1-5  食堂に

 それで、美枝ちゃんの会社の方はといえば、今、現在は、どこからか連れてきた二人の人、一人は60過ぎのおじいさん、もう一人は40歳代後半の女性なんだけれど、その二人に、それぞれの会社を、基本的には任せている。


 美枝ちゃんは、時々しか顔を出さず、普段は、こっちの別邸で連絡を受け、相談したり、必要なら指示…美枝ちゃん本人は『指示』などとは言わず、『お願いごと』と言っているんだけれど…を出したりしている。


 美枝ちゃん自身は、ほとんど会社には行かない。


 なんせ、美枝ちゃん、ずっと人と会っているような環境は苦手。

 落ち着かないし、好きじゃないし…と言う以前に、とても耐えられない。

 だから、仕事らしいことは、ほとんど、別邸の事務室で、ひとりでやっている。


 美枝ちゃんが、常に会っていて平気なのは、もともとは、あやかさんと北斗君だけだったらしい。


 近年、ここでの生活に馴染んで、さゆりさんや静川さんなど、ここに住んでいる人たちとは、常時会っていても大丈夫になったそうだけれど、…みんな、フェアーで、人の領域に入り込まない、おれでも接しやすい感じの人たちなんだけれど、美枝ちゃん、それでも時間はかかったようだ。


 最近になって、そこに、おれも入れてもらっているようなんけれど、これは、あくまでも、あやかさんとの関係なんだろう。

 でも、この間、何かの時に、おれのこと、『のどかだからね、受け入れやすかったんだろうね』というようなこと言っていた。


 それで、それらの会社の中に、ある程度の数、美枝ちゃんが探しだし、直接、連れてきた人たちもいるようで、その人たちからの美枝ちゃんの信望はかなり厚いものがある。

 また、普段はあまり会わないけれど、そのような一人ひとりの動きや状態を、美枝ちゃん、いつも、ちゃんと気にかけている。


 そして、相手もそれを承知していて、美枝ちゃんのこと、あねごと呼ぶ人も多い。

 美枝ちゃんと同じような、人と話したり付き合ったりするのが苦手タイプの人も、けっこう多いような感じなのだ。

 そういう人たちは、美枝ちゃんの行動パターン、理解しやすいんだろう。


 と言うことで、こういう人たちこそが、美枝ちゃんの、本当の、直接的な配下と言ってもいいのだと思う。


 そういう中で、美枝ちゃんにとっては、北斗君は特別な存在だったんだと思う。

 あやかさんが、相棒として、仙台からおれを連れてきたよりもずっと早く、同じようなことをしていた、ということなんだろう。


 うん? 逆に、美枝ちゃんの、こういう動きを見ていたから、あやかさん、おれを相棒にして、ここに連れてきたのかも…。

 うん、なるほど、なるほど…。


 と言うことで、以上のことは、去年の11月末にここに戻ってきて、あやかさんと落ち着いて暮らし、最近になって、やっとわかってきた身近な人たち…特に、美枝ちゃんや北斗君たちの姿、といったところ。


 なんせ、ここに来て、1ヶ月も経たないうちに別荘に行ってしまったので、ここのことやここの人たちのこと、本当に、なにもわかっていなかったんだと思う。


 どういうわけか、おれって、こういうことに対して鈍くて、追求する力も弱い。

 そういうおれの性格もあって、周りを理解していくのが遅いので、別荘から戻ってきて、ここで、ゆっくりと5ヶ月近く生活して、やっと、最近、いろんなことが見えてきた、ということなんですよね…。


 #


 散歩から戻り、あやかさんと一緒に食堂に入ると、すでに、美枝ちゃんたちは席についていたけれど、肝心のサッちゃんはまだ来ていなかった。


「サッちゃん、まだなの?」

 と、意外、といった感じで、あやかさんがさゆりさんに聞いた。


 さゆりさんもすでに席に着いていた。

 みんなの前には、料理が並んでいる。


 お昼は、さゆりさん、おれの向かいに座る。

 その隣、あやかさんの向かいの席が空いている。

 そこが、土曜日と日曜日のお昼のサッちゃんの席。


「ええ、先ほど、一緒にここに来たんですけれどね。

 ちょうど食堂の入り口のところで、『あっ』と言って立ち止まって、すぐに『龍神さんに呼ばれちゃった』と言って、地下室の方に行ったようなんですよ」

 と、さゆりさん、丁寧に説明してくれた。


「あら?この時間に、龍神さん? 珍しいわね…」

 どうしたんだろうといった感じで、あやかさん。


 ここにいるみんなは、地下室が龍神さんと会う部屋になっていることは知っている。

 去年の12月、地下室の引っ越しが済んで、そこが龍神さんの部屋となったすぐあとに、全員…有田さんや島山さん、デンさん、それに木戸さんまで…地下室に集まり、あやかさんが、一人一人龍神さんに紹介した。


 龍神さん、すでにみんなを知っていたような感じだったけれど、あやかさんが紹介する時の一人ひとりについての話が面白く、とても楽しんでいて、それぞれと、短い会話をしながら、みんなと、すぐに仲良しになった。


 そのあと…正月のことだけれど、お父さんとお母さん、それに、おじいさんやおばあさん、さらに山根のおじさん夫妻も、龍神さんと顔合わせをしている。


「とりあえずは、このくらいの範囲にしておくね」

 と、あやかさん、おじさん夫妻を紹介したあとに、龍神さんに言っていた。


 でも、こういうときの龍神さんって、ある意味、すごく、大人っぽく人に接する。

 どういうことかというと、話し方は丁寧で、優しさに溢れ、そして、一つひとつの動きも美しく優雅だ。

 おじいさんなんか、あっという間にファンになった。


 そう、普段、おれに対する話し方などとはまるっきり違う。

 うん?そうだよ、これ、まさに、おれの姉貴の姿なんだよな…。

 本当に、姉貴を思い出してしまうくらい、龍神さん、おれやあやかさんに対するときと、他の人に対するときとでは、話し方や態度に大きな違いがある。



 と、足音が聞こえてきた。

 サッちゃん、もともと足音は小さいんだけれど、この季節、スリッパ代わりに柔らかめのサンダルを履いているので、いくら静かに歩いても、聞こえることは聞こえる。


 食堂の入り口にみんなの視線が向き、唖然とした。

 サッちゃんの後ろから、なんと、龍神さんが入ってきたのだ。


 そうなのだ。

 龍神さんが、地下室から出てきたのだ。

 明るいところで見ると、まぶしいほどきれいだ。


「えっ?龍神さん?

 どうしたの?」

 と、おれ、驚いて、大きな声で聞いてしまった。


 すると、龍神さん、おれの方を見て、ニタッと笑った。

「地下室からは、出てこられないとでも思っていたんだろう…?」

 と、ちょっと意地悪そうに聞いてきた。


「ええ、まあ…。

 それに…、こんなに明るいところでも、平気なんですか?」

 と、おれ、正直に、さらなる質問。


「クックック、お化けじゃないってことだよね…」

 龍神さん、うれしそうに笑って言った。


「こちらにどうぞ」

 と、あやかさん、すぐに自分の座っていた席を立ち、龍神さんを呼ぶ。


 と言うことは…。

 おれ、咄嗟に気がついて、立ち上がり、椅子を取りに行く。


 テーブルには、窓の方から、おれ、あやかさん、美枝ちゃん、北斗君…と座っていた。

 あやかさんが、席を龍神さんに譲ったので、おれのところにあやかさんが来て、おれは、テーブルの端、みんなとは直角に、左にあやかさん、右にさゆりさんというところに移ればいいかな、と考えて。


 テーブルの端に、少しスペースがあったからだけれど、でも、ねぇ? おれ、こういう機転は、前よりも、ちょっとは利くようになっているでしょう?


 龍神さん、あやかさんに勧められるまま、椅子にかけてから、あやかさん越しにおれに向かって言った。

 さっきの、明るくても大丈夫かという、おれの質問に対しての答えだった。


「まあ、実はね、はるか昔のことなんだけれど…。

 こうやって、人の体を作って、そこに移るの、やり始めた頃のことなんだけれどね。

 日中、外でやってみて、ちょっとひどかったことがあったんだよ。

 それ、日の光のせいだと思って…、それで、長いこと…、本当に長い間なんだけれど、明るいところは苦手なんだと思い込んでいたんだね…。

 ところが、最近になって、明るくても大丈夫なんだって、わかってきたんだよ」


「また、どうして?」


「クックック、隠さず話してあげるけれど、それ、お昼の後にしようよ。

 ちょっと、この体で、実際にやってみたくってね…。

 ねえ、あやか、わたしの分もあるのかな?」


 えっ?『わたしの分も』って…、やってみたいって、食べるって言うこと?

龍神さん、食事をすること、できるんだろうか?


 あやかさんも、ちょっと驚いたようだけれど、すぐに、ニコッと微笑んで。

「ええ、もちろんよ。

 とりあえず、その、前にあるディッシュでいいでしょう?

 でも、ちょっと待ってね。

 今、もっとあるのか、静川さんに聞いてくるから」


 と、あやかさん、立ち上がって、まだ静川さんと吉野さんが残って支度をしている台所に出て行った。

 もっとなければ…、たぶん、あやかさん、自分の分を龍神さんにあげてしまったから、おれと『半分こしようよ』ということになるのかも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る