/ベアトリス -4

 お嬢様のお部屋の掃除を終えて、館の仕事もこれでひと段落。

 ふぅと一息つき、静かな部屋にカチコチと針音を響かせる置時計に目を向けました。

 午後三時半。


「そろそろ向かう頃ですかね。……彼が間抜けでなければの話ですが」


 シアンさんが館を出る前に、かけた言葉を思い返します。

 相当抜けていなければ、と言いましたがどうでしょう。ライバルへの助言としては、私に出来る最大限のことをしたつもりなのですけれど。

 いまのシアンさんに、もしもその程度すら気付く余裕がなかったとしたら。


「考えたくはありませんが、あり得るのが怖いですね」


 ですが、私にはそれ以上のことを伝える義務はありませんし、それ以前に私の口から教えられることではないので。少し冷たいようですが致し方ありません。


「――そういえば……」


 冷たいで思い出しました。

 私がシアンさんをライバル視するようになったきっかけです。

 恐らく彼がこれから知ることになるであろうことを、昔師匠から聞かされた時、私はひどく落ち込みました。そして彼に冷たく当たるようになったのです。

 その事実を知った時、意味も分からず盗られた気になって悲しくて泣きもしましたが、それでも私はお嬢様のメイドとして仕えることを選びました。お嬢様への忠誠は、シアンさんにも負けていないと思います。

 そんなことがあって、私は意地でも相容れないと線を引き、彼と対等で在り続けたいと思ったのです。

 知らずに私のことをライバルだと呼ぶ彼に苛立ちもしましたが。きっかけはどうであれ、そんな風に張り合える日常に楽しさを感じていたことは、私自身も意外でした。


 ですが、それも今日までかもしれません。

 お嬢様が傷ついているのを見て、鈍いシアンさんに腹が立って。いつまでもうじうじと悩み、見えているものを拾いにも行こうとしない姿にもどかしさを覚え。お嬢様は決意をしたのに、まだ答えを見つけられないでいた彼に怒りを通り越して呆れた日々も。

 放っておいても、答えはいずれ分かること。

 それでもお嬢様が心を決めたのに、正面から向き合えないのはフェアじゃないですからね。

 もちろん、彼にも知る権利はありますし……。

 覚悟はしてきたつもりですけれど、いざその時が来るとやはり切なくなりますね。

 ふと窓の外へ目を向けると。キラキラと輝くような光のシャワーの中、つがいのイエスズメがバルコニーの手すりで休んでいるのが見えました。

 天からの祝福を受けているような光景に、小さな感動が心を震わせ、つい頬が緩みます。

 同時に、温かな涙が頬を伝っていくのを感じました。


「……この涙は、悲しみではないですね」


 自問するように呟いた言葉を心の中で噛み締めて、私は一度二度と小さく頷きました。

 二羽寄り添い、まるでキスをするように嘴を合わせるつがい。

 仲睦まじいその姿に、『おめでとう』と温かな胸の内で祝福を贈りました。


「――さて。泣くのはこれで仕舞いにしましょう。私もそろそろ出なくては」


 涙をハンカチで押さえて、そして玄関へと向かったのでした。

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