3-2 AK
なんと、このおやつのプリン、あやかさんの、おれへのご褒美的な心遣い。
おれが静川さんのプリンが大好きなことを知っているし、そして、今日の実験、実質的にはおれの特訓になるだろうことを予測してのこと。
こういう先読み、あやかさんには到底かなわないんで、ちょっとした悔しさはあるんだけれど、でも、この心遣いは、すごくうれしい。
とくに、このボ~ッとした頭には、この静川さん特製焼きプリンの、香り高い、口溶け柔らかな甘みが、なんとも、快い。
ゆったりと、コーヒーを飲み、あやかさんや美枝ちゃんの話を聞きながら、プリンを2個食べ終わる頃には、おれ、頭が、かなりすっきりしてきた。
そうなんですよ、おれのプリンはなんと2個。
実は、この、プリン2個というのも、今日のおやつのもう一つの感激。
最初のプリン、チビチビと半分くらい食べたとき、静川さん、『リュウさん、今日は、特別に、ね』と、おれに、もう一皿、プリンをくれた。
二皿目のプリンもらって『ウォ~ッ、すごい…』と喜ぶおれをチラッと見て、あからさまに、『いいな~』と言っているようなもの欲しそうな顔をしたのが北斗君と浪江君。
つい、出てしまった、二人の本心。
静川さん、それを見て、ニッと笑って、
「あなたたちの分もあるわよ。
サッちゃんはどうする?」
本当は欲しかったんだろうけれど、あえて知らんぷりをしていたサッちゃん、思いがけず聞かれ、にっこり笑って、うれしそうにもう一つもらった。
こんな感じで、ようやく回復してきたおれの周りで、みんながワイワイやっていた、そんなとき、さゆりさんに連絡が入った。
有田さんから。
萱津の動きについてだけれど、飛行機の変更などはないので、おそらく、萱津の到着日時は変わらないのではないか、との話。
かをる子さんがマークしている男は先に帰ってくるけれど、どうやら、萱津は、その飛行機に変更したわけではなく、その男とは別行動をとったようだ。
そして、飛行機の変更はないということで、このような時間差での帰国は、初めからの、萱津たちの計画だろうと結論した。
ただ、この調査、すごく有益だったんだとか。
かをる子さんがマークした男が乗っていると推定される飛行機を、もう一度詳しく調べるていると、児玉
そう、この児玉明という男については、まだ話していなかったけれど、若い頃から悪事を重ね、翠川一族…エメラルドの粉末を飲むことで力の湧き出す特質を持った人がしばしば生まれる、例の不思議な一族だけれど…、その一族を追放された男だ。
そして、妖結晶を見分ける力を持っているとされる例の男。
児玉明…で、イニシャルはAK。
例の、翠川一族を追放された男。
妖結晶を識別できる男。
だから、このような3点そろった情報が出てきたとき、おれたちは、当然、この児玉明が、あやかさんや妖結晶を狙う組織の大ボス『AK』だと考えた。
確かに、この児玉明という男、いろいろな悪事に関わっていて、去年の秋頃までは、警察だって、その線で探っていた。
まあ、その関係で、こちらが、その情報を知ることになったんだけれど。
しかし、実際のところ、つじつまの合わないことがあったりして、混乱していた。
もともと、児玉明は、深く沈んで陰で全体を支配する、というようなタイプではなく、そうそう表に出て来るわけでもないが、わざわざ隠れて動くというほどでもなく、ちゃんと、警察からもマークされ、種々の事件の捜査対象にはなっていた。
しかし、この男が直接支配する組織などから考えると、うちへ侵入した人間や、今江さんを殺害した人間…これは、前に、水戸近くであやかさんが倒した男であったとすでに判明している…との関連性は、どうも薄い感じで、今ひとつピンとこなかった。
だから、去年の11月の末に、龍神さんから、萱津秋則の名前を聞いて、そこから調べ始めてみると、今までこんがらかっていた糸が、みるみるほどけていって、いろいろな流れが、きれいに解読できるに至ったのだ。
まあ、こういう児玉や萱津など、あやかさんの『敵』に関すること、実は、去年の暮れには大方わかっていたんだけれど…。
だから、そう、もっと早く…、今年の正月頃にでも…ここに書いておけば良かったんですけれどねぇ…。
でもさぁ、せっかく取り戻したあやかさんと一緒にいたくって、それに、二人での初めての年越しから正月と…、今までは寒くて苦手だった冬の間も、今年はけっこう楽しくって、そんなこといちいち書いてる気分にはならなかったんですね。
ごめんなさい。
と、ちゃんと謝っておいて…、それで、話を戻して、その、児玉明がよく使う偽名だけれど、秋田
これも、イニシャルは、氏名は逆になるけれどAKとも言えなくもないので、連中の妙なこだわりを感じるところなんだけれど…。
それで、今、児玉は、この名前のパスポートで、国外に行っていることが突き止められている…こういうのって、罪にならないのかと思うんだけれど…。
その偽名と同じ『秋田義幸』が、かをる子さんがマークしていた人間…葛西
さらに、このタイミング。
だから、この秋田義幸は、おそらく、児玉なのではないかと、有田さん、見たようだ。
このことは、前に、萱津秋則の搭乗について調べたときには、調査対象になっていなかったので、わからなかった。
そのときは、児玉のことは、考えてもみなかった、ということらしい。
今回、葛西のことを確認していて、ふと、気が付いたそうだ。
今日から明日にかけて、日本に戻ってくるやっかいな敵は、萱津秋則だけではないということだ。
何人もの手強い敵が、ほぼ同時に日本に戻ってきて…、どこかに集まるのかもしれないし、バラバラに動くのかもしれないんだけれど、何かをしようとしていることは確かだ。
そうなんだよな…、連中、何をしようとしているんだろう。
そして、こっちとしては、どう対処したらいいんだろうか。
そんなことを考えていたら、
「今からいっても、間に合いそうにないよね…」
と、あやかさん。
空港に児玉や葛西を見に行きたいけれど…、ということで。
「うん、さっき、もうじき、成田に着く感じだったからね…」
と、かをる子さん。
さっき、話し始めたときには、かをる子さん、もうじき成田に着くなんてこと、一言も言わなかった。
あの時、すでに、かをる子さん、そこまで把握していたのかと感心したと同時に、どうして、もうじき成田と言わなかったんだろうと思った。
だってねぇ、『かなり日本に近付いて…』なんて言っていたんだよ、さっきは。
まあ、確かに、その言葉、もうじき成田ということと、『なんの矛盾もないよ』と言われれば、その通りなんだけれど…。
「有田の話ですと、警察関係の人が、急遽、偵察に行ったようですよ」
と、さゆりさん。
報告の付け足し。
それにしても、あやかさん、間に合うのなら、これからすぐにでも行ってみようと考えたのだろうけれど、この、すぐに動こうとするあやかさんの気力はすごい。
おれなんか、もうじき児玉が成田に着くと言われても、ケーキが終わって、さて、次は、少し経ったらビールとなって、飲みながら、これからの対策でも練ろうかな、なんて考えていたくらいだから…妻と夫、ちょっと、差が大きすぎる感じ…。
そんな思考の流れで、今までの予定は変更しないのかな、と、急に気になった。
それで、
「明日は、やっぱり、行くんだよね」
と、おれ、あやかさんに聞いてみた。
「まあ、それは…ね。
萱津は来るようだから,それは変更なしでいいんじゃないの?」
と、あやかさんが答えた。
すると、脇から、サッちゃん、ちょっと非難するような目つきで、
「リュウ
そのときのサッちゃんの語調で、瞬間的に、おれ、昔から、姉貴に言われていたことを思い出した。
「龍平の話し方や聞き方ってさ、どうも、これからやろうとしていることに対して、否定的で、消極的な印象を与えるものなのよねぇ」と、いうもの。
何か、おれが言ったことで、気に障ったことがあったとき、何度か。
で、今のあやかさんへのおれの質問、サッちゃんに、そんな感じでとられたのかと思って、ちょっと慌てた。
おれ、行きたくない、なんて、ちっとも思っていなかったから。
誤解されたんじゃ、困る。
「あっ、いや、そういうわけじゃないよ、ただの確認だよ。
ほら、状況が変わったのでね、確認してみた、ということだよ」
「ふ~ん…、ただの確認か…。
でも、明日の状況は、ちっとも変わっていないんじゃないの?」
と、サッちゃん、緩めてくれない。
「えっ? ああ、それはね、そうなんだけれど…」
萱津に関しての情報は、何の変わりもなく、前のまま、というのはわかってはいるけれど、葛西が一緒じゃないということで…、でも、やっぱり、変わってはいない。
サッちゃんって、こういうとき、すごく、きびしいのかも…。
「まあ、だから…、明日は、予定通りです。
変更なし、で、リュウ兄も、ちゃんと行きます」
と、おれ、全面屈服的に、確認するように答えた。
あやかさんとさゆりさん、愉快そうに笑っていた。
あとで、部屋に戻ってから、あやかさんが教えてくれた。
後半の、状況についての会話、あれ、サッちゃんが、おれをからかって遊んでいたんだそうだ。
おれが、些細なことを、あんまり、必死で弁解していたんで、あやかさんでも、軽くいじめたくなる状況だったんだそうだ。
でもな…、サッちゃんって、まだ、中学一年生なんだけれど…。
あ~あ…、おれって、そんなもんなのかな…。
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