1-2 有田 サチ
平池の洞窟、掘り返さないことになったけれど、その代わり、ということになるんだろうかな、うちの地下室、まるごと、『龍神さんのお部屋』となってしまった。
だから、あやかさんの秘密の部屋が、なくなった、ということになるんだけれどもね。
去年の12月の上旬…、その中ほどのことで、そろそろ年末を迎えるというとき。
みなさんそれぞれに、結構、忙しそうだったんだけれど、さゆりさんはもちろん、美枝ちゃんや北斗君まで呼んで…、当然のように、浪江君も来てくれたけれど、1日かけて、地下室の荷物の引っ越しとなった。
引っ越し先は、とりあえず、おれとあやかさんが一緒に住んでる、2階の部屋。
ロッカーや棚など重いものは、美枝ちゃんが手配した人が来て…、器用で動きのいい男性、3人だったけれど…、それに、ここ、『あやかさんのうち』の中に入るということなので、それなりに選ばれた人たちなんだろうけれど…、実に手際よくやってくれた。
ただ、もともと、棚には荷物がそんなに詰まっていたわけではないので、棚の多くは分解して、部屋の隅に、きれいに積み上げ、寄せておいただけ。
見栄え良く、きれいで大きな布で覆いはしたけれどね。
そんなわけで、半日かけて、あやかさんの秘密の部屋は、広いスペースを持った、龍神様の会見の間となった。
応接セットは、龍神さんの希望で、そのままにしておいた。
その代わりというのか、その結果というのか、『おれたちの部屋』の中の一角の、おれの部屋?としていたところ、おれの荷物を入れた引き戸のついた棚はガラガラだったけれど、そこは荷物で満杯になり、それでも足りず、壁際に大きな書棚のようなロッカーをひとつ置いて、その中もいっぱい。
地下室にあった机は、あやかさん、『あなたが使ってもいいよ』と、おれのものになったけれど、それも部屋に入ったので、あんなに広く感じていたおれの部屋は、すごく、窮屈な感じになった。
でも、荷物の移動、そんな程度ですむわけがなく、リビングダイニングの西側半分、ガランと空いていたところ、そこもロッカーや棚などで埋まってしまった。
もちろん、中は資料などで、ぎっしり。
だから、リビングダイニングの半分は、どこかの資料室のような感じになった。
このような龍神さんへのあやかさんの対応、ちっとも嫌がらず、というよりも、どういうわけか、本心から、とても優しく接していて、また、見ようによっては、とても面倒見のいい感じ。
だから、おれたちの部屋が窮屈になっても、なんてことない顔をしている。
まあ、おれは、もともと、狭い部屋に馴染んでいるので、この程度のことは、なんてことないんだけれどね。
新緑の山を見ていたあやかさん、大きな伸びをしたあと、おれの方を振り向いて、
「ねえ、のどかな旦那様。
そろそろお昼だよ。
この辺で、切り上げて、戻ろうか…」
と、声をかけてきた。
このとき、おれは、コナラやクヌギが多く生えている、雑木林の新緑に、半ば、夢うつつのように見とれていた。
あまりにも新緑がきれいなもんで…。
これじゃ、確かに、のどかに見えるんだろうな。
「そうだね、サッちゃんを待たせてもかわいそうだからね」
「サッちゃんか…。
学校に行くようになってからだよね。
土曜のお昼、すごく楽しみにするようになったの…」
と、あやかさん。
そう、サッちゃんは、今、中学1年生。
月曜日から金曜日までは、毎日、ちゃんと学校に通っている。
だから、月曜から金曜までのお昼は給食。
そうなってみて、土曜日に、家で、みんなでワヤワヤと話しながら食べるお昼が、こんなに楽しいものだったのか、と、思ったんだそうだ。
そして、今日が、その土曜日。
サッちゃん、今朝会ったときから、楽しみにしているみたいだった。
朝ご飯のとき、パンを一緒にたべたんだけれど、お昼はまた別。
静川さんの作るお昼は、やっぱり、なんと言ってもおいしい。
それと、もう一つ、軽井沢以来、土曜日には、かなりの頻度で、…と言うよりほぼ毎週だけれど…、美枝ちゃんと北斗君、それに浪江君が、昼を食べに来ている。
美枝ちゃんたちに遠慮をさせないために、吉野さんや静川さん、毎週、わざわざ声をかけているらしい。
だから、サッちゃん、このときに、みんなと話せるのが、本当に楽しいようだ。
さてさて、それで、話がこうなってくると、ここに戻ってから、今までの話を、少ししておかなくてはいけないと思うんですよ。
なにしろ、まえの話は、去年の11月下旬で終わっていて、それで、この話のスタートは春の盛り。
いきなり今年の4月、それも中旬が終わろうとしている今日まで飛んでいますんでね。
どうして、こんなに、ポンと飛ばしちゃうのかと思うんだけれど…。
この間にだって、なんだかんだと、いろいろなことがありました…。
で、話の流れから、まず初めに、サッちゃんのこと。
サッちゃん、今、正式な氏名は有田サチ。
さゆりさん、昨年、有田さんの籍に入り、永池さゆりから、有田さゆりになった。
そして、サッちゃん、正式に戸籍を持って、有田夫妻の養子になった、と言うことなんです。
だから、サッちゃん、今、有田さんのことを「お父さん」、さゆりさんのことを「お母さん」と呼んでいる。
サッちゃん、初めから、ごく自然に呼んでいた。
戸籍を取ったらさゆりさんの養子になる話は前からあったので、サッちゃん、こう、呼べるようになるのを、ずっと楽しみにしていたんだとか。
でも、初めの頃…、今年の正月になってからだけれど…、そう呼ばれて、さゆりさん、すごく照れていた。
有田さんは、呼ばれるたびに、うれしそうな顔をする。
住んでいるところは、もちろん、さゆりさんたちと一緒。
おれとあやかさんが住んでいる部屋の向かいの部屋、ということになる。
向かいの部屋、というより『向かいの区画』といったほうがいいかな?おれたちの住む部屋…これも、これからは、おれたちが住む区画と言おう、それと、ほぼ向かい合わせになった構造だ。
その区画の中で、おれの部屋に当たるところが、サッちゃんの部屋になっている。
こっちに越してきたときから、養子になることを前提に、もう、そうしていた。
だから、そのように、おれたちと同じ家に住んでいるので、朝起きたら、おれと山を走って、手裏剣の練習をして、と、起きてから朝ご飯までの動きは、サッちゃん、別荘で過ごしていたときと大して変わっていない。
という中で、サッちゃん、今月から、近くの公立の中学校に通っている。
私立の中学校…、あやかさんが行っていた学校だけれど、そこも考えたらしいんだけれど、有田さんとさゆりさん、サッちゃんの3人で相談して、歩いて十数分の、近くにある市立中学校に決めた。
4月最初の日曜日に入学式をやり、翌日から通い出して丸2週間過ぎた。
元気に通っているんだけれど、サッちゃん、行ってそうそう、『ちょっとしたトラブル』に巻き込まれた。
そう、始めに『ちょとした』がつく『トラブル』。
これ、家に戻ってきて、やり過ぎちゃったかな、と、少し沈んでいたサッちゃんを、さゆりさんが、『まあ、ちょっとしたトラブルだったわね。気にすることないよ』と、軽く慰めたことによる。
この一言で、少し元気を取り戻したサッちゃん、そのときの、この、『ちょっとしたトラブル』の言い方が、とても気に入った。
サッちゃんにとっては、『トラブル』という言葉自体、新鮮で、響きが面白かったらしい。
そのときのトラブル…、これ、サッちゃんから聞いた話なんだけれど、どうも、トラブルに巻き込まれたというのか…、まあ、客観的に見ると、サッちゃんの方が主役だったような気もするんだけれど。
それで、その話だけれど…。
サッちゃんって、あやかさんにも似ているところもあって、かなりの美少女。
おれ、身内的に感じて、『かなりの』と控えめに言ったけれど、仙台の友人、藤山なんかが見れば、おそらく、『まれに見るメチャすごい美少女』となるレベル。
去年、会ったときからほぼ1年たって、おれとしては、ずいぶん大きくなったように思っていたけれど…しかも、ちょっと、大人っぽくもなってきて…、それでも、背丈は、クラスで中程、そんなに大きな方ではないらしい。
しかも、なんとなく、おとなしそうな感じ、…あやかさんと比べてだけれど。
そんなもんで、入学早々、ずいぶんと人目を引いたようだ。
かなりの噂になったのかもしれない。
3年生の女子の、まあ、ボス的な存在から、挨拶に来いと、言付けがあったくらいに。
で、その言付けのこと、うちに帰って相談したのがお母さん…、だから、さゆりさん。
こう言うのって、どうしたらいいの?って感じで。
江戸時代の田舎とはまるで違うこの時代の東京だからね。
そこでの子供の世界の風習をきくような感じだったんだと思う。
さゆりさんの答え。
「そうね…、様子を見に行きたければ、それは、行ってもかまわないとは思うけれど…。
でも、面倒なら、ほっといてもいいんじゃないのかしら?」
と、まあ、サッちゃんが半ば想像していたような返事だったんだとか。
「じゃあ、ほっとく」
との、サッちゃんの即答に、さゆりさん、ニコッと微笑んで軽く頷いた。
次の日も、サッちゃん、それまでと変わらずに、学校の往復。
でも、数日経って、しびれを切らしたその3年生、取り巻きを数人連れて、学校の帰り道で、サッちゃんの前に現れた。
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