1-3  ちょっとした

 いきなりサッちゃんの前に現れた、3年生の女ボス。


 なぜ挨拶に来ないのか、とか何とか、サッちゃんを散々脅した。

 でも、サッちゃん、怖がるでもなく、返事をするわけでもなく、ただ落ち着いた顔で相手を見返すのみ。


 この態度に、よっぽどの違和感を覚えたのだろう。

 相手の声は、どんどん、大きくなっていったそうだ。

 でも、サッちゃん変わらずじっと見つめていた。


 サッちゃん本人としては、うるさいな、面倒だな、とは思っても、我慢して、相手の言うこと聞いていたのに、という認識。


 女ボスにとっては、目の前の子、話に聞いた通りの美少女だが、自分よりはかなり小さく、おとなしそうな1年生。

 

 怖がりもせず、ただじっと見られているうちに、『なんなんだろう…、この人は?』と言われたように感じとってしまったのだろう。

 大柄な3年生のその女子、急に、カッと頭に血が上ったらしい。


「ちょっとぐらいきれいだからって、いい気になってんじゃないよ」

 いきなり、サッちゃんの襟首を両手でつかみ、ぐっとつるし上げ、

「なめるんじゃネエよ」

 と、顔を寄せ、にらみつけた。


 サッちゃん、大ピンチ…、のように周囲からは見えただろう。


 でも、サッちゃん、こっちの世界に来る前は、毎日、広い山を駆け回って遊んでいて、また、生まれつきというのもあるんだろうけれど…『神宿る目』を持つくらいだから…、抜群の運動能力を鍛え上げている。


 さらに、こっちの世界に来てからは、別荘で、また、東京に戻ってからも、毎朝、おれと走ったりして体を鍛え、基礎体力だって充分についている。


 しかも、前の世界では、自分で自分の命を守らなければならない時が来るかもしれないような特殊な環境だった。


 だから、幼いときから、乳母のフクさんが、本気で、しかも必死に、手裏剣や、長刀などまで使って、高いレベルで身を守る方法を教えていた。

 見かけによらず力はあり、接近戦の時には、短刀だってかなり使えるらしい。


 さらに、1年ほど前から、いろいろな格闘技の混ざったような、ちょっと過激な『護身術』なるものも、さゆりさんから教わっている。

 さゆりさんでも、防御に、本気になることもあるほどだという。

 小さいけれど、おれなんかでは勝てないような動き。


 サッちゃん、女ボスに吊し上げられたとき、

『さて、どうしようかな…』

 と考えたらしい。


 ちょっと痛くて苦しいけれど、我慢できないほどじゃない。

 これで相手が引くのなら、しばらくこのままでもいいのかな?なんてね。

 なんだかんだいっても、サッちゃん、平和主義者…、というよりも、ゴタゴタを嫌う事なかれ主義なのかもしれない。


 でも、そのとき、3年生の女ボス、片手を離して、片手でさらにねじ上げて、離した手でサッちゃんを殴ろうとした。


 サッちゃん、諦めて、戦闘モードへチェンジ。

 襟首を捕んでいる相手の手の肘を、グッと内側に押して、逆にねじ上げるようにしながら、顎を引き、体を丸め、ふわっと浮き上がった。


 相手は肘をねじ上げられたようになって持つ手が緩む。

 サッちゃん、そこで回転しながら、ひねりで相手の手を外し、女ボスの腰のあたりを強く蹴って、さらに前に回転するように跳び上がった。

 このとき、危ないから、胸は蹴らないようにしたんだとか…冷静ですね…。


 1回転して着地するやいなや、相手の前に飛び込んで、みぞおちに一撃。

 あっという間に返り討ちにしたらしい。

 もちろん、『神宿る目』になるまでもなく、普段の状態で。


 でも、最後にみぞおちに一発打ち込んだこと…、そのあと、相手は後ろに飛ばされ、倒れて、吐き散らし、道路に転がって悶えていたらしいんだけれど…、これ、やり過ぎたかな?と、後悔している。


 あれだけ強気で絡んできた相手が、あんなにもろいなんて、サッちゃん、思いもしなかったんだとか。


 次の、連続した攻撃…さらに飛び込んでの肘打ちらしいんだけれど…、そんな動きをしなくて良かったと思う一方で、飛び離れるときに、相手の腰や腹近くを強く蹴っていたので、もう、それで充分だったんじゃないのか、みぞおちへの一撃、余計だったんじゃないだろうかと、ちょっぴり反省している。


 サッちゃん、とても、優しいところがあるから。


 その出来事以来…、火曜日のことだったから、まだ、4日前の話だけれど…、サッちゃんの学校生活、至って平穏になったらしい。

 …サッちゃんの言う平穏って、周りに、人が寄ってこないことらしいんだけれど。


 だから、サッちゃんからすると、やり過ぎてしまったほろ苦さは残るものの、『ちょっとした』トラブルですんでいる。


 でも、サッちゃんを支配下に置こうとしていた女ボスさんから見ると、とてつもなく大きなトラブルだったんだろう。

 今後、何かしてくるかもしれないが、サッちゃんは、まったく気にしていない様子。

 それ以前と、全く変わらない生活をしている。


 その、今まで通りの動きに、実はおれ、ホッとしている。

 と言うのも、正月に、さゆりさん、サッちゃんに、木の化石と言われる珪化木で作った、小さく、細長い板、12枚をあげているから。


 長さ15センチ程度で、幅は2センチ弱。

 細長い楕円形のようだけれど、両端は鈍く尖った形。

 ある程度の厚みがあり、見た目以上に、ずっしりしている。


 これ、装飾品のようでもあり、へらのようにも使えそうだけれど、見た目だけではなんだかわからない。

 実は、そのように、何なのだかわからなく作ってある。

 でも、これ、実は手裏剣の代用品。


 敵、AKこと萱津秋則との戦いとなったとき、サッちゃんが携帯でき、身を守れるものとして、さゆりさんが特別に注文して、作ってもらった。

 でも、サッちゃん、自分がこれを使った場合の危険性を、しっかり理解していて、今、これは持ち歩いていない。


 それで、心配性のおれ、サッちゃん、学校に行くとき、それを持って行くようになるんじゃないかと気にしたわけだけれど、サッちゃん、そんなことはちゃんとわきまえていて、そういう方向には動かなかった。


 学校では、けんかしても、戦いは避ける。

 やむを得ない場合でも、素手で片付ける。

 そんな気構えなんだそうだ。


 この気構えの話は、美枝ちゃんから聞いたもの。

 こういうサッちゃんの感覚なので、美枝ちゃんとも、かなり気が合うようで、こっちに戻ってからも、時々会って、お茶を飲みながら、いろいろと話をしているんだとか。


 まあ、サッちゃんの周りは、さゆりさんや美枝ちゃん、そしてあやかさんと…、いやいや、静川さんだって、吉野さんだってそうだけれど…、とにかくすごい女性がずらっと固めているから、サッちゃん、いろいろと感化を受けているんだろうな。


 それに、時々、孫に会うように、サッちゃんにケーキを持って来てくれる、あやかさんのお母さん、玲子さんだって、なにげにすごい女性だし。

 …そう、おれの義理のお母さんだけれど、すごい人だと思うときがある…。


 おっと、話が別の方にいきそうになった。

 それで、珪化木で作った、手裏剣の代用品のことだけれど…。

 しっかりとした重さはあるが、金属でないので、持ち歩きに何かといいだろうというのが、さゆりさんの考えらしい。


 さゆりさんやサッちゃんにとって、もともと、手裏剣は、刺して相手を倒すというよりも、戦いの時に、強力な相手の動きを一瞬でも止められればそれでよし、という位置付けのようだ。


 想定する相手はそれほど強いんだけれど、その動きを想定し、戦うことができる彼女たちの戦闘レベルも、それほど高いということだ。


 それで、さゆりさんが、サッちゃんのために、そんな万一に備えるような準備を考えるというほど、最近、我々の緊張感は高まっている。


 その、そもそものスタートは、去年の11月末、軽井沢の妖魔洞窟で、龍神さんが、教えてくれたこと。

 まず、おれたちの敵、その親分と考えていたAK、その本名は、萱津秋則であること。

 そして、その萱津は、『春までには帰国するらしい』ということ。


 萱津が外国にいたということも驚きだったけれど、龍神さんがそのようなことを知っていたことも、驚きだった。

 さらにいえば、こちらでAKとして探っていた相手を、すでに龍神さんが知っていて、調査対象としていたことには、もっともっと、すごくすごく驚いた。


 しかも、その萱津というヤツ、得体の知れないもの…龍神さんが『敵』と称するものと『融合して』…、これ、どういうことなのかまったく掴めない状態なんだけれど…、そうなって帰国してくると、龍神さんは言うのだ。


 萱津が、どういうふうになっているのか、まったくわからないけれど、パワーアップして、普通の人間をはるかに超える、なんらかのすごい能力や強い力を持っていることは確かなんだろう。

 それでなくっちゃ、わざわざ融合する意味、わかんないからね。


 さらに、もともと、萱津は、凶暴で悪知恵の働く男らしいんだけれど、それが、龍神さんが一瞬で邪悪さを感じた『敵』と融合したのだから、これはもう、こっちの常識が通じないようなことを、平気でするようなヤツと考えておく必要があるだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る