第2章  敵を見に行こう

2-1  マーク

 次の水曜日…、4月も下旬となって、気持ちのいい日が続いている。

 朝ご飯が済んで、サッちゃんが学校に行ってからも、あやかさんとさゆりさん、食堂でコーヒーを飲みながら、珍しく、まったりとしている。


 春うらら…。

 でも、二人のまったり、そんな季節のせい、と言うわけではない。

 二人は、美枝ちゃんが来るのを待っている。


 美枝ちゃん、朝食が終わるのを見計らってくるはずだった。

 …例の展示即売会で、もう少し、人を連れて行くかどうかの件、計画を詰めたいところがあると言うので…。

 でも、なんだか、急に確認したいことができたとかで、ちょっと遅れるらしい。


 ちょうどいい、と言うわけなんだか、連絡受けたあやかさんとさゆりさん、コーヒーをお代わりして、ゆったりと飲んでいる。

 あやかさんがそんな感じでいるからなのか、その隣で、龍神さん…いや、今は、かをる子さんになっているんだけれど…、かをる子さんも、一緒になって、まったりこん。


 そんな穏やかな時間の中で、かをる子さん、コーヒーを口に含んでから、ゆったりとあやかさんを見て、声をかけた。

「そう言えば…、ねえ、あやか…」


「うん? どうしたの?」


「うん…、夕べ、遅くのことなんだけれど…。

 と言うよりも、今朝に近いのかな…。

 どうやら、萱津、向こうのアジトを引き払ったみたいだよ…」


「えっ?」

 と、あやかさんとさゆりさん、急に緊張が走り、背筋を伸ばし、驚いた顔で、かをる子さんを見る。

 二人の、まったりの空気は、瞬時で消し飛んだ。


 でも、かをる子さんは、まだ、まったりムードのまま、ゆったりとお話を続ける。


「こっちではまだ夜中だったんだけれどね…。

 でも、向こうでは昼過ぎてからなんだ…。

 萱津がアジトにしている屋敷から、6台の車が出て行って…」


「そこに、萱津が乗っていたの?」

 と、あやかさん、せっつくように、やや早口で。


「たぶん…。

 そのあと、夕方になると、そこで働いていた人が10数人バラバラと出て行って…。

 残っているのは、数名…かな…。

 かなり広い屋敷なんだけれどね。

 だから、萱津はその車に乗っていたんじゃないかと思うんだけれど…。

 でもね…、どうも確認が取れないのよね…」


「でも、そこまでわかってたんなら、もっと早く言ってくれればいいのに…」

 と、あやかさん。


「う~ん…、そうは言っても、まだ、確認が取れていないからね…。

 飛行場近くの街に着くまでには数時間はかかるだろうから…、うん?もう、着いているのかな?

 どうせ、街で泊まって、飲んだくれ、飛行機は翌日の朝だと思うんだよ。

 だから、こっちでは、今晩だからね…。

 飛行場の近くで確認してから話そうかとも思っていたんだけれどね…」


「うん、まあ、それは、わかるけれど…。

 でも、そういう重大なことは、可能性がうまれた段階で、早めに知りたいよ。

 そう…、そうなの…、いよいよ動き出したのね」


「ああ、ただ、飛行機だって乗り換えなくてはならないから、…少なくとも2度かな…、日本に着くのは、早くて金曜日、かな?」


「自家用機でまっすぐ日本っていうことはないの?」


「ああ、あの男は、そうあっちこっち飛び回らないので、自家用機は持っていないね。

 狭いところ、嫌いなのかもしれないね、ククク…」


「そうね…、チャーターにしても、日本までとなるとね…」

 と、あやかさんが言ったとき、さゆりさんが、


「とにかく、有田に連絡しておきます。

 そこの近くの飛行場も見当がつきますし…。

 それに、今回も、萱津という本名で動くかもしれませんので…」


 そうなのだ。

 龍神さんから名前を聞いて、有馬さんがいろいろと調べてみると、なんと、萱津は本名を使って、海外に行っていたことがわかった。


 今まで、AKしかわからず、また、AKとなる偽名は、有田さんが、警察などを通していくつかわかってたけれど、萱津秋則という本当の名前はだれも知らなかった。

 だから、我々ばかりか、警察でも、どうしても実体にたどり着かなかった。

 それで、有田さんから伝えられたこの情報には、警察の方でも驚いていたらしい。


 偽名の一人が…まあ、萱津本人と変わりはないんだけれど、麻薬関係で、マークされているんだとか。

 しかも、その人間は、現在、行方不明となっていた。

 でも、わかってみると、本人、堂々と、その本名で動いていたということだった。

 龍神さんから教えてもらったAKの本名、非常に重要な情報だったということ。

 

「そうね、日本に来る飛行機、わかるかもしれないね」

 と、あやかさん。


 さゆりさんは、ちょっと会釈して立ち上がり、食堂の端に行って、有田さんに電話。


「こんな情報で、これだけ慌ただしくなるんなら、わたしは、昼までの間に、もう少し、いろいろと情報、集めておこうか?」

 と、かをる子さん、あやかさんに聞いた。


「もちろん、お願いするわ」

 と、あやかさん、意気込んで言った。


「それじゃ、いろいろとやってみるよ」

 と、返事をしたが、でも、かをる子さん、まだまったりとしたまま。

 ゆっくりと、コーヒーカップを取って、口に持っていった。


 龍神さんが、このような情報を集めるとき、マークしてある人や鳥、まれに動物などに寄り付くことになるが、この場合、感情や考えなどにあまり触れない程度とし…、だから、そんなに深くは繋がらないタイプの寄り付きらしい。


 このような寄り付きは、龍神さん、『軽く寄り付く』と表現している。

 その、軽い寄り付きで、相手の五感を読み取ることになる。


 でも、軽かろうが重かろうが、龍神さんが寄り付くときには、かをる子さんの体はここに残したまま、魂のような、と言うのか、心的な形でと言うのか、そんな状態の龍神さんが動くことになるので、かをる子さんは、ベッドで横になり、眠っているような状態となる。


 常に、繋がってはいるらしいんだけれど…。

 まあ、おおもととなる本体は、常に、地中深くに存在しているようなので、すべてが繋がっているのは、当たり前なのかもしれないな。


 そして、龍神さん、地球の裏側にいようが、どこにいようが、人でも鳥でも、マークがつけてありさえすれば、瞬時に寄り付くことができるらしい。


 このマークを付けるっていうのは、特異な波動を持った小さなエネルギーの塊を打ち込むことらしいんだけれど、寄り付いている人や鳥の視野に入った相手にも打ち込むことができるので、近くの鳥から始まり、次から次へと、今や、世界中に、散らばっているんだそうだ。


 とはいうものの、龍神さん、闇雲に、マークを付けているわけではない。

 付けやすいタイプと付けにくいタイプがあり、さらには、どうしても付けたくないタイプというのもあるそうだ。

 むさい悪人は、絶対にいやなんだとか。


 で、好みのタイプはと言うと、寄り添えるような優しさをもった女性で、いずれにせよ、女性の方が、圧倒的に多いらしい。

 やはり、いろいろな動きからも、龍神さんは、女性的な存在なんだと思う。


 それでも…、と、思い、

「萱津の近くにいる人間で、マークを打ってある人はいるんですか?」

 と、おれ、聞いてみた。


 萱津の居所、常に、大まかにはわかっているようだから。


「いることは…、まあ、一人、いるんだけれどね…」

 この言い方、ちょっと、どういうことが考えの裏にあるのかわからない。


 いることは、いる…。

 結論だけなら、ただの『いる』と同じだが、ニュアンスが違うのは、明らか。

 でも、この場合、どういうニュアンスなのかが、おれには見当がつかない。


 それで、そのニュアンスは探らないで、思った通りを聞いてみた。


「その人間に、龍神さんが寄り付いてみればいいのかな…、って思うんですが…」


 すると、かをる子さん、ちょっと下を向いて、上目遣いで、おれをにらむような怖い顔をして、


「本当は、マークなんか付けたくないヤツでも、しょうがないから付けているっていうこともあるんだよ。

 どこにいるのかを、知るためだけにね…。

 だけれど、マークを付けると、そんなヤツからでも、否応なく、ある程度の感情の情報は来てしまうから、嫌なことなんだよ」


「寄り付くと、気分、悪くなるんですか?」


「寄り付く?

 わたしがそいつらに?

 う~ん…。

 ねえ、龍平さん…。

 ここに、下水が流れている水路があるとしてね…。

 濃度の濃い下水だよ…、しっかり、想像してみてね」


 と、ここで、かをる子さん、一息入れる。


 うん? 何の話だ?

 下水が流れているって…、いろんな汚物が…、そう、トイレからも流れてきて集まる…、あの下水だよな…。

 で、濃度が濃いって…、何を言おうとしてるんだ? かをる子さんは…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る