2-9  撃ちます

 デンさんの作業場で、やや奥にある仕切り板。

 ここの区画だけ、特別にドアーが付いていた。


 そのドアーを開けると、その中にあったのは、1辺が2メートルほどの黒い立方体。

 その表面は、小さなつぶつぶ感のある、鈍い黒色なんだけれど、材質は、とよく見ると、どうも、鋼鉄製のような感じ。


 なんだか、とても頑丈そうな感じ。

 その立方体の正面、右半分にもドアーが付いている。


 えっ? ひょっとして…この中?

 …こんな狭いところでやるの?

 一瞬の、おれの動揺。

 二メートルじゃ、どう考えても、銃弾を飛ばすには、狭すぎるもんね。


 と、おれが危惧していると、浪江君が、その立方体のドアーを開ける。

 そのとき、そのドアーが、すごく分厚いことがわかったんだけれど…、でも、そこには床がなかった。

 なんと、そこは地下への入り口。


 下がぽっかりと空いていて、近付くと、手前からすぐに、下に降りる、ちょっと急な階段となっていることがわかった。

 浪江君、ドアー脇のスイッチを入れると、中が明るくなった。


 下に降りると…普通の地下室よりも深いところの感じだったんだけれど…、また、分厚いドアーがあり、開けて明かりをつけると、その先にはかなり広い地下の空間。

 地下室の割には天井が高く、また、奥が深く、その手前…、ここと向こう端の中間あたりに、太くて四角いコンクリートの柱が2本、五メートルほどの間隔で並んでいる。


 柱の向こう側には、棚だとか機械だとかいろいろなものが、整然と、置かれているが、手前は、広い空間。

 ほぼ正方形で、1辺、十数メートル。

 そのやや端に、後ろに大きな箱のようなものを置いて、分厚いマットが立てかけられて…、いや、立てて、箱のようなものにしっかりと固定されている。


 これが、的なんだろうと、すぐにわかる。

 その反対側…7,8メートル離れたところに、頑丈な、三脚のような台に固定された銃身がのぞいているから。


 銃は、グリップのところで切れているんだけれど、上下逆になっていて、上から…グリップが付いていた方から、弾を入れるような細工がされている。

 これを、半日でやってしまうというところが、すごいと思った。


 マットには、銃に向かう面、ちょうど胸の高さのあたりが、掘り返されたようになっていて、穴が空いていた。

 ここに、弾が当たるんだろうな…。

 マットの裏にも、ゴムのようなマットなどが、何層にもなっていた。


 おれ、マットの横、やや前に立って、そう、野球で、マットをキャッチャーとしたときに、右打席に立つような案配で。


 そして、おもむろに、

「ここに立って、弾が飛んでくるの、見てればいいのかな?」

 と、浪江君に聞いてみた。


「えっ? ええ…」

 と、浪江君、やや歯切れの悪い答え。


「もっとここに近い方がいいの?」

 と、おれ、マットの穴を指さして聞いてみた。


 これよりも、弾道に近いと、ちょっと怖い気もするけれど、まあ、もう少しは近づけるのかも…。


「あっ、いえ、逆で…、そこだと、近すぎて怖くないかと思って…」

 と、浪江君。


「銃は、固定されているんだろう?」


「ええ、かなりしっかりと…。

 そのマットに空いている穴、3発分なんです。

 3回撃って確認したんですけれど、全部、ほぼ同じところに当たってはいるんですけれど…」


「じゃあ、とりあえず、ここでやってみるよ」

 と、おれ、立つ位置を決めた。


 たぶん、こういうことのプロから見れば…なんのプロだかわかんないけれど、まあ、精通した人という意味で…ここでも危険性はあるんだよ、と言うんだろうけれど、実験の前提が前提、おれに向けて銃弾は撃たれ、それを見極めるのだから、それを見る場所としては、ここのほかには思いつかない。


 自分の位置を、もう一度確かめ、拳銃の方を向く。

 やや膝を曲げ、まあ、構えているよ、という格好をした。


 すると、

「もう、始めますか?」

 と浪江君、『やや、早すぎるのではないか』というようなニュアンスで聞いてきた。


 で、おれも、

「あっ、いや、もちろん、そっちの準備ができてからでいいよ」と、答えた。


「こっちは、いつでも大丈夫なんですけれど…」


「ああ、それじゃ…、ねえ、始めてもいいよね?」

 と、おれ、あやかさんに聞いてみた。


「ええ…、でも、そこ、近すぎないかしら?」


「ここから見ると、銃身、おれから少しずれているみたいだし…、この程度なら、大丈夫だと思うよ」


「そう? じゃあ、充分、気をつけて、やってね」


「ああ、わかった。

 浪江君、いつでもいいよ。

 ただ、発射する前に、合図はしてね」


 ということで、挨拶や前置きもなく、ただちに実験開始となった。


「では、撃ちます」

 と、浪江君が言うと…これが浪江君の合図だと思うんだけれど、すぐに、銃声が、一発、地下室に響いた。

 そうそう、この地下室、防音になってるんだってさ…念のため。


 で、なんと…、見えるもんなんですねぇ…。

 そう、見えたことは見えたんです。

 見えたんだけれ…、でも、当然、形なんかはわからなかった。


 何か、黒っぽいものが、ヒュッと、おれに向かってきて、顔の右側を通り過ぎた…ように感じた。

 顔の横までは、目が追いつかなかったから、感じただけ…。


 でも、本当に、何かを感じて…。

 そして、そう、じわっと、怖さが滲み出てきた。

 やっぱり、こんなに近くて、ここまで速いと…、怖い。


 これでは、たぶん、避けるなんてことできないし…,そもそも、肝心の引き寄せについても、『さあ、引き寄せよう』なんて思っている間に、通り過ぎてしまう。

 さてさて、どうしたものか…。

 とは、考え出してみたけれど…。


 でも、やる前には、まったく歯が立たないだろうと思っていたんだけれど、不思議なことに、少しでも見えるとわかったら、なんだか、やり方次第では、できそうな気もしてきている。


 まず、あの、黒っぽいの、銃弾に違いないんだから、出てきた瞬間に、銃弾のイメージを持って、引き寄せてしまえばいいんじゃないかと、考えた。

 カチカチカチと、簡単に、大まかな方針が、決定できた。

 そう、すでに、これから、するべきことが決まった、といったところ。

 

 この、ちょっと考える時間、2,3分あったんだけれど、その間、みんな、じっと黙って、そのままの姿勢で待っていてくれた。

 サッちゃんまでも、目を丸くしたまま、おれの方を見て…。


「ねえ、浪江君…。

 もう一回、撃ってくれる?」

 と、おれ、浪江君に頼んだ。


「はい。

 いいですか?

 では、撃ちます」

 バキューン。


 見えた瞬間、引き寄せよう、という思いはあったんだけれど、実際に、それをしようとする前に、弾は的に当たっていた。

 銃声のすぐあとで、右後ろで、バシッという音が、響いた。


 そうなんだよな…、この、バキューンとバシッの間が、ものすごく短い。

 この、メチャ短い間に、おれが引き寄せる動きをしなくっちゃいけない、ってことなんだよな…。


 それで、

「浪江君、もう一度、お願い」


「はい。

 では、撃ちます」

 バキュン。

 バシッ。


 というのを、さらに3回ほどやったけれど、結局、何の動きもできなかった。

 アッという間に、5発の銃弾を使ってしまった。

 で、貧乏性のおれとしては、気になってきて、


「ねえ、弾は、あと、何発くらい残っているの?」

 と、浪江君に聞いたら、


 浪江君、ニッと笑って、

「有田さんが届けてくれましたからね…。

 まだ、100発近くはありますよ」

 だってさ。


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