2-8 中道的
「ただいま~」と、明るく元気なサッちゃんの声。
でも、今日は金曜日で、いま、お昼のちょっと前。
ということで、サッちゃん、学校から早退してきたということになる。
実は、今日、サッちゃんが早退してくること、昨日の夜から決まっていたんだとか。
でも、知っていたのは美枝ちゃんとあやかさんだけ。
二人とも、サッちゃんと約束をしたわけでもないのに、誰にも話さなかった。
サッちゃん、昨夜、まず、美枝ちゃんに相談した。
今日の午後、おれの引き寄せ実験、是非見たいので、どうしたらいいのかってこと。
学校、ちゃんと行っていたら、おれの実験、終わっちゃうからね。
昨日は、夕食が終わったあとも、美枝ちゃん、しばらくの間、残ったビールを飲みながら、あやかさんやさゆりさんと打ち合わせのような雑談…いや、雑談のような打ち合わせ、という方がいいのかな?…をしていた。
あやかさんは、ビールじゃなくてワインだったんだけれど。
その間、サッちゃんは2階に上がって、お勉強。
打ち合わせが済んで、そろそろ、美枝ちゃん、北斗君や浪江君と一緒に別邸に帰りそうだというとき、「みんなが帰るよ」と、おれ、メールでサッちゃんに連絡…サッちゃんに頼まれていたもんで。
すぐに、サッちゃん、降りてきた。
みんなで、ワイワイと話しながら玄関へ。
いつの間にかサンダルを履いていたサッちゃん、さらに見送るようにして、玄関から一緒に外に出て、何気なく美枝ちゃんに近付き、クイッと引っ張って道の脇に。
そこで、二人でこっそりとお話。
美枝ちゃん、話を聞くなり、当然のように、しかも軽い雰囲気で、
「それなら、昼前に早退してきたらいいんじゃないの?
気分が悪いとかなんとか言ってさ」
と、ニコッと微笑んで、簡単にアドバイス。
サッちゃん、そのときは、『なるほど、そうか』と思って、美枝ちゃんとバイバイして家に戻った。
でも、部屋に入って、勉強の続きを始めて、しばらく経ってくると、さすがにサッちゃん、それって、普通でも、許されるものなのかな? と疑問に思い始めた。
美枝ちゃんの感覚、普通の人よりもかなり斬新的…であるからして、言い換えれば、ちょっと外れているのかもしれない、「普通」ではないのかもしれない、と、そこは賢いサッちゃん、まだ中学生なんだけれど、そのようなことにはうっすらと気が付いている。
とはいえ、今回は、お母さんに、確認をとるわけにもいかない感じ…。
だって、真面目なさゆりさんの場合、返事は、たぶん、『ダメです、学校にはちゃんと行きなさい』というような、完全否定型が見え見えだから…。
これじゃ、人に聞く意味がない。
これを打破するために、今、動いているんだから…。
そこで、ちょっと考えて、サッちゃんが最も尊敬し、すべての基準、まさにこの世の中道的な存在と考えているあやかさんに聞いてみることにした。
サッちゃん、部屋を出て、おれたちの部屋の『ピンポン』を押すのではなく、ドアーを『コンコン、コン』とノック。
叩かれた音の調子でサッちゃんだとわかり、「わたしが出るよ」と、あやかさん、うちの区画の玄関に。
で、その場で、二人でコソコソと密談。
今だから明かすその内容。
まず、サッちゃんが今までの状況を説明。
「うん、うん」と聞いていた、あやかさん。
「フフフ…、なるほど、美枝ちゃんらしい答えだね…。
でも、わたしなら、朝から休む方法を考えるけれどね…」
と、まず、もっと過激な道を提示しておいて…。
「とは言っても、そうだよね…、なんと言っても、真面目なサーちゃんが、サッちゃんのお母さんだからね…。
うん、美枝ちゃんの言うようにするのが無難かな?」
サッちゃん、それでいいのか、確認。
「うん、そうだね…、普段とまったく変わらずに学校に行っておいてね、適当な理由をつけて、昼前に帰ってきてしまうのがいいんだろうね…。
サッちゃん、日頃はちゃんと学校に行って、真面目にやってるからね、こういうときにはすんなりとうまくいくはずだよ。
それと、うちでのあと始末は、わたしがなんとかするよ」
と、答えたそうだ。
的確な助言と力強い励まし。
実は、あやかさん、見かけによらず、ちっとも中道的だなんてもんじゃなくて…サッちゃんに、中道的と思わせてしまうところが、あやかさんのすごいところでもあるんだけれど…、どちらかというと、美枝ちゃんの上を行っている。
…まあ、今は、そんなこと、どうでもいいのかな。
おれとしては、ここに暮らして、こういうみんなの動きを見ていると、みんな、本当に自由にものを考え、自分の力を使っているように思える。
これって、上に立つあやかさんが、人を縛るようなことをしないからなんだろう。
あやかさん、だから、みんなに慕われる、という面もあるんだろうな…。
もちろん、本人の持つ魅力が強烈であることもあるんだけれど。
こういう人が、おれの奥さんだというの、なんだか、すごく、不思議な気がする。
ということで、サッちゃんって、周りには、相手の考えや希望を尊重し、素晴らしい?助言をしてくれる人が何人もいる。
そのような,みんなの声援を受けて、自由に、やりたいことをやれて、とても楽しい中学生としての生活が送れているようだ。
それで、今日の昼食についてだけれど、あやかさん、昨夜の食事が終わった段階で、午後の実験の打ち合わせも兼ねてと、美枝ちゃんたちを誘っていた。
来てもらう予定の人は、美枝ちゃんと北斗君、そして浪江君。
そのとき、
「フミさん、大丈夫だよね」
と、わざわざ、吉野さんに確認を取って…。
吉野さん、何を今更、というような顔をして、
「もちろん、大丈夫ですよ」
と、答えていた。
そして、昨夜のサッちゃんとの話を受けて、あやかさん、今朝、吉野さんに、サッちゃんの分の昼食も用意するように頼んでいたんだそうだ。
吉野さん、あやかさんで馴れているので、サッちゃんが早退してくるような動き、ちっとも気にしない。
ということで、今日は、サッちゃんも含め、土曜日と同じような、賑やかで楽しい昼食会となった。
その席で、あやかさん…たぶん、サッちゃんがさゆりさんに怒られないようにという、配慮だと思うんだけれど…、昨夜、サッちゃんから相談を受けて、そのように答えたんだよと、面白おかしく話していた。
それと、もっとすごい、自分の経験談まで追加して。
その話、なにしろ、あの、玲子お母さんを出し抜いた話だったから面白くって…。
まあ、これで煙に巻くと言うことのようだ。
サッちゃん、あやかさんがカバーしてくれて、ほっとしたのもあるんだろう、その話を聞きながら、屈託無く笑っていた。
さゆりさんも、もう、ここまで来てしまっては、笑ってすますしかない感じ。
本質的に真面目なさゆりさんも、サッちゃんの存在を通して、あやかさんや美枝ちゃんに、徐々に、軟化されているようにも見えてしまう。
サッちゃんは、すでに、かなり、あやかさん的になってきているし…。
#
昼食後、作業棟に着くと、入り口に、デンさんと島山さんが待っていた。
家を出るときに、浪江君が連絡していたので…、二人は、作業棟の2階で弁当を食べていたようなんだけれど…、降りてきて、入り口で待っていた。
家を出てここに向かうとき、歩きながら、浪江君から、そのデンさんたちが弁当を食べている話を聞いたあやかさん、
「それなら、二人も、お昼に誘えば良かったよね」
と、美枝ちゃんに言っていた。
二人は、最近、ほかの仕事でかなり忙しそうだったので、あやかさん、昼食に呼ぶのを遠慮したようだった。
「でも、あの二人、神出鬼没、特に最近、どこにいるかわかりませんからね…。
明日の予測は不可能…、今日は、しょうがないですよ」
と、美枝ちゃん、答えていた。
デンさんと島山さん、近頃は、美枝ちゃんでもつかみにくい行動パターンのようだ。
「でも、デンさんたち、リュウさんが銃弾を引き寄せるの、仕事なんか遅れてもかまわないから、是非見たいんだ、と言っていましたよ」
と、浪江君。
ほら、もう、実験の本質を見失っている。
今日の実験は、まず、おれが、もの凄い速度で飛んでくる銃弾を見極めることができるのかどうか、次に、それを引き寄せることができる可能性はあるのかどうか、という、その『どうか』が付くことを調べるのが目的で、決して、引き寄せることを実現するものではないはずなんだけれど…。
まあ、でも、そんなわけで、今朝から、デンさんたちが、浪江君を手伝ってくれたので、短時間のうちに、完璧な準備ができたんだとか。
それで、みんなでデンさんの作業場に入って、さて、どこでやるんだろうと思った。
ところどころ仕切られてはいるけれど、高い天井から下1メートルくらいは開けっぱなしで仕切りがない。
天井は、向こうの端まで見渡せる。
こんなところでやったら、音が外まで聞こえないだろうか、と気になった。
でも、みんな、なんとなくわかっているように、浪江君の後ろに続くというわけでもなく、同じ方向に歩いて行く。
おれは、サッちゃんと一緒に、しっかりと、浪江君の後ろを歩く。
すると、浪江君、ある仕切りの前で止まると、その仕切り板には、ドアーが付いていた。
ドアーって…、なぜ?
こんなところに手洗いがあるわけないよな…、なんて思っていると、浪江君、そのドアーを開ける。
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