2-7 あそこ
その翌日…だから、今日は金曜日。
そして、今、午前11時頃。
おれ、今、あやかさんと食堂にいる。
外は薄曇りだけれど、窓から見える木々の緑がきれいで、なんとも気持ちがいい。
遠くの木には、白い花が咲いている。
遠くなのでよくわからないけれど、仙台だと、あんな感じの花は、大抵、ヤマボウシなんだけれど、でもな…、まだ、ちょっと早い気もするしな…。
ということで、あやかさんに聞いたら、
「ハナミズキだよ」と、教えてくれた。
白花のハナミズキなんだそうだけれど、ヤマボウシに似ているな…。
で、30分くらい前だったのかな…、あやかさん、おれたちの部屋のテーブルで、隣の部屋…というか区画というか…にいるさゆりさんとスマホで話していた。
と、どういう話の流れだったのかはわからないけれど、急に、コーヒーでも飲みながら、となって…、当然、おれも誘われて、3人で、トントントンと下に降りてきた。
すると、すぐに、かをる子さんも、スタスタスタと地下室から上がってきて…、マークが付いているおれたちの動き、かをる子さん、大体わかるようなので…、合流し、今、4人で、まったりとコーヒーを飲んでいるわけ。
「もうじき、
わざわざ『巷で』なんて言うのは、この4人…いや、かをる子さんを除いて3人かな?…、あやかさんの気分次第では、いつでもすぐに動くけれど、すべてが仕事のような遊びのような毎日だから。
今日はお仕事の日ですよ、とか、今日はゆっくり休みの日です、なんていう概念のないような、オン、オフのはっきりしない日々を過ごしているんだから、おれたちにとっては、大型連休だって、まあ、よその人のこと。
交通の混雑などを除けば、実質的にはあまり関係ない。
でも、そういう連休期間を過ごすのは、おれとしては2年目。
もうじき連休だ、と聞いただけで、なんとなく、心が踊り出す。
そうなんだよな…、去年の連休には、もうここに来て…。
あれ?そう言えば…、そうだよ。
おれ、あやかさんと初めて話したの、ちょうど一年前の今日だったんだ。
そうだよ…、あのデパートで、ショーケースから、エメラルドの指輪が、突如おれの手の中に飛び込んできたあの日だよ。
おれが行ったことのない高級な店で、ビールや鰻なんかをごちそうになって…、その結果として、あやかさんの相棒になった、あの日。
そうか…、あの日から1年か…。
これは、これは…、よく、気が付いたと、おれ自身を褒めたいくらいだ。
ということで、すぐに、あやかさんにその話。
でも、あやかさんは、すでにわかってはいたようで、
「うん、まあ、暦の上ではそうなんだけれどね…。
でもさ、わたしは半年、抜けているからね…」
と、冗談半分に、ちょっと、かをる子さんを睨むような仕草をしてから、
「感慨ひとしお、というわけにもいかないんだよね…」
と答えた。
気持ちは複雑なんだよ、ということなんだろう。
すると、かをる子さん、ニッと笑って、
「まあ、いいじゃないの。
半年で戻ってきたんだから…。
初めは、龍平が、あやかと同じ年になるくらいまでは、あそこに留めておいてもいいかな、と思っていたんだから…」
と、とんでもないことを言い出した。
おれがあやかさんと同じ年になるまでって言えば、3年から4年だよ。
「えっ?そんなに長い時間を考えていたの?」
と、あやかさんも、ちょっと驚いた感じで聞き返した。
「いや、まあ、龍平次第というところなんだけれどね…。
龍平にある程度の力が付けば出せるし、あの時と大して変わらなければ、いつまで経っても出せないし、ということでね…」
「そうだったの…」
「ただね、4年経っても龍平が出せないようだったら、そのときには、しょうがない、わたしが、あそこから、出すようにしてみようかとは思っていたんだけれどね…。
クク、まあ、念のため…」
「ふ~ん、まあ、信じておくよ。
うん?で、その、あそこから出すって言う、その『あそこ』って、どこなの?」
「ああ…、あそこのことか…。
う~ん…,なんと言ったらいいのかな…。
一種の、エネルギーの溜まり場なんだとは思うんだけれどね…。
はっきりとはわからないんだけれど、ちょっと、時空に歪みがあるようで…。
で、わたしが知っているのは、あの洞窟の中だけなんだけれどね…。
まあ、そういうような、奇妙なところなのよ、あそこは」
「ふ~ん、それ以上具体的には、説明が難しい、ということなのね。
まあ、いいわ、そんな感じで受け取っておくわ。
わたしにとっては、本当に、まったく時間が経過していなかったのよね…」
「そうらしいよね…。
わたしは、入ったことはないんだけれどね…」
「あっ、そうだ、それで、前から、聞きたいことがあったのよ。
あなたみたいな人が、どうしてサッちゃんを、あんなに長い間、閉じ込めるようなことをしたのかっていうこと。
かわいそうじゃないの。
どうも、あなたが、よくわからなくなってしまう、1つなのよね…」
「ああ、サチの場合はね…。
サチは…そうだね…、あやかの言う『神宿る目』を持っているだろう。
だから、まあ、ある種の力があるということで、もっと小さな時からマークしていたんだけれど…。
それで、たまたま、あの洞窟の近くを通ったので、ちょっと呼んでみたんだよね…。
洞窟の中にね」
「あの時のこと、サッちゃんから、ある程度は聞いたんだけれど…、あの時、かをる子さんがサッちゃんを呼び寄せたの?」
「まあ、そういうことだよね。
はっきりとした言葉でではなかったけれどね」
「そうだったの…」
「そうしたら、力を出したまま…だから『神宿る目』になったままの状態で洞窟に入ってきたので、アッという間にあの付近のエネルギーが反応してしまって…。
まあ、もともと、わたしも、すぐに連絡を取れるようにサチに馴染もうと、その歪んだ時空間の端に引き込む積もりではあったんだけれどね…」
龍神さんでも、手加減を間違えることはあるようで…というか、サッちゃんの『神宿る目』のままだったことが計算違いの大きな原因だったのかもしれないけれど…、引き込んだときに、サッちゃん、歪みのやや深いところにまで入り込んでしまった。
それで、「そこから、引き出すのが大変だったのよ…」
ということで、思ったところまで戻すのになんと十数年かかってしまった。
すると、そのあと、浅間山の噴火の名残などで、洞窟周辺の環境が変わり、また、盗賊が近くに棲むなどして、いろいろと危険があって…サッちゃん、幼いけれど、すごく美人なもので、余計に、ということで…、解放する時機を失ってしまった。
そして、時間が経てば経つほど、単に解放するのではなく、サッちゃんを時代に順応させてくれるしっかりとした後見人を付けなくてはならなくなり、ますます解放するのは難しくなった。
機会としては、アヤさんの時も考えたそうだが、そのときには、アヤさん、まだ、生活の基盤を作っている最中で、余裕がなさそうだったことで、サッちゃんの面倒をみさせることまでするには、躊躇があったそうだ。
さらに、アヤさんの旦那さんの由之助さんが、今ひとつ力不足で…この力、力とは言っても、目の色を変えるような緊張、ヒトナミ緊張のこと。
由之助さん、ヒトナミ緊張を、あまり訓練していなかったという意味なんだそうだ。
それで、アヤさんが『神宿る目』となったときの補佐となる動きが、どうもうまくいかないので、サッちゃんを、引き出すような動きには結びつかなかったんだとか…。
でも、なぜか、この話をする時、かをる子さん、おれを責めるような言い方をした。
由之助さんのことなのにね。
ということで、
「それで、今回、龍平たちに託すのが一番いいのかなと思っていたんだけれどね。
まあ、わたしが動く前に、いいときに、引き出してくれたよ」
とのことだった。
おれ、長いこと、引き寄せることができる距離を、ヒトナミ…17センチ3ミリ…より、少しでも伸ばそうと、一生懸命に努力してきた。
あの、ちっとも進歩していない期間、長くむなしかった努力…、それが実は無駄ではなくて、かをる子さんの話では、あの期間に、おれの基礎力が、飛躍的に伸び、広がっていたんだとか。
話の内容の割には、4人とも、どことなく、まったり、のんびりと、そんな話をしているとき、
「ただいま~」
と、その話題のもとになっていたサッちゃんの、明るい声が玄関から響いてきた。
驚いたことに、サッちゃん、お昼前に…今、11時40分をちょと過ぎたところだけれど…中学校から帰ってきた。
今日は、普段通りの授業があるはずなんだけれど…。
呼び止めて聞くと、今日の午後に予定されている、おれが、飛んできた銃弾を引き寄せられるかどうかという実験…、これ、ひょっとすると、おれの力を確認するための実験ではなくて、おれが引き寄せることができるまで続く特訓となるのかもしれないんだけれど…、これを、是非見たいと、サッちゃん、中学校を早退してきたのだということ。
これには、さゆりさん、とてもビックリして、何か言おうとしたようなんだけれど、あやかさんが、すぐに割り込んで、
「ほら、サッちゃん、手を洗ってうがいして、もうすぐお昼だから、さっさと着替えてきなよ」
と、サッちゃんをさゆりさんから切り離し、2階に上げた。
そして、さゆりさんとおれにむかって、ニッと笑い…例の、何か含んでいる笑いなんだけれど…、
「あとでゆっくりと話すから」
と、意味ありげに一言。
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