3-5 中身は
「ねえ、あやか…」
いつもの感じで、かをる子さんが、あやかさんに話しかけた。
まったりとした雰囲気を伴っていて、のどかさをおれ以上に感じる言い方だと、おれは思うんだけれど、そのことについては、誰も言わない。
おれとしては、いつか言い出してやろうとは思っているが、タイミングによっては藪蛇とならなくもないしで、なかなか機会がない。
それで、ここはどこかと言うと、うちの食堂。
さっき、成田から戻ってきて、まず、着替えのため、2階の部屋に上がった。
スラックスをハンガーに掛けながら、
「なんだかんだいって、今日は疲れたよね…」
と、おれが言うと、
「あなたは、初めっから終わりまで、緊張していたからね…」
と、あやかさん、ちょっと笑いながらの返事。
続けて、
「まあ、こういうの、馴れてないから、無理ないかな」
と、慰めてくれてから。
「それにしても、あいつら、ギリギリのところで押さえていたよね。
もうちょいだったんだけれどな…」
なんて、あやかさんの物騒な言葉。
あそこで、どうなることを望んでいたんだろう?
と、こんな話をしながら、ゆっくりと着替えて、ちょっと前に降りてきたところ。
すると、有田さん一家…もちろん、一光さんにさゆりさん、サッちゃん、この3人のことだけれど…も降りてきた。
一光さん、おれたちが着く少し前に戻ってきていた。
そんな気配を感じてなんだろう、かをる子さんも出てきて、とりあえず『報告会』のメンツがそろった。
ということで、夕食までまだ間があるけれど、台所からグラスを持ち出し、かをる子さんを除く4人でビールを飲み始めたわけ。
かをる子さんは、普段、ビールを飲まない。
アルコールが飲めないわけではない。
ただ、喉元を過ぎると分解されてしまい、酔うことがないので、面白さがないんだそうだ。
でも、昔、寄り付いた人が飲むのは、それはそれで楽しかったということで、おれたちが飲むことについては、何も言わない。
一緒に、楽しんでくれる。
そして、かをる子さんの飲み物の好みはサッちゃんに似ている。
で、今は、サッちゃんと同じようにグレープフルーツジュースに嵌まっている。
おれたちがビールを飲むような感じで、つまみを食べながら一緒にジュースを飲む。
ちょっと不思議な感じもしないではない。
朝、吉野さんに伝えておいた時間より1時間以上も早く、おれたちが戻ってきたので、まだ、夕食の準備はできていない。
これは、空港ではなんのゴタゴタも起こさず萱津たちが消え去ったので、おれたちも、「まあ、帰ろうかね…」と、そのあとすぐに帰ってきたためなんだけれど。
今、テーブルに向かって椅子に座っているのはこの5人。
サッちゃんは、台所に入り込んで吉野さんのお手伝い。
夕食前の台所仕事、サッちゃんの大好きな時間。
美枝ちゃんたち3人は、今晩は別。
あとで、成田で手に入れたスマホを解析するんだとかで、その前に、駅近くにある居酒屋さんに食べにいった。
今日は夕食が中心とは言っていたけれど、行くところは居酒屋さん。
美枝ちゃんと北斗君はそこで一杯やるんだろう。
でも、アルコールをを飲まない浪江君は、何を飲むんだろう…。
浪江君、別れ際、今晩のスマホ解析について、楽しそうに、いろいろと話していた。
でも、スマホを引き寄せて盗んだのはおれ。
美枝ちゃんたちは、誰も罪悪感を持っていないことは、話を聞いていても明らか。
まあ、美枝ちゃんの感覚だと、あれは犯罪だという認識すらないのかもしれない。
攻撃者への、正当な防御、という感覚のように思う。
あ~あ…、罪深い犯罪者はおれひとり、と思っているのも、おれひとり、かもな…。
そんな流れで、こっちは、吉野さんの準備ができる前に、ビール飲みを開始した。
かをる子さんが『ねえ、あやか…』と、あやかさんに声をかけたときは、丁度、台所から、サッちゃんがオードブル的なおつまみを運んできてくれたところだった。
「うん? なあに?」
と、これも、いつもの感じで、あやかさん、かをる子さんに答えた。
「空港で会った萱津だけれどね…」
と、かをる子さん、話題を限定しただけで、話し手をあやかさんに譲った。
サッちゃん、興味深そうな目でかをる子さんを見、さゆりさんの横で動きを止めた。
「うん…、そうね…、すごく驚いていたよね…。
しばらく、かをる子さんから、目が離せないようだったわよ。
フフフ…」
と、あやかさん。
「ククク、そうだったよね…。
それで…、まあ、それはそれでいいんだけれどね」
「うん?
なにかあったの?」
「ええ…。
なんと言ったらいいのかな…。
まあ、とにかく、あの時、萱津の波動を感じられなかったんだよね」
「えっ?
それって、どういうこと?」
「うん、だから、どういうことと聞かれれば…、今言った、なんと言ったらいいのか…、と言うことなんだよ…」
あやかさんだけでなく、さゆりさんやサッちゃんまで、何言ってるの?と言うような顔をした。
それで、かをる子さん、続けて、一言足して…。
「そうだね…、萱津からは、人間としての、萱津の波動を感じ取れなかった、ということなんだけれどね…」
「それって、萱津は、人間じゃなくなっているということ?」
「そうなるよね…」
「前に、萱津は、かをる子さんの敵と融合したと言ってたよね…。
だから、その結果として、人間じゃなくなっている…。
そういうことを言ってるの?」
と、あやかさん、さらに詳細に。
「まあ、そう言えばそうなるんだけれど…。
ただね、融合したしばらくあとには、アイツの気配と同時に、萱津の波動も感じられたんだけれど…、今回は、萱津の波動は感じ取れなかった、ということなのよ」
「ああ、そういうこと…。
感じ取れたのは、あの、かをる子さんの敵の気配だけ、ということなのね」
「そうなんだよね…。
アイツの気配だけ…。
どういうことになっているのか…」
会話が止まったようなので、今まで、身を乗り出して聞いていたおれ、あやかさん越しに、かをる子さんに聞いてみた。
「それって、人間だった萱津は…、だから、中身の人間の方は、体の中にはもういない、と言うことなの?」
「うん、そんな感じなんだよね…。
外側は萱津だけれど、中身は丸々アイツ」
おつまみのお皿を置いて、そのままさゆりさんの脇に立って会話を聞いていたサッちゃんが、ブルッと身震いして、さゆりさんに寄り付いた。
さゆりさん、右手で、サッちゃんを優しく抱き寄せた。
「前の萱津は、死んでしまった…。
だから…、萱津は、かをる子さんの敵に、体を乗っ取られた。
そう考えられるわけ?」
と、あやかさん。
「そうなんだよね…。
どうも、そう考えるのが、ピッタリくるような…」
「気味の悪い話ですね」
と、さゆりさん。
有田さんも、大きく頷いて、同意を示す。
「そうなんだよね…。
それで、思い当たったことがあってねぇ」
「なあに?」
と、あやかさん。
「昔、アイツが鳥に入っていたときも…、あの、わたしが攻撃されたときだけれど…、その鳥の波動はなかったような気がするのよ。
鳥は、人と違って小さな波動だから、あまり強くは感じないんだけれどね…。
今になって思うと、そうだったんじゃないかとね」
「なるほどね…。
それじゃ、そいつは、寄り付くっていうんじゃなくて、体を乗っ取る、という感じなのかしら?」
「乗っ取るか…。
なるほど、あやか、そういう方がピッタリかもしれないね…。
人間の萱津は死んで、アイツが萱津になった…」
「ええ…、龍神さんの敵が、私たちの敵、AKになった…。
そう言うことなんでしょうね…」
と言って、あやかさんはビールを口にした。
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