2-3 見に行こうか?
この話は終わったかな、と思ったとき、
「龍平もね…」
と、かをる子さん、今度はおれに向かって話し出した。
何なんだろう?
「子供の時に見つけて、マークしておいたんだよ」
えっ?
おれは、てっきり、ここに来てから、あやかさんの関係でマークされたんだと思っていた。
どういうことだ?
「ちょうど、龍平の家の脇にある電柱に、おしっこひっかけていて、お母さんに怒られていたときだったねぇ。
ククク…」
あっ、ああ…、あの時か…。
あれ、確か、小学校の4年生の頃…だったよな…。
よりによって、あの時か…。
あの時は、あの生意気な犬…、そこらの電柱にオシッコをひっかけて、臭い付けする隣の犬、そいつの邪魔をして遊んでいたときだよな…。
うん? そういえば、あれも、マーキングと言うんだったな…。
隣の犬が、やるところを見ておいて、一カ所で全部出しきらずに、少し引っかけては、次の場所に移ってまた少し出して…、とやっていて、姉貴に見つかって…、それで、お袋に言いつけられて…、いや、実際に、姉貴、お袋を外にまで引っ張ってきて、犯行現場を押さえられ、がっちりと説教されたんだった。
へ~え…、あんな子供のときから、マークされていたのか…。
マーキングの邪魔をして、マークされた、なんて感じになちゃったんだな。
うん?
でも…、『見つけて』って…。
それって、おれも、龍神さんが、昔から知っている波動だった、ということなんだろうか?
そう思ったとき、かをる子さん、ニヤッとして、
「さてと…、それじゃ、昼までの間、情報集めをしてこようかな」
かをる子さん、今度はコーヒーを飲み干して、立ち上がった。
話は、これで終わりだよ、と言うことなんだろう。
まあ、確かにこれで充分。
ここまで話してくれれば、あとはゆっくりと自分で考えます。
かをる子さんが食堂から出て行くと、すぐに、さゆりさん、あやかさんに聞いた。
「お嬢様は、今の、かをる子さんの話、納得されたんですか?」
「ええ…、まあね…。
何か…、かをる子さんには馴染みがある、というか…。
そうね、昔、どこかであったような気がしていたんだけれどね…。
でもね…、急に前世なんてものが出てくると、ちょっとね…」
「前世なんて、信じない、と言うことですか?」
「ううん、そうじゃなくて…。
わたしは、昔から、ある程度は信じていたのよ。
そうじゃなくっちゃ、理屈に合わないことも多く感じていてね…」
「ああ…、そうだったんですか…」
「そうなのよ。
でも…、実際に、それを突きつけられるとね…。
その時は、そうか、なるほど、と思っても、今…、ちょっと時間がたってみると…ね…、いろいろと…、まあ、複雑な感じなのよ…。
あなたは?」
と、話は、おれの方に回ってきた。
「えっ? おれ? 前世?
そうだな…、おれは、そんなに深くは考えたことはないけれど…。
ただ、漠然と、あるんだろうな、とは思っていた…のかな…」
「相変わらず、のどかさを感じるお答えですねぇ…」
と、あやかさん、クリッとした目でおれを見て言った。
まあ、とてもかわいらしい感じではあるんだけれど…。
でも、嫌みぽい。
「そうかな…、これも、のどかって言うのかな…。
でも、この感覚、たぶん、親が、信じているからなんだと思うよ。
だから、いつの間にか、そう思っていた、というのか…。
うちの親、前世とかそんなこと、普通に、いろんな話に出てきていたし…。
それに、何かというと、『袖触れ合うも他生の縁』なんて言って、いろいろと、人の世話を焼いたりしていたからね…」
「ふ~ん…。
でも、それ、『袖振り合う』じゃなかったっけ?」
と、あやかさん。
想定外、とんでもないところに引っかかってきた。
後で調べたら、『袖触れ合う』も『袖振り合う』も、どっちもあるような感じで、『他生』も『多生』と書くこともあるようで、まあ、どっちにしろ、何度も生まれ変わった中、どこかの人生での縁、と言うことになるようだけれど、このときは、おれ、何にも答えられなかった。
#
次の日…木曜日、夕食の時に重要な報告があった。
萱津秋則は、土曜日の昼過ぎに、成田に着く飛行機で帰国するらしい、ということ。
これ、有田さんからの情報だ。
その情報源の有田さん、僕の目の前に座っているんだけれど、皆に話したのは、その隣、あやかさんの前に座っているさゆりさん。
この話、夕食の時に、みんなでいろいろと話し合おう、ということで、今日の夕食には、美枝ちゃんや北斗君、浪江君も呼んでいて、今、一緒にテーブルに着いている。
サッちゃんの好きな土曜の昼食時みたいな顔触れだけれど、昼とちょっと違うところは、当然のように、ビールが並んでいること。
もっとも、アルコール類を飲まない浪江君とサッちゃん、それに吉野さんは、グレープフルーツジュースだけれど。
で、ビールで乾杯した後、すぐに、さゆりさんが報告した。
現在わかっている、帰国までの経由地だとかいろいろと。
そのあと、有田さんが、ちょっと補足。
それからは、ビールを飲みながら、食事をしながら、と、わいわいガヤガヤとみんなで雑談的にやっていたんだけれど…。
「見に行こうか?」
と、あやかさん、さゆりさんに言った言葉が妙に響いた。
大きな声、と言うわけではないんだけれど、どういうわけか、その声の印象が広がり、みんなが会話を止め、あやかさんの方を見た。
一瞬で、場が、静まった。
「えっ?
見に行くって?」
さゆりさん、ちょっと意味がわかりかねたように。
「うん、だからね、成田に、萱津秋則を見に行こうか、ってことよ。
かをる子さん、萱津の顔、わかっているよね?」
と、隣のかをる子さんに聞いた。
「当たり前でしょう。
いやでも、しょっちゅう見てるんだから…」
「でも、私たち、誰も知らないよね…。
ということで、見ておきたいじゃない。
どんな顔しているのか、気になるからね。
それで、入国した人の出口で待っていれば、確実に、そこを通るんじゃない?」
「まあ、一般の乗客ですから、それは、そうでしょうが…。
でも、危険はないでしょうか?」
「まあ、訳のわからないやつのようだから、ないとは言い切れないんだろうけれど…。
でも、こっちには、かをる子さんも着いていてくれることだし…」
「わたしも、行くの?」
「当たり前でしょう?
萱津の顔知ってるの、かをる子さんだけなんだから」
と、今度は、あやかさんが、かをる子さんに向けて、『当たり前でしょう』と、言った。
かをる子さん、それに気がついたんだろう、ニッと笑った。
「ただね…。
わたしの敵が融合したからね…。
わたしのことにも、すぐに気がつくかもしれないよ。
しかも、融合してしまった今、萱津の力がどうなっているのか、わからないからね…」
「龍神さんの敵って、強いの?」
と、おれ、ちょっと身を乗り出して、おれの隣の隣、あやかさんの向こう隣に座るかをる子さんを見ながら聞いた。
「鳥に寄りついていたときだったけれどね…、一撃でやられたね…」
「あとは?」
「あとは…って、今までやられたのは、3度。
3度とも、鳥に寄りついていたときだったよ。
2度とも同じようにやられたので、3度目は慎重に近づいてみたんだけれどね…。
でも、すぐに気付かれたね…」
あれ?
ということは…。
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