったようだからね。
そう、ちょっと、その緊張をほぐしてあげようかと思ってさ…」
と、かをる子さん、半分慌てたような感じで、あやかさんに苦しい言い訳を言った。
でも、あれは、島山さんの緊張をほどくためなんかじゃなくて、絶対に、軽くいじめて楽しんでいたに違いない。
それにしても、なんで、急に、ろくろっくびなんかが出てきたんだろうと思った。
そうしたら、かをる子さん、あやかさんに注意されたのを棚に上げ、さらに一言。
「ねえ、シマさん、あなた、ろくろっくびが、すご~く苦手なんだよね…」
と、わざわざ島山さんに確認した。
もう、これは、軽い虐めのような感覚じゃないんだろうか。
「えっ?ええ…、そうですが…、あの…。
あ~あ…、こりゃだめだ。
もう、ごめんなさい。
本当に、どうも、ごめんなさいです」
急に、島山さんが、かをる子さんに謝った。
それからの島山さん
「実は、お嬢様…」
と、あやかさんに、隠していた事実を告白。
それと、そのあと、かをる子さんも混ざってのワヤワヤと盛り上がった会話でわかったことをまとめると。
実は、島山さん、かをる子さんを一目見たときから、もうダメだった。
かをる子さんが、本当に、女神のように見えたんだとか。
そう、かをる子さんの容姿、この上なく美しく、素晴らしいと感じて、まあ、言ってみれば、理想を超えた超理想的な女性の姿なんだそうだ。
とは言え、もともとは龍神さんである存在が、その姿を、特別な力で作って、ここに出現していることを知っている。
しかも、島山さん、龍神さんは…島山さんは、龍神様と言うんだけれど…、やはり、特別な、神のような存在であるという、敬うような強い畏怖の念を持っている。
それで、かをる子さんのこと、きれいだな、と思い、うっとりすると、すぐに、そんな自分を戒め、首を振って、いやいや、あれは人間じゃないんだ、違うんだ…、そう…、ある意味、化け物のようなものなんだ、と、自分を説得して、憧れる気持ちを抑えていたんだそうだ。
いろいろな化け物、特に嫌いなものなどを頭に浮かべては、それと同類なんだと、自分を納得させ、かをる子さんへの憧れの気持ちを抑えるようにしていた。
かをる子さん、そんな島山さんのことがわかっているので…たぶん、例の探りを入れてだと思うんだけれど…、これは面白いことを知ったと、島山さんをからかう機会を探していたらしい。
まあ、憧れを抑えるための、この方向性…化け物に例えるということ…が、ある意味、かをる子さんの気に入らなかったんじゃないのかな?
見逃さなかったというわけだ。
でもな…、かをる子さんのこういうところ、どうも、よくわからないんだよな…。
あんなすごい存在なのに、こういうことについては、抜け目がない。
本当に可愛いんだけれど、でも、ちょっと意地悪な女の子、って感じだ。
それともう一つわかったことは、島山さん、子供の頃から、どういう訳か、首が伸びたり、ぐるぐる回ったりするろくろっくびが、不気味でしょうがなかったんだそうだ。
おれなんか、ろくろっくびは、お化けの中でも、大して気にもとめなかった部類のもので、まあB級に位置しているんだけれど、島山さんにとっては、どうにもならないほど、気味が悪い、お化けの中のお化け、お化けのトップクラスなんだとか。
ということで、島山さんが、ちゃんと謝って、また、かをる子さんの容姿に憧れている話までも素直にして、そこにあやかさんが参入してと、そんなこんなの話で盛り上がってしまい、結果的には、かをる子さんが言い訳したように、島山さんの緊張は完全に解けたようだった。
そんな島山さん、後半は、かをる子さんに対して、ずいぶん親しみを感じられるようになったみたいで、楽しそうに会話していた。
まあ、憧れの女性と、お友達になったというような感じらしい。
そして、面白いことに、かをる子さんのほうでも、まんざらでもない感じだった。
まあ、島山さんが、本心から憧れてくれているの、そして、心の奥では、島山さん、龍神さんを深く敬っていること、かをる子さんならわかるんだろうから、悪い気はしないんだろうな。
これから行くことの目的とはかなりかけ離れた会話の雰囲気で、出発までのおれの緊張までもが、少し解けた気がする。
そう、おれはおれなりに、緊張していたようだ…。
やるべき時には、やらねばならない、と、しっかり、自分に言い聞かせていたからね。
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