4-4  お嬢さんらしい

 開店後すぐに、葛西が入ってきた。

 場所は、お父さんの会社の1階にある宝石売り場。


 でも、おれたち、そこにはいない。

 今、いるところは平池にあるうちの中。

 …この『平池』、本当は、うちの敷地に隣接する平池神社にある池の名前なんだけれど、この辺の地名にもなっている…、念のため。


 玄関から入ると、すぐにあるのが、客間と呼んだり応接室と呼んだりする部屋…、そのときによって呼び方が違うので、馴れないおれは、本当に悩む。

 で、とにかく、その部屋の奥のほうにある作業室に、今、おれはいる。

 前に、敵が侵入したときにも作戦室として使った部屋だ。


「来たよ」

 と言う浪江君の声で、あやかさんと美枝ちゃん、それにさゆりさん、さらにサッちゃんが、浪江君の前にあるモニターのところに集まってきた。


 モニターに映し出された男は、間違いなく、昨日、空港で見た葛西だ。


 おれは、さっきから、浪江君の隣で、一緒に同じモニターを見ていた。

 まあ、浪江君の前は、壁一面がいくつものモニターで覆われているんだけれど…カーテンで覆われていたときは、そこに窓があるのかと思っていたんだけれど…、見ていたのは、同じモニター。


 それで、

「あっ、葛西だ」

 と、思って、さて、みんなに、なんて声をかけようかと思ったときには、すでに、浪江君が声を出していたと言うこと。


 美枝ちゃん、モニターで葛西を確認すると、すぐに、『今、入ってきた男が葛西だよ』と店に連絡。

 それを受けて、絹田さんが挨拶に出て、対応する。

 この時点では、葛西も、まあ、一応、お客さんだからね。


「妖結晶は、置いてはいないのかい?」

 と、開口一番、葛西が聞いた。

 このモニターからは、向こうの音声も聞こえてくる。


 葛西は、ショーケースをろくに見ることもせず、絹田さんの挨拶が終わると、すぐにそう聞いた。

 まさに、そこには、妖結晶を置いていないのが、わかっているといった口ぶりだ。

 確認のために来た、と言ったところなんだろうな。


「あ、妖結晶でございますか。

 妖結晶は、ただいま…」

 と、絹田さん、今、妖結晶は、すべて、ほかのところに移してあると、話す。


「全部を…か?」


「はい、ここにあった妖結晶、すべてをです」


「うん? どうしてなんだよ?」

 と、葛西。


「はい、ただいまは…」

 と、絹田さん、ランク分けが微妙なものが、ほかのランクと混ざってしまった可能性があって、確認のため、今、妖結晶を判別できる人間のところで、詳細に検査しているからだと、朝に打ち合わせていた通りの返事をした。


「そんなことで、ここにあった妖結晶、全部、移しちまったのかい?」

 と、葛西。

 まあ、普通の客なら聞かないようなことも、平気で聞いてくる。


 でも、この言い方だと、やっぱり、本来なら展示しない、大きな妖結晶まで、今は、そのビルにないこと、多分、わかっているんだろう。


 と言うことは、それを探ることのできると思われる萱津も近くに来ているのだろうし…、さらに、萱津は、確かに、かをる子さんが推測したとおりに、離れた場所から妖結晶の有る無しを探ることができた、ということなんだろう。


「ええ、次の仙台での展示会…連休が明けたあとに開催いたしますが…そこに持って行く、展示の目玉となる大きな妖結晶を選ぶのも兼ねておりますので…」

 と、絹田さん、普段なら、お客さんに言わないようなことまで言って、とにかく、そこの会社ビルには、妖結晶は一つも置いていないことを、強調する。


 そして、

「特に今回は、新しく入手できました、大きな妖結晶の原石…『時を飛ぶ姫君』という名がつきましたが…、それをメインに展示することになっていまして…、それに、どの大きな妖結晶を添えて展示しようかと言うことで…」

 と、相手の知らないであろう話までして、興味を引きつけた。


 まあ、絹田さんが、わざわざこんなこと言うのって、蛇足かもしれないんだけれど、萱津のはやる気持ちをさらに揺さぶり高めるために、言えたら言っておこうということになったんです。

 で、さすが絹田さん、割と自然にこの話まで持って行った。


「ふ~ん…、『時を飛ぶ…姫君』ね…。

 それ、初めて聞くけれど、でかいのかい?」


「ええ、去年手に入ったものなのですが、大きさでは、うちで、5本の指に入りますし、とにかく、妖結晶としても質がいいもので…、あっ、でも、これは、詳しくは、仙台で初公表することになっています」


「フフフ…、仙台でねぇ…、まあ、できるといいねぇ…。

 ありがとよ」

 と言って、いい情報が手に入ったといった感じで、葛西は店を出て行った。


 葛西が出て行った後、席に戻り賭けに、絹田さん、チラリと、カメラの方を見た。

 上手にできたと、思いますよ。


「無事に、出て行ってくれたね…」

 と、あやかさん、ほっとした表情。

 店の方で、何かあるといけないとずっと思っていたからだ。


 で、続けて、あやかさん、

「さて、ということで、これから、萱津が、どう動くのか…。

 まあ、どこを探すのか、だよね」


「おそらく、萱津たち、まず、最初に思い浮かぶのは、ここ…。

 普通の感覚ですと、ほかには考えられないと思うんですが…」

 と、美枝ちゃん。


 まあ、そうだろうと思う。

 前に、妖結晶を盗ろうとして、侵入してきたくらいだから。


 隣に並ぶモニター二つには、店の外が映っているが、少し歩道を歩いた葛西が、向こうからやってきた車に乗り込んだのが映った。

 そのまま、こっちに来るんだろうか。


 で、迎え撃とうとしているこっちが、今、どのような状態になっているのかというと…、まず、会社から持ってきた妖結晶は、ケースに入ったまま…まあ、そのケースがぴったりと入る鞄に入れられているんだけれど…、だから、持ってきたままの姿で、二つとも、客室に置いてある。


 そこには、有田さんとデンさんが、一応、見張り的な位置付けで詰めている。

 ここは、危険な感じもしないわけではないポジションなんだけれど、さっき様子を見に行ったとき、この二人、ゆったりと、モニターを見ながら、コーヒーを飲んでいた。

 ここのモニターには、浪江君が選んだ、重要な画像が映ることになっている。


 そして、島山さんと北斗君はというと、二人とも外にいる。

 何か、島山さんが仕掛けておきたいものがあるそうで、北斗君を連れて、あちこちで何かやっている。


 で、普段は、不定期に見回ってくれている警備関係の人もいるんだけれど…警備会社の人たちと、有田さん関係の人たちだけれど…、あやかさん、今日は、すべて、断っている。

 下手をすると、命に関わるから、ということで。


 はじめ、こんな時こそ守るの手伝ってもらったらいいのにと思ったんだけれど、有田さんに言わすと『そこが、お嬢さんらしいんだよ』の一言。

 まあ、あやかさんならそうなんだろうな、と、おれも納得した。


 ただ、このままではあまりにも不用心なので、別邸脇の駐車場から外に出る道…敷地の南を切る道路に出る、いつも使っている道だけれど…、そこの門は閉めてある。

 門といっても、道路に出るところへ、塀に沿ってレールが敷いてあり、塀の裏から、ゴロゴロと引っ張ってきて閉める。


 ステンレスで格子状の柵になっているものだ。

 高さは1メートルほどしかないので、飛び越そうと思えば、簡単に入ってこられる。

 でも、車は直接入り込めない。

 とはいえ、うちへ来るには、一番簡単な侵入口かもしれない。


 そして、今、この家には、かをる子さんはいない。

 どこにいるかというと、地下深くのおうちに帰っている。

 砂場からあふれ出ていた地底からのエネルギーも、地下深いところで止めてしまったようだ。


 これは、かをる子さんがビビってしまったということではなくて、萱津を誘い込むための動き。

 萱津が、かをる子さんに恐れをなして、いろいろと考え、手のこんだ侵入を企てる前に、入りやすくしておいたもの…うまく、掛かるかどうかはわからないんだけれど…。


 かをる子さんは、地下深いところにいても、いろいろとつけているマークによって、ある程度のことはわかるらしい。


 それで、お父さんの会社にある宝石売り場で、万一、とんでもないことが起きた場合には、できる限りのことはしてくれるとの約束だった。

 でも、かをる子さんの読み通り…、これは、あやかさんや美枝ちゃんもそう考えたようだが…、店に、萱津は、現れなかった。


 それで、こっちに萱津が来たときには…、妖結晶でおびき出しているつもりなんだから、これが作戦通りと言うことになるんだけれど…、かをる子さん、『妖結晶を守るのは、手伝ってあげるよ』と言うことだった。


 おれが、ちょっと気になったのは、かをる子さんの言い方では、手伝ってくれるのは、妖結晶を守ることだけのような、限定付きの言葉に聞こえたから。


 でも、おれの気持ちとしては、今、そんなことはどうでもいい。

 ヤツが来たら、あやかさんを守るため、どんなことでもしてみせるぞ、という気持ちになってきたから。


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