3-4  早く

 つい、今まで、サッちゃんは、おれと北斗君の間にいたはずだった。

「あれ?サッちゃんは?」

 と、おれが隣の北斗君に聞く。


「えっ?」

 と、北斗君。

 おれとの間に、サッちゃんがいないことに気が付いて、驚き、辺りをキョロキョロと見回す。


 その動きで、それまで、北斗君の陰から萱津たちの動きを撮影していた浪江君もおれの方を見て、


「あれっ?

 姉御あねごもいない…」


 おれの少し後ろにいたはずの美枝ちゃんもいなくなっていた。


 そのとき、正面、向こうの方で、三々五々歩く人々の間に、子供の姿が、チラッと見えたような気がした。

 服の色から…今日は珍しく、水色のシャツを着ていた…おそらくサッちゃん。


「おれ、サッちゃんを見てくる。

 北斗君たちは、あやかさんをね」

 と言って、おれ、早足でサッちゃんらしき影の見えた方に急ぐ。


 すぐにあやかさんたちを左から追い抜き、あやかさんたちの前を横切って、だから、萱津たちの後ろを通って、萱津たちの右側に回り込んだ。

 萱津たちが、ちょうど、左側にある車乗り場の方に曲がり始めたところだったので、とっさの判断での動き。


 で、おれ、右側、少し離れた位置を通って萱津たちをも追い抜き、まっすぐに、サッちゃんが見えた先の方へと進んだ。


 サッちゃんを探しながら少し進むと、人陰から、急に右腕をつかまれた。

 いきなりだったので、驚いて、ちょっと声を上げそうになったくらいだ。

 で、そのまま、グッと引き寄せられたので、危うく転びそうになった。


 そこにいたのは、なんと美枝ちゃん。

 こんなにピッタリとくっ付いて、いいのだろうかというくらいの距離。

 こんな時になんだけれど、美枝ちゃんって、左腕でも、けっこう、力が強いので。


「リュウさん、あの男のスマホを引き寄せて」

 美枝ちゃんが空いている右手で指さした。


 その方向を目で追ってみると、さっき、葛西に何か言われ、早足で離れていった男がいた。

 ちょうど、スマホを顔から離したところ。


 今まで、写真を撮っていましたといった感じ。


「早く」

 と、美枝ちゃんがせっつく。


 瞬間的ではあったが、引き寄せたら、それってスマホを盗ることになって、これ、犯罪なんではないのかな…なんて考えていたんだけれど、この一言でその思考は停止。


 男は、何気なく、左手を下ろしながら、スマホを背広のポケットに滑り落とした。

 今までだと、スマホが見えなくなったところで引き寄せるのは不可能。

 万事休す、となってしまったが、昨日の特訓により、スマホが見えなくても、ポケットから引き寄せられる、と、思う。


 で、ヒトナミ緊張をさらに強め、ヤツのポケットに収まったスマホを強くイメージして、思い切って引き寄せてみた。

 右手は腰脇のあたりにおいているが、そこに、スマホのツルッとした感触。


 引き寄せ成功、と思った。

 でも、スマホの感触、ヒュッという感じですぐに消えた。


「えっ?」

 と、思ったら、美枝ちゃん、おれの右手からスマホを引き抜き、電源を切って、自分のポシェットの中へ。


 あっという間の出来事…すごい速度だった。

 おれ、右手の中で、スマホが滑った感覚すらなかった。

 何かのプロみたい…。


 そして、美枝ちゃん、すっと右前の方に歩き出す。

「うん?サッちゃんだ」と、おれ、そのときになって気が付く。

 サッちゃん、おれにはまったく見つけ出せないような、完璧な隠れ方。


 美枝ちゃん、サッちゃんの後ろから肩に手を置いた。

 振り向いたサッちゃんと、美枝ちゃん、何か話して、二人、手をつないで、ニコニコしながらこっちに来た。


 美枝ちゃん、見かけが若いというか幼いというか、それに、とてもかわいらしい顔しているから、なんだか、ちょっと年の離れた姉妹のように見える。

 

 そんなことしている間に、萱津たちは、車の近くまで進んでいた。

 大きなボックスカーが3台止まっていて、スーツを着た男たちが、スーツケースをしまい始めた。


 萱津は、車のドアーの脇に立ち、さっきと同じように緊張した顔つきのまま、かをる子さんを睨んでいた。


 というのは、かをる子さんとあやかさん、さゆりさんもだけれど、十数メートル離れたまま、連中のお見送り。

 かをる子さんとあやかさん、感情のない、冷たい笑いを口元に、じっと見ているだけ。


 これって、かなりの挑発的な態度なんじゃないだろうか。

 空港のような、警備の厚い場所でなければ、完全に戦いが始まっているような感じだ。

 葛西と、もう二人の大柄な男たちも、怒りに満ちた顔をしている。


 全員、3台の車に分乗し、ドアーが閉まるやいなや発進、すぐに遠くに去って行った。

 こっちの見送りも終了。


 で、思うんだけれど、今回の一連の動きの中で、我々と連中との実質的なやりとりって、おれがスマホを引き寄せた、あの、犯罪的な行為だけなんじゃないのかな、と…。

 なんだか、おれ、ちょっと、心が痛む感じだ。


 あのスマホを持っていた男、葛西から、あやかさんやかをる子さんの写真を撮るように言わて動いていたんだろうと、簡単に想像が付く。

 いや、言われた、なんてものじゃなく、至上命令なのだろう。


 空港から出て、すぐに、葛西から、画像を見せろと言われる。

 では、と、スマホをポケットから…、と、ここで異変に気付く。

 ない!

 ちゃんと撮影したはずなのに、そのスマホがない。


 そのあと、どうなるんだろう…。

 あ~あ…、なんだか、あの男、かわいそうだな…。

 葛西たち、あやかさんの態度にかなり怒っていたみたいだから、八つ当たりでもされるんだろうね…。


 そんな『お話』が、一瞬だったけれど、頭をよぎっていると、

「ねえ、リュウ兄…」

 と、下から声がかかってきた。

 もちろんサッちゃん。


「うん?

 なんだい?」


「あのスマホ、リュウ兄が引き寄せてくれなかったら、わたし、壊すしかないのかな、と思っていたんだよ」

 と、手の中で、例の、堅い珪化木の棒…手裏剣の代用品…を、くるくる回しながら、おれに言ってきた。

 これを使って、たたき壊すこと、考えていたんだろうか?


「壊しちゃうの?」


「うん…。

 だって、わたし、リュウ兄みたいに、抜き取ることできないからね…。

 でも、壊したあと、どうやって始末するかが、どうもうまく考えられなくって…」


「確かに、壊したあと、どうすればいいんだろうね…。

 でも、なんで、壊すの?」


「だって、あいつら、写真撮っていたんだよ。

 あやか姉はいいけれど、かをる子姉は写されちゃまずいんじゃないの?」


 これ、どういう判断なんだろう。

 で、聞いてみた。


「どうして?」


「うん?」


「どうして、あやかさんはよくて、かをる子さんはまずいの?」


「何言ってるのよ。

 あやか姉はとっくに向こうに知られている顔だけれど、かをる子姉は、まだ秘密にしておきたいじゃないのさ」


 と、サッちゃんが言ったすぐあとで、

「萱津以外は、あやかさんしか見ていなかったからね。

 あとで、萱津から話が出たとき、どんな人間だったのか、どんな顔をしていたのか、確認したがるだろうからね…」

 と、横から、美枝ちゃんが付け足した。


「それに、あの角度からの撮影だよ。

 お母さんとか、ホク兄やヨシ兄なんかも写っていたかもしれないじゃないの」

 お母さんはさゆりさん、ヨシ兄は浪江好行君のこと。


「そういうことか…。

 なるほどね…。

 やっぱり、なるべく知られないようにする必要、あるんだろうな…」

 と、おれ答えたら、


「リュウ兄、全然、危機感がないんだねぇ」

 とまで、サッちゃんに言われた。


「そうだよね。

 リュウさん、未だにのどかなまんまだよね」

 と、美枝ちゃんからもダメ押しの一言。


 かをる子さん、いつだって、顔を自由に変えられるから、そんなに気にしなくてもいいんじゃないのかなとも思うんだけれど、案外、そういうものでもないのかもしれないな。

 あんなきれいな顔をもう一つなんて、そう簡単につくれないんだろうな。


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