1-8 かをる子
食事は、みな、すでに済んでいたので、吉野さんも静川さんと一緒に立ち上がって、急に、片付けモードとなった。
龍神さんとあやかさん、それに、さゆりさんを残して、みんなでバタバタと食器を下げた。
さゆりさんが残ったのは、おれたちと一緒に立ちかけたのを、サッちゃんが『おかあさんは、龍神さんと一緒にいてよ』と言って、さゆりさんの分も、サッちゃんが片付け始めたから。
この辺のサッちゃんの動き、中学生と言うよりも、もうちょと大人っぽく感じた。
片付けも終わり、みんなでコーヒーを飲み始めたとき…サッちゃんは、最近嵌まっているグレープフルーツジュースだけれど…、あやかさんが、龍神さんに聞いた。
「それで、どうして、今日、食事をしてみようなんて思ったの?」
龍神さん、ニッと笑って。
「実はね、昨日の夕方、また、例のデパートに行ってみたのよ。
この季節はどうなっているんだろうってね。
それで、まず、地下の売り場に出てみたんだけれど…。
この季節なのに、けっこう混んでいてね…」
「季節というよりも、時間帯の問題だと思うよ」
「あっ、そういうことか…。
で、前からしゃべりながら来る数人を避けようとして…、ふと気付いたら、横から、試食のハムを渡されていたのよ。
どうしようかと思ったんだけれどね…。
初めてなもんで、食べるとどうなるのか、よくわからないでしょう?
でも、『お味、いかがでしょうか?』って言われてね。
なんだか、食べないわけにもいかないじゃない?」
「で、食べたの?」
「うん。
そうしたらね、今まで考えていた以上に、おいしさ、というものを感じてね…。
今まで、ずっと、人の味覚を通してだったから…。
たぶん、ちょっと、ノイズが入っていたんじゃないかしら」
「ノイズねぇ…。
人によって味覚の感じ方、違うって言うから、そっちの問題かもよ」
「いや、そんなレベルの差じゃないのよ。
何か、こう、本質的に違っていたのよ」
まさに、完全に、友達同士の会話。
なんとなく不思議。
何かあるのかと思ったら、話は大きく飛んで…。
「それでねえ、あやか…、地下室に、ベッド置いてくれないかな…」
「えっ? ベッドって…寝るためのベッド?」
「うん、もちろん。
こっちにずっと体を作っておいて…。
出てくるたんびに、いちいちイメージして作るの…、けっこう大変なもんでね。
それで、こっちで暮らしてみようと思うんだけれど…」
「それで、地下室で、寝起きをするの?」
龍神さん、大きく頷いた。
「地下でも…いいの?
窓のある気持ちのいい部屋…、どこか…、ちょっと考えようか?」
と、あやかさん。
龍神さんが、ここで寝起きをするってこと自体、おれにとっては大きな驚きのことで、それで一騒ぎになるのかと思ったが、あやかさん、そこは素通りし…と言うか、ちっとも動じずに、それを簡単に受け入れておいて、住み心地の良さに関して聞いている。
この辺、見習おうと思った。
「いや、とりあえずは地下室でいいな…。
なんとなく、安心感もあるしね」
「安心感?」
「砂場が近いということよ」
「どういうこと?」
「まあ、何というか…、すぐに、龍にでもなれるということかな? ククク…」
「うん?
ああそうか…、地下の方が、おうちに近いということなんじゃないの?
フフフ…」
「やれやれ…、バレてしまったか…」
と、龍神さん。
あやかさん、龍神さんでも、初めてやることに対しては、ちょっとした不安感があるということを、見抜いたようだ。
おれは、二人の会話を最後まで聞いてやっとわかった、と言うこと。
で、ベッドはどうしようとなったとき…、でも、これから探すので『どうしよう』と言うのではなく、ここは不思議なところで、逆に、いくつもの候補がすぐに挙がったのでの『どうしよう』だった。
別邸には、今、使っていないのが3つあるとか、お父さんのうちには、もっとあるはずだとか、そのほかいろいろと…。
で、運ぶのに、近い方が良いということで、台所の奥、静川さんの事務室兼休憩所になっているところ、その脇に小さな部屋があるが、そこに置いてある、今はだれも使っていないベッドを移すことになった。
そんなところに置いてあって、ちょっと古いんだけれど、質は悪くないんだとか。
吉野さんが、そう言っていた。
「それとね…」
と、龍神さん、あやかさんに、ちょっと申し訳ないというような感じで。
「うん?なあに?
遠慮しなくてもいいよ」
「あやか…、わたしと体型似ているよね…」
「ええ、かなり近いかもね」
「服を…、少し、くれないかな…」
「服って…、龍神さん、自由に作れるんじゃないの?」
「作れるけれど、これも、一つひとつイメージするの、面倒になってきてね…。
これみたく、何度も作って、比較的簡単にイメージできるようになったのもあるんだけれどね…。
こっちで暮らすついでに、服も、いろいろと着てみようかなって、ね」
「服の下は、ちゃんとした体なの?」
と、あやかさん、おれでは聞きたくとも聞けなかったこと、ストレートに聞いた。
「服を消せば、ククク…、魅惑的な女性の体よ。
消してみようか?」
「今は、やめておきなよ。
うちの人やホク君は喜ぶかもしれないけれどね」
と、あやかさん、おれの方を見て、なんとも意味深げな小さな笑み。
ちょっと怖い感じ。
「そうか…。
なるほど、今はやめておこうか」
「うん、今度、一緒に、お風呂に入ろうよ」
と、あやかさん、話をまとめた。
それで、どうせなら、合うものを買った方がいいということになって、このあと、あやかさん行きつけのブティックやデパートに、龍神さんを連れて行くことになった。
当然、おれはお供を言いつかったけれど、一緒に行こうと、サッちゃんとさゆりさんも誘われた。
すると、美枝ちゃん、
「私たちも、ついて行っていいですか?」
となって、みんなで、ぞろぞろと出かけることになった。
そうなって、ちょっと、寂しそうな顔をしていた浪江君を、美枝ちゃん、ちゃんと誘っていた。
で、一緒に動くとなると、呼び方、『龍神さん』では、ちとまずいんじゃないか、ということになった。
ブティックの中で、『龍神さん、これどうかしら?』じゃ、ね。
「そのまま、
あなたに近い感じだもんね…」
なんて、あやかさんがやり出したとき、
「わたしは、『かをる子』がいいな…。
薫る子…、それで、かをる子…。
書くとき、『かをる』は平仮名にするのよ」
「かおるこ?」
と、あやかさんが確認すると、
「う~ん、『を』の発音が良くないな…。
小さくwの入った『ぅお』だよ、『ぅお』。
わかった?」
「ええ…、なるほど、わかったわ、か、ぅお、る、こ、ね」
「そう、そう…、それでいいかな」
ということで、天神さんの名前…呼び名といった方がいいのかもしれないけれど、本人の申し出通りに、『かをる子』に決まった。
そして、こんな感じで、龍神さん、今日から、かをる子さんとなって、うちの1員として暮らすことになった。
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ここで、第1章が終わります。
次は 第2章 敵を見に行こう です。
やや時間がかかりますが、なるべく早くに、連載を続けます。
是非、続きも読んでください。
よろしくお願いします。
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