1-7  デパートの地下

 龍神さんの体は、おれたちと同じように、この場に実在していた。

 ということで、次の疑問。


「でも、それなら、どうやって、その体を作るの?」

 と、おれ、すぐに聞いてみた。


「フフ、そうだね…、たぶん、昔から長い年月…、そう、実に長い年月、いろいろな人に寄り付いてきてね…、

 それで、人間の体というものに馴染んでいて、いろいろと様子がわかっているから…、それでなんだろうと考えているんだけれどね。

 人の姿を強くイメージして、こういう体を作ろう、とね、気持ちを1点に集中すると、まあ…、自然にこうなるんだよ。

 実は、自分でも、不思議なことだと思うんだけれどね」


「イメージすると、そのように、体ができちゃうんですか?」

 と、今度は龍神さんの向こう側に座っている美枝ちゃんが聞いた。


「そうだね…、作ろうと、しっかりと考えて、できあがった姿を細かく、強くイメージすると、その通りに…、自然にね…。

 材料は、豊富だし…」


「材料って?」


「うん、みんなと同じだよ。

 二酸化炭素を中心とした炭素と酸素、水などはいくらでもあるし、それに、カルシウムや鉄なども、すぐ下の土の中に豊富だからね…。

 わたしが出てくるときに、砂や空気が渦巻くようになるのは、その影響のようだね。

 強くイメージすると、そういう、基本となる原子や分子が、自然に集まってくるんだと、考えているんだけれどね。

 本当に、不思議なことだよ」


 これ以上聞いても龍神さんの不思議なことが増えそうなだけだけれど、龍神さん、ちゃんと、おれたちと同じような体になっていることだけは、納得できた。

 でも、美枝ちゃん、もう一つ、追加の質問。


「そういう材料って、龍神さんが自然界の中から選び取っているんですか?」


「まさか…、そんなこと、できないよ。

 どういうわけだか、空中や地中から、自然に集まってくるんだよ。

 分子や結晶が小さいほど持ってきやすいようには思うんだけれどね。

 だから、床が砂状になっている方が、楽で、それに、早く体ができるんだよ。

 まあ、時間的には数秒の差だけれどね」


 言うの忘れていたけれど、知らない間に、地下室の真ん中に、砂場ができていた。

 床の中央が切り取られたように、円形に、砂状になっているのだ。


 龍神さんの話では、何度か同じ場所に現れていたら、初め床に亀裂が入り、それが、徐々に細かくなって、いつの間にか砂場になってしまったんだとか。

 以前、「ごめんね」と、あやかさんに謝っていた。


 その砂場、地下室の床だけれど、おそらく、深い穴が空いていて、ぎっちりと砂で埋まっている…そんな状態だと思う。

 ここが高台でなければ、水でも湧いてきそうな気がする。


 そんな体を作る話をしながら、食事になった。

 龍神さんは、うまそうに、鮭のムニエルを食べていた。

 ホークやナイフの使い方も上手で、箸だってちゃんと使える。


 そんな龍神さんを見ていて、サッちゃんが、食べたものはどうなるのか聞いた。

 そしたら、龍神さんの答えでは、食べると、おそらく、すぐに分解して、分子やエネルギーになっているんだろうとのこと。


 喉を過ぎて胃に入ると、知らないうちに消えてしまうのだそうだ。

 胃から先が、おれたちの体と違うということで、おいしく食べられると言うことには変わりはない。


 これだけ聞くと、テレビ出演の依頼が来るほど、いくらでも食べられるんじゃないかと思った。


 で、このサッちゃんの質問だけれど、あとで、美枝ちゃんから聞いた話だと、このとき、サッちゃんは、龍神さんの手洗いのことが気になっていたらしい。

 それを、婉曲的に聞いたようなんだけれど…、なるほどね、龍神さんに、手洗いは必要ないということになるんだろう。


 それと、明るいところでも平気なんだとわかったいきさつ。

 なにしろ、龍神さん、聞いたことに対しては、ちゃんと話してくれる。


 昨年の暮れのことだ。

 龍神さん、うちの地下室に出て、みんなと話したりするうちに、室内の明かりなら、まったく体に影響が出ていないことに気がついた。

 気がつくまで、そんなこと、忘れていたくらいに…。


 そのあと、妖結晶の展示会を、仙台のデパートで開催するとき、萱津の動きにどう対処するかと言うこと、…実は、お父さんから管理運営を頼まれる前に、ちゃんと予測して…あやかさんとさゆりさん、美枝ちゃんも交えて、話し合っていた。


 それで、龍神さんとの会話の時、どういう拍子か、その展示会の話になった。

 聞いているうちに、龍神さん、その仙台のデパートそのものに興味が沸いたのか、詳しく、建っている場所や構造などを聞いていた。


 そして、なんと、そのすぐあとに、龍神さん、そのデパートに行ってみたらしい。


 龍神さん、最初は、夜遅く、探りに。

 まず、デパートの地下の案配、特に、建物の下の具合…具体的にはよくわからないけれど、地面の中ということだと思う…などを探った。


 このときの動き…あとで、龍神さんから、直接聞いたことなんだけれど…、どうも、人間などの姿を作らないで、だから、何というか、感覚だけ…、まあ、幽霊のような感じで、動き回っているらしい。


 その状態だと、土の中でも動ける。

 ただ、その状態のときには、感覚としては、空間では視覚と聴覚のようなものもあるが、地中だと、感触に近いもののようで、構造とか状態がわかるらしい。

 この辺、おれたちの持っている感覚とは、まったく違うらしい。


 うちの地下室を探り当てたときも、似たような感覚で調べていたのだそうだが、このときはちょっと違うバージョンのようで、うちの時は『薄く広く見ていた』と、これまた、漠然とはわかるんだけれど、具体的にはよくわからない、レーダーに近いような状態。


 それで、デパートの建物の下を探ったあとは、地下の階まで上がってみて、どのように出現すれば、人がいるときでも目立たないか、と考えていたらしい。

 地下の売り場の真ん中に、砂場を作るわけにはいかないと、さすがの龍神さんでも、それくらいのことはわきまえている。


 そうなのだ。

 ある意味では感心するんだけれど、龍神さんて、よくわからない謎の存在なんだけれど…で、こういう存在って、何でもかんでも、勝手気ままにやるようなイメージがあったんだけれど…、龍神さんの場合は、人間的な、ちゃんとした良識を持ち合わせている。


 それで、おおよそのことがわかると、その日は、引き上げた。

 最大の収穫は、材料を集めるのにも、出現のルートを作るにも、下水道を使うと便利だと言うことだったそうで…。


 この、下水道、ってきいて、ウッとなった。

 これは、ちょっと…いや、かなり、汚い感じがしてなんだけれど…、だってねぇ、そこにあるものといったら…。


 でも、龍神さんの感覚だと、分子レベルで見るから、きれいも汚いもない、みな同じ材料、それも、人間の体を作るのには、ぴったりの材料が、しかも豊富にそろっているということのようだった。


 だから、龍神さん、まず、幽霊みたいな状態で、周囲の様子を確認し、大丈夫なときに、トイレから出現する、ということにしたらしい。


 水も含めて、下水道からトイレまでの間に存在しているいろんなもの、みんな材料として、そのときの龍神さんの体ができているんだ、と考えて、ちょっと複雑な気分になったが、分子レベルなら変わらない、と、科学の知識を総動員して負の感覚を消去した。


 それで、龍神さん、デパートの状況がわかり、出現までの動きが決まると、翌日、なんと、大胆にも、夕方近く、混み合う地下の食料品売り場に行ってみたんだとか。

 ぐるっと一回りを2回、と言うから、二回りしたようだ。


 目立ったと思う。

 惣菜だとか、野菜や魚、肉などが並び、暮れで人がごった返す中、こんなきれいな人が、ちょっと場違いの素敵な服装で、しかも、2まわりも、ゆったりふらふら、歩いていたんだから。


 それで、龍神さん、照明の明かりなら、なんていうことはないことがわかり、それならば、と、思い切って、大晦日近くの昼間、平池の畔に出てみたんだそうだ。

 薄曇りの、寒い日だったけれど、すごく気持ちよかったんだとか。

 しかも、その程度の光だと、なんともないこともわかった。


 そして、それから、時々、日中、外に出て…まだ、平池の周りだけらしいけれど、特に最近は、こんなに強くなってきた日射でも大丈夫かどうかと確認しながら、ふらふら散歩しているんだとか。


「それなら、普段、こっちで会いましょうよ」

 と、その話を聞いて、あやかさんが提案した。


「こっちって、この食堂のこと?」

 と、龍神さん、今まで以上に、友達っぽい感じで話す。


「ええ、コーヒーでも飲みながら…」


「そうね…。

 そういう嗜好品も楽しんでみようかな?」


 うん?

 今までの龍神さんの話し方なら『そうだねぇ。そういう嗜好品も楽しんでみようかねぇ』だったと思う。

 どうして、また、急に、話し方が変わってきたんだろう?


 その会話を聞いていた静川さん、ニコッとして、

「それじゃ、今から、龍神さんの分も含めて、コーヒー、淹れてきますね」

 と、立ち上がった。

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