第4章  戦いになっちゃった

4-1  怒る

 隣に寝ているあやかさんが、急にゴソゴソッと動き出し、ついでに軽く蹴られたような感触で目が覚めた。

 おれ、一瞬、目が覚めたとはいえ、痛えな~と思いながら、まだ、半分、寝ている状態。


 あやかさん、這い上るようにして枕元を探る。

 そこに置いてあるスマホをとって、

「はい」

 と、返事をした。


 寝起きの割には…、また、それまでの動きの割には、しっかりとしたあやかさんの声。

 その声を聞いて、おれの眠気がス~ッと消えていく。

 そう言えば、スマホが鳴っていたような…。


 外は、まだ、真っ暗なんだろう。


 いつも光が差し込んでくるカーテンの隙間も…ここのカーテンをぴっちりと閉めちゃうと、いつまでも暗くて、いつ朝が来たのがわからないので、あやかさんにOKをもらい、毎晩、おれが、こだわりで、微妙な隙間を作っているんだけれど、そこも…まだ、暗いままだ。


 おれ専用の目覚まし時計を見ると、3時半を少し過ぎたところ。

 もともと、今朝は5時に起きようと思っていたんだけれど、それにしても早い。

 とんでもない時刻に、電話がかかってきたということだ。


 で、おれ、とっさに、お父さんのほうで何かあったのかと思ったけれど、違っていた。

 電話の相手は、かをる子さん。


 念のために言っておくと、かをる子さんも、今ではスマホを持っている。

 もちろん、名義上はあやかさんのものだけれど。

 でも、当然、実質的にはかをる子さんのもので、誰も侵すことはできない。

 最新の機種で、おれのよりもずっと高級な…おそらく、今、世にある中での最高級品。


 そして、なんと、かをる子さん、それを完全に使いこなしている。

 そうなんです。

 どういうわけか、かをる子さん、こういう最新の機械に精通している。

 ついでに言うと、かをる子さん、パソコンも持っている。


 デスクトップのパソコンなんだけれど、市販のものじゃなくて、美枝ちゃんの会社のパソコン好きな人…もちろん、美枝ちゃんの配下の人だけあって、とんでもない能力の持ち主なんだけれど…その人と浪江君との二人による合作。


 浪江君の話だと、市販のものをベースに、いろいろ取り替えたり付け足したりして組み立ててはあるけれど…何をどうしたのかは、おれ、聞いてもわからなかったけれど…、とんでもない演算速度を持っているんだそうだ。


 で、かをる子さん、そんな、とんでもないパソコンも使いこなしている。

 最近では、ここをこうしてとか、ああしてとか、浪江君に注文している。

 で、なぜそれが必要なのか、浪江君ですらわからない時があり、時々、あの浪江君がかをる子さんに教わっている状態なのだ。


 まあ、かをる子さん…もともとは龍神さんなんだけれど…、普段は、普通の女性…いや、ちょっと変わった女性?…のように振る舞ってはいるんだけれど、やはり、それはそれ、とてつもなく能力のある、人間には把握しきれない畏怖すべき存在なんだと、おれ、最近では、そう思っている。


 で、その、かをる子さんから、こんな時間に、あやかさんに連絡。


「わかった。

 すぐに着替えて、下に行くわ。

 …ええ、食堂のほうね。

 詳しくは、そのときに」

 と言って、あやかさん、電話を切った。


 当然、おれもすぐに起きて、着替えを始める。


 あやかさん、パジャマを脱いで下着姿になったところで…こんな時刻でも、充分に色っぽいんだけれど…、なぜか急に動きを止めて、クリッとした目でおれのほうを見て一言。

「どうも、葛西たちが、動き出したみたいなんだよ。

 こんな時間だから、気になるよね」


 そう言って、ニッとした。

 その、ニッがなんの笑いなんだか、おれ、ちょっと理解できなかったんで気になったんだけれど、そんなおれの複雑な気持ちにはお構いなしに、あやかさん、すぐに、横を向いて着替えを続行し始めた。


 あやかさんが『こんな時間』って言ったとおり、確かに、ちょっと買い物へ、と言うには、とんでもなく早すぎる時刻だ。


 それに、こんな早くから動き出すことからすると、葛西たちが…『たち』と、複数の人が一緒だから…目指している行き先って、近距離ではないんだろうな、と、すぐに想像がつく。


 かをる子さん、下の食堂で待っているらしい。

 あやかさん、そこで、かをる子さんから詳しい話を聞くようだ。

 動き出した相手が、まだ水戸近くなので、そのくらいの時間的余裕はありそうだ、ということなんだろう…。


 食堂に降りて、おはようさんの挨拶をすると、かをる子さん、おれに。

「ねえ、龍平、すぐにコーヒーを淹れてちょうだいよ。

 今、ちょと、コーヒーを飲みたい気分でね…。

 あっ、そうだ、サーちゃんにも連絡しておいたから…、イッコウさんも降りてくるかもしれないので、5人分だね」

 と、言われた。


 かをる子さんは、有田夫妻を、あやかさんと同じように、『イッコウさん』、『サーちゃん』と呼ぶ。


 おれ、指でOKサインを出して、すぐに台所に行って、お湯を沸かし出す。


 さほどたたないうちに、かをる子さんが言ったように、さゆりさんと一緒に有田さんまで、さらにサッちゃんまで降りてきたので、おれ、コーヒー5人分と、オレンジジュースを用意した。


 サッちゃん、オレンジジュースを受け取って、「ありがとう」と言いながらも、一瞬、不思議そうな顔をした。


 そして、

「オレンジジュースは…久しぶりだな…」

 と、呟いた。


 別に嫌みっぽくはなかったけれど、なぜ、グレープフルーツジュースではないのかと、不可解に思っているのが明らかな言い方だった。


 冷蔵庫の中、手前の方にオレンジジュースががおいてあり、おれ、よく考えないで…まあ、以前の感覚でというか、なんとなく、サッちゃんはオレンジジュースだという思い込みがあったので…、手を伸ばし、それを注いでしまっただけなのですよ。

 完全な好みでなくて、ごめんなさい。


 コーヒーを飲みながら、かをる子さんが、今の状況を詳しく、みんなに話した。

 かをる子さんが話し終わるとすぐに、あやかさんが、

「危険があるとしたら、お父さんのほうだろうね…」

 と、言った。


「そうですよね。

 妖結晶を狙っての動きかもしれませんからね…」

 と、さゆりさん。


 そのとき、会話を切るように、

「うん?

 この動きは…。

 たぶん、葛西たち、ちょっと前に、自動車道に入ったんだと思うよ」

 と、かをる子さんが言った。


「やっぱり、こっちに来るのかもしれないわね…。

 念のため、今から用心しておかないといけないかな?

 ねえ、わたしたちだけでも、早めに、お父さんの会社に行っておこうか?」

 と、あやかさんが、おれに言った。


 会社には、今、お父さんたちがいる。

 あんな、何をするのかわからないヤツが相手だから、あやかさんは、お父さんのことが急に心配になったんだろう。


 今からすぐに行くこと、当然、おれはOKなんだけれど、でも、おれが、「ああ…」と返事をし始めたとき…そうしよう、を言う前に…、さゆりさんが言った。


「お嬢様が行かれるのでしたら、わたしたちも一緒に行きます。

 それに、美枝ちゃんに連絡しないで行くと、あとで、美枝ちゃん、怒りますよ」


「でも、まだ、この時間だから…。

 急に起こすの、なんだか、かわいそうだな…」


「そんな心配は無用です。

 逆に、今、連絡しておかないと、美枝ちゃんのことですから、本当に、かなり強く、怒ると思いますよ」


「えっ?

 強く…?

 美枝ちゃんが、か…。

 それは、ちょっと怖いな…」


「でしょう?

 わたしが、今、美枝ちゃんに連絡しますから…」

 と、さゆりさん、ニコッと微笑んでスマホを取り、美枝ちゃんに電話。


「15分後…、4時20分に、駐車場集合ということになりました。

 朝ご飯は、美枝ちゃんが、どこかで調達してくれるそうです。

 それと、一応、戦うことも予想して、動きやすい服装、ということにしました。

 我々も、今から上で支度をしてきますね」


 そう言って、さゆりさん、サッちゃんを連れ、まだコーヒーを飲んでいた有田さんを急がせて、2階に向かった。


「じゃ、わたしたちもだね。

 でも、あなたってさ…、動きやすいも何も、いつも変わらず、おんなじ服装だよね。

 ククククク…」

 と、あやかさん、笑いながらおれに言った。


 そのとき、吉野さんが、何事かといった顔で食堂に入ってきたので、あやかさん、簡単に今までの流れを説明し始める。


 すると、かをる子さん、あやかさんの肩をトントンと軽く叩いて、

「それ、わたしが話しておいてあげるから…。

 上に行って、さっさと支度してきなよ」

 と、吉野さんへの状況説明を引き受けてくれた。

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