1-6 龍神さんの体
おかず、あやかさんと半分こか…。
うん? でも、そうなると…、美枝ちゃんあたりが、『いえ、わたしの分を差し上げますから…。ね、ホク、半分こしようよ』とかなって…、たぶん、そこに吉野さんや静川さんも入り込んで、なんだか騒がしくなりそうだな。
そうそう、また、言っておくことがあった。
なにしろ、去年の11月末から、4月も下旬となろうとする今日まで、話が飛んでしまったから、この間に、いろいろな変化があったんですよ。
こんなことなら、ちゃんと、順を追って話しておけば良かったとも思うんですけれど…、でも、ここまで来ちゃったら、もう、後の祭り。
このパターン、少し付き合ってください。
それで、今、話したいのは、静川さんのこと。
別荘からこっちに戻って以来、静川さん、土曜日にも出て来てくれているんですよ。
お手伝いを自称する沢村さんが、結局、おじいさん宅に取られてしまい…、あやかさんが、OKしたんだから、取られて、という言い方は、まずいかもしれないけれど、ここにはいなくなった。
それなのに、その補充をしていないから、吉野さん一人じゃ大変だろうということで、静川さん、前以上に、いろいろと動いてくれている。
ここでの人の補充は、本来、美枝ちゃんがやることらしいんだけれど、なんと、吉野さんが、美枝ちゃんにストップをかけた。
うちの中での、いろいろな動きを考えてのことらしく…、みんなの強い緊張感が、伝わっているようで、こんな時に、台所に新しい人を入れてはいけない、という判断。
そういう、吉野さんの考えには、あやかさんですら、従っている。
当然、美枝ちゃんも。
しかも、美枝ちゃん、そういう吉野さんの考え方に、『なるほどね…』と、感心しているようだった…、おれの思っていた以上に、深い読みの結果での話。
それと、静川さんと吉野さん、以前は、みんなとは別に台所で食べていたけれど、別荘から戻って以降、みんなと一緒の食卓で食べるようになっている。
吉野さん、半年に及ぶ別荘での生活で、みんなとの食事に馴れたのもあるが、なにしろ、かわいくてしょうがないサッちゃんと一緒に食事をしたいというのが本音らしい。
それと、サッちゃん、当然、アルコール類を飲まないから、お酒を飲むとか飲まないとかが、みんなでの食事のペースと関係なくなったのもある。
サッちゃんのおかげで、楽しく、みんなで食べる、食事の時間になった。
ついでと言ってはなんだけれど、もう一つ、ここで言っておくこととして、最近、あやかさんと龍神さんの話し方は、友達同士のような感じになっている。
呼び方も、あやかさん、おれと同じように『龍神さん』になっている。
龍神さんの方でも、あやかさんと、友達のような感覚。
ただ、ちょっと龍神さんの方が、わがままで、威張っている感じだけれど、あやかさん、気にとめない。
前に聞いてみたら、
「なにしろ、すご~いご年長様だから、敬わないとね。
それに、聞いたことに、もったいぶらず、正直に答えてくれるところ、好きなんだ」
と、言っていた。
確かに、見かけによらず、すごい年上である。
それに、本当に、聞いたことには、ちゃんと答えてくれている。
何でもごまかそうとする、どこかの政治家とは、えらい差だ。
「あなたの所に置けばいいのよね」
と、あやかさん、台所から料理を持ってきておれの前に置く。
みんなの前には、すでに鮭のムニエルがのった皿が並んでいる。
例の、細い莢いんげんをバター炒めしたハリコベと、人参のグラッセ、ポテトサラダがついている、おいしそうなディッシュ。
あやかさん、そのムニエルなどが入ったプレートを持ってきてくれた訳だけれど、どうして、こう簡単に、完成品…こうも完全に同じ内容のものが出てくるんだろう…、と思って、あやかさんに聞いてみた。
そしたら、おれや北斗君、それに浪江君が、お代わりしてもいいようにと、ムニエルは、3枚、余分に焼いてあったんだとか。
ということは、まあ、おれのお代わりの分がなくなった、と考えればいいんだろう。
あやかさんの後ろから、静川さんと吉野さんが、野菜スープなどを持って、台所から出てきた。
浪江君も、その後ろからご飯を持って出てきた。
彼、最近、積極的に、お手伝いをしている。
楽しい昼食の始まりだが…、おれ、つい、龍神さんの方を見てしまう。
龍神さん、その視線を感じたのか、チラッとおれの方を見て、目が合うと、小さくだけれど、ニタッと笑った。
そして、
「龍平さん。
何か疑問でもおありなのですか?」
と、おれに対する龍神さんとしては妙な言い方で聞いてきた。
だって、この言い方、おれやあやかさん以外の人への話し方。
おれには、普段なら、『龍平、何か言いたいこと、あるのかい?』だからね。
でも、おれ、そんなのに惑わされず、ちょっと前から疑問に思っていたことを、ストレートに聞くことにした。
「さっきの、明るくても大丈夫だということがわかってきた、というのも気になるんだけれど…、でも、それよりも、まず、龍神さん、ご飯、食べられるの?」
龍神さん、うれしそうに、ニッと笑って答えた。
「クックック、そりゃね、みんなと同じような体を持っているんだから…」
「えっ?おれたちと同じようって…」
「この体、幻だとでも、思っているのかい?」
「いや、幻とまでは思わないけれど…、でも、なんか、3D映像のような感じなのかな、と…」
「3Dだって幻と同じようなもんじゃないか。
それで、3Dで、こんなにしっかりとした映像が作れると思うかい?」
「いや…、確かに、量感もあって…、でも、龍神さんなら…」
龍神さん、目も深く澄んでいて、きれいな顔にはつやがあり、胸だってしっかりとしていて魅惑的なボリューム感がある。
黒い髪だって、1本1本、しっとりさらさらという、微妙な感じだ。
「しかもね、これが映像だとすると、そのもと、撮影する対象となる体は、どうやって作るっていうんだい?」
「いや、そんなものはなくて、なんか、こう、龍神さんのイメージを、直接相手に伝えてしまうとか…」
「クックック、それは、サチにはやっているけれど…。
でも、あれもね、けっこう、イメージをしっかり持って念を送るの、大変なんだよ」
「そういうもんなんですか」
「そういうもんさ。
しかも、それは、受け取ることのできる特別な能力のあるサチの、しかも、その観念の中だけのことだよ。
思い描いたイメージを、こんな風に、現実的な映像としてみせることなんて、わたしにはできないね…。
龍平さん、やり方を、教えて欲しいんだけれど…」
「そんな、無理なこと、いわないでくださいよ…」
「そうすると、その体、本当に、ここに実在しているの?
確かに、しっかりとした存在感はあるんだけれど…」
と、あやかさんが、龍神さんの方を見て聞いた。
おれ、ちょっと助かった気分。
あのままだと、龍神さんから、なんだかんだと、軽くいじめられそうな感じだったからね。
「ほら、触ってみなよ」
と、龍神さん、あやかさんの方に、肩を寄せて。
あやかさん、龍神さんの肩を、ちょんちょんと触り、次に、いきなり、龍神さんの右手を握った。
「本当なんだ。
なんか、すごく、うれしい」
と、龍神さんの手を自分の頬に当て、あやかさん、最高の笑顔。
「わたしも…、いいですか?」
と、龍神さんの左隣にいる美枝ちゃん。
「どうぞ」
と、龍神さん、ニコッと笑顔で。
美枝ちゃんは龍神さんの左手に触って
「ほんとうだ…、すべすべの肌…」
と一言。
「サチにも」
とサッちゃん、龍神さんに言うと、
「うん」
と、龍神さん、頷いて、それまで美枝ちゃんが触っていた左手を、グッと前に出した。
サッちゃん、立ち上がって、テーブルの上に身を乗り出して、龍神さんの手を握る。
さゆりさんも、一言断って、触っていた。
その間、あやかさん、龍神さんの右手を握ったまま。
おれも触ってみたいけれど、でも、龍神さんって、女性の姿。
それも、メチャ、メチャ、きれいな若い女性。
しかも、ちょっと…肉感的。
とんでもないことになりそうなので、やめておいた。
北斗君もあの顔だと、おれと同じような思い、なんだと思う。
そうだよね、やってみたいけれど、でも、やってしまったら、あとが、いろいろと怖そうだもんね。
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