3-3  空港

 成田空港の到着ロビー。


 でも、おれたち、到着出口からは、ちょっと離れた場所にいる。

 というのも、出口のすぐ前には、かをる子さんがマークした例の男、葛西が、3人の男を従えて来ているから。


 さっき、このロビーに着くちょっと前に、かをる子さんがあやかさんに、

「ねえ、あやか…。

 葛西が来ているよ。

 萱津の出迎えかな?」

 と教えてくれたので、こっちが用心して距離を取ったもの。


 遠くから、葛西という男を観察したところ、がっしりした体格で、たぶん、例の翠川一族の人たちと同じようなタイプ…妖結晶を飲むと、いつも以上の力が出るという、特別な体質を持っている人、という意味で…のようだ。


 ここで、同じ一族と言わないのは、どうやら、今では一族から離れてしまった人でも、同じようなタイプの人が、ある程度の数はいるらしいこともわかってきたので、もう、このタイプは翠川一族だ、と言い切ることはできない。

 AKこと萱津も、そんな位置付けの男なんだそうだ。


 さっき、おそらくこれだ、と思う飛行機が着陸したので、ここに降りてきた。

 というのも、それまでは、サッちゃんの要望をうけて、1時間以上、屋上の展望デッキにいたから。


 そこで、サッちゃんを中心に、みんなでワーワー話しながら、ゆっくり飛行機を見ていたわけだ。

 かをる子さんも、このようにみんなで動くの、本当に楽しそうで、みんなと話すときの明るい笑顔は、輝くように美しかった。


 でも、この感想だけは、あやかさんには内緒だ。

 最近、どうも、そういう話題になると、あやかさん、焼き餅を焼くような感じがある。

 おれにそんな気持ちを持つなんて、想像すらしなかったので、なんだかうれしい気もしないではないけれど、でも、やっぱり、怖いことは怖い。


 展望デッキにいる間、あやかさんもかをる子さんも、いや、美枝ちゃんなどほかのみんなも、外見上、ほとんど緊張感なく過ごしていた。

 先のことを考えて、ちょっと緊張していたのは、おれぐらいだったのかも。

 でも、おれのことだから、外見上は、みんなと同じだったのかもしれないけれど…。


 そんな経緯で、展望デッキを降りてここに来てから、すでに、30分以上経っている。

 あやかさんは、昨日の打ち合わせ通り、かをる子さんやさゆりさんと一緒に、おれたちとは離れたところにいる。


 到着口を頂点に、正三角形に近い…正確には、鋭角の二等辺三角形という方がいいのかな…そんな位置取りで、到着口からはかなり離れている。

 おれから見ると、到着口が正面になると、あやかさんたちは、右手の方。


 でも、あやかさん、集団でたむろしている人たちの陰に入り、葛西たちには見つからないように気を遣っているようだ。

 あやかさんやさゆりさん、写真か何かで、葛西に顔を知られているとまずいから。


 葛西は、ブレザーこそ羽織っているが、ラフな格好。

 それに引き換え、葛西に従っている3人の男たちは、いずれも黒っぽいスーツにネクタイの…言ってみれば、サラリーマンの正装。


 スマホで誰かとやりとりした葛西が、急に緊張した感じになって、周りの男たちに、何かを告げた。

 この動き、おそらく、もうすぐ、萱津が出てくるということなんだろうと思う。


 本人に確認こそしていないけれど、葛西たちがここに来た目的、かをる子さんが言ったように、萱津の『出迎え』、それ以外、考えられないもんで…。


 あやかさんが、チラリとこちらを見て、左手を、ちょっと挙げた。

 萱津が出てくる合図。

 かをる子さん、何かを感じてわかるらしい。

 おれたちも出口に注目した。


 で、あいつが萱津だ、と、すぐにわかった。

 その男が到着口から出てきた瞬間、ブワッと、何か、風のような、波動のような、そんなものを感じた。


 今まで、おれが『波動』と呼んでいたような類いのものとはちょっと違った感じなんだけれど、ムッとするような嫌な雰囲気をもつ、ごく軽い衝撃波のようなものだ。

 こんな不快な雰囲気を持っている男なら、かをる子さんが近付くのも嫌だと言うのが、よくわかる。


 でも、人からこういう感じを受けるのって、おれとしては、初めての経験。

 萱津のものなのか、かをる子さんの『敵』のものなのかわからないけれど、今まで敵対してきた人間とは、何かが違う感じだ。

 人間じゃないのかも…。


 すぐに、ヒトナミ緊張を始めることにした。

 今から、そんなに強くはしないけれど、それでも、おれの目の色が、かなり深く変わったと思う。


 出口から出てきた萱津は四角っぽい顔に鋭い目、体はガッシリはしているけれど、他の人に比べて、やや小柄で、たぶん170センチ弱。


 スーツケースも、何も持たないで、ゴルフにでも行くような服装で。

 でも、なんとなく似合わない。

 黒いスーツの方が、怪しい男という感じで、ピッタリなんだけれど。


 萱津に続いて、後ろから、がっちりとした大柄な人間が2人…背は優に180センチを超えているだろう。

 この二人、服装は萱津に似ているが、それぞれが大きなスーツケースを引いている。


 そして、その後ろから、左右に二つのスーツケースを引いて、もう一人がでてきた。

 この男は、普通の体格で、背広姿。

 すぐに、一つは、萱津のスーツケースだろうと想像が付く。


 萱津が出てくると同時に、葛西たちが、挨拶をしながら駆け寄る。


 葛西に従っていた3人の男たち、それぞれがスーツケースを受け取る。

 結局、ラフな服装のガッシリした4人はスーツケースを持たないで、一般的な体格の、背広姿の4人がスーツケースを引くような体制。


 そのような出口前での動きの中で、萱津が、ハッとした顔をして、スラックスのポケットから何かを取り出し、急いで口に入れ、噛み砕いた。

 すると、いきなり、ブワッと、また、あの風のような波動のようなものが吹き付けた。

 萱津の力が、上がったような感じがした。


 で、おれ、勝手に判断した。

 今、萱津が口に入れたのは、妖結晶。

 それでパワーアップしたのだと思う。

 でも、おれの感じているのって、人間のパワーアップではないようにな気もする。


 そして、萱津は、すぐに周囲を見回す。


 そのような、萱津の動きを見て、葛西を含めたガッシリ系の3人、同じように、ポケットから何かを取り出して…チラッと、カプセルのようなものに見えたけれど…口に入れ、やや腰を落とし、周囲を警戒した。

 でも、このときは、萱津から感じた波動のようなものは感じなかった。


 そのとき、かをる子さんとあやかさん、フラッと人陰から出てきて、並んで、ややはすかいに…どういうわけか、映画なんかで、美女がよくやる姿勢で、萱津の正面に立つ。

 距離は十数メートル。

 さゆりさんは、二人の少し後ろに位置する。


 萱津、おそらく、かをる子さんの気配をはっきりと感じ取ったのだろう、驚きの表情に変わって、まっすぐにかをる子さんを見つめた。

 同時に、ヨロッと、押されるように、一歩後ろに下がる。


 で、すぐに、もう一度ポケットから何か…カプセルのような気がする…を取り出し、口に入れ、噛み砕く。

 また、さっきと同じような嫌な感じの波動が来た。


 その波動、明らかに、さっきよりも強くなっている。

 妖結晶って、飲むほどに、強くなるものなのかと、おれ、不思議に思った。


 同時に、あやかさんから、例の波動。

 あやかさん、『神宿る目』になった、ということ。


 萱津につられ、ほかの男たちも、かをる子さんの方を見るが、ガッシリ系の3人は、やはり、驚きの表情。

 まさに、『どうして、ここに?』といったような感じ。

 おそらく、この3人が見ているのは、あやかさんの方だろう。


 あやかさんとかをる子さん、二人そろってニッと笑った。

 示し合わせて、一,二の三でそろえて口元を緩めたような感じ。

 この二人、なんだか、こんなところは、気が合うようだ。


 その『ニッ』で、ガッシリ系の3人は、ムッと来たのだろう、あからさまに不快そうな顔をしたが、萱津の緊張感は、それを遙かに上回っているようだ。


 萱津は眉すら動かさず、緊張した顔つきのまま。

 そして、一息分の時間をおいて、かをる子さんから目を離さず、体を斜めに向けて、ゆっくりと、おれたちから見て左の方に歩き出す。


 萱津を取り巻く男たちは、萱津が非常に強く緊張したままなのに、不思議そうな顔をしながらも、黙ったまま、萱津を取り巻くようにして、ゆっくりと従う。

 その動きに合わせるように、あやかさんたち3人は、萱津たちとの距離を保ったまま、到着出口の方に向かってゆっくりと歩く。


 やがて、萱津は、クルッと背を向けて、それでも、後ろに注意を払っているのが手に取るようにわかる動きで、まっすぐ前に歩き出した。

 緊張のせいか、少し、ぎこちない歩き方に感じる。

 ガッシリ系の男たちは、チラチラと、後ろ…あやかさんの方を見ながら、萱津に従う。


 すると、葛西が、ひとりの男を呼び、何かをささやき、その男の引いていたスーツケースを受け取った。

 手ぶらになった男は、正面の方に早足で動き、人混みの中に消えた。


 葛西が受け取ったスーツケースは、別の背広男が近付いて受け取り、二つのスーツケースを引いて葛西の後ろに従う。


 そんな動きを見ていて、ふと気が付くと、今までおれの左側にいたサッちゃんがいない。


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