/ベアトリス -3

 お嬢様の匂いを心ゆくまで堪能する毎日は、とても幸せな日々でした。幸せ過ぎて夜もまともに眠れず、誤魔化しきれないほどに寝不足ですが……。

『目の下にクマでも飼ってるのか? にしても、お前にしてはだらしない顔をしているな』

 などと面白おかしく言ってきたシアンさんの憎たらしい顔ときたら。これはあなたの同族ですと、犬の前に突き出してやりたくなるほどです。

 しかしその甲斐あってか、お嬢様と離れていても、その芳しい匂いを瞬時に思い出せそうですけれど。


 四月二十五日、土曜日。

 私が実家へ帰る日がとうとうやってきました。

 お嬢様をはじめ、シアンさんにほかの使用人たちも、見送りに玄関へ集まってくれています。


「はいこれ。ご両親と食べて」


 そういって、お嬢さまが有名菓子店のお菓子セットの包みを持たせてくれました。

 以前帰った時に、両親がすごく好きだと話したことを覚えていてくれたようです。

 私のお嬢様は、お高く止まっているようなしょうのないその辺りのお嬢様たちと違い、思いやりと優しさと愛らしさといい匂いに溢れた素晴らしいお方です、自慢です愛しています!

 と、玄関で興奮していてはいつまで経っても出発できませんね。いっそのこと、このままここに居ようかとも思いましたが、帰ると言った手前館を出ないと格好がつきません。

 それに、両親に私の意思をちゃんと伝えなければ。


「お嬢様、ありがとうございます。両親もきっと喜びます」

「ベアトリス、俺からはこれを渡しておこう」


 続いてシアンさんが差し出してきたのは、ラスクリーネの街角を写したポストカードセットでした。その辺りのお店に転がっている、いえ売られている、大変レア度の低いものです。

 珍しいものでしたらお嬢様に差し上げるところですが……。


「ありがとうございます。実家に着いたらさっそくシアンさん宛てに全部出しますね」

「いや駄目じゃないか。お前のご両親にプレゼントをしているのに。それだと俺に戻ってくるだけだし、しかもさっそく使い切るつもりなのか十枚も?」

「半分冗談ですのでご心配なく」

「半分は本当なのか……五枚はもう戻ってくるのか、俺の手元に……」


 信じられないような顔をして呆然とするシアンさん。

 彼とのこういったやり取りが、一日ないし二日出来なくなるというのは少々寂しく感じるものですね。お嬢様ほどではないですが、居てもらわなければ困る一人に、いつの間にかなっていたのだなと実感します。

 ふと玄関に置かれていた置時計を見ると、針は七時四十五分をさしていました。名残惜しいですが、そろそろ出ないとトラムが行ってしまいますね。


「それではお嬢様、そろそろ時間ですので私もう行きますね」

「ええ、気をつけて行ってきて。ご両親にもよろしくね」

「はい」

「いいか、くれぐれもポストカードを送ってくるんじゃないぞ?」

「分かっていますよ。それでは、行ってまいります」


 そうして「いってらっしゃい」との声を背に受けて、私は館を後にしました。



 まずラスクリーネのトラムに乗って西の駅へ向かい、そこから電車に乗り換えます。

 しばらく街並みを横目で流しているといつの間にか石畳はすっかり消え、やがて牧草地が拓けました。草を食む馬や羊を車窓から眺めながら、平原を走る電車に乗ることおよそ一時間。

 駅で降り、今度はバスに乗り換えて三十分ほどすると、ようやく隣町に到着しました。

 赤と白レンガの町、レギンハース。私の生まれ育った故郷です。

 ラスクリーネも童話の中の町という感じがしますが、レギンハースもそれなりに童話らしいのです。雪の結晶や星、動物や植物など。組み方を工夫したレンガは家によって図柄が異なり、一つとして同じ家屋は存在しません。

 故に、その家が唯一の自分のお家だというアイデンティティになり、そして同時に愛着となっていつまでも記憶に残るのです。屋根に敷き詰められた鄙びた瓦も趣があり、とても懐かしく郷愁の想いに駆られます。

 何かしらの都合で町を離れても、大人になってからまた戻ってくる。そういった人々が多いのも頷ける話です。私は戻る気などありませんが。

 七歳の頃に離れることになったそんな街並みを、右に左にと眺めながら歩きます。黒のロングワンピースの裾がよく閃き、石畳を叩くパンプスのヒールも軽快な音を奏でました。


「私も、思いのほか楽しみにしていたのでしょうか……」


 小さく呟き、そういうこともあるかもしれないと、ふと笑みをこぼしました。

 そうして町を奥へ進むと、割と大きなお庭付きの家が見えてきました。赤と白のレンガにタイルで盛った剣と盾の紋章。私ことベアトリス・エルブランシュの実家です。

 家の壁面に模られた剣と盾には意味があり、ただ格好いいからだとかそんな単純な話ではありません。実は私、騎士の家系にある人間なのです。

 そんな私がなぜメイドなどしているかは、まあおいおい語ることになるでしょう。

 ところどころ細かく芝が抉れたお庭を、相変わらずだなと横目に流し通路を歩きます。そうして玄関までたどり着くと、待ちわびていたように勢いよくドアが開かれたのでした。



 質素というほどではないですが、飾り気の少ない家具や調度品に囲まれているリビング。騎士の家系らしく清貧を重んじているのです。

 古めかしい木材に、真新しい木材が継ぎ接ぎされたパッチワークのような床板。そして歴史を重ねた木の香りと、どこからか臭う硝煙がひどく懐かしい。


「よく帰ってきたね、ベティ」


 久しぶりの我が家を眺めていると、母がテーブルにコーヒーを置いてくれました。

 ジャンヌ。私と同じ金の髪を持ち、編み込まないゆるいおさげのヘアスタイル。

 見た目に中性的なその顔立ちは、髪型によっては初めて会う人は男性か女性かなかなか判断が付かないほど。その豊満な胸を見れば一目瞭然なのですが。

 昔は女性からもモテていたというのは母の自慢話の一つです。私と似たようなメイド服に身を包んでいるのは、母もメイドだからです。

 そんな母から少し離れ、なぜか後ろ手に組んで直立しているのは父、ブルーノ・エルブランシュ。軍人で一応この家の当主なのですが、私が帰ってからなぜかまだ一言も発していません。

 じゃっかん色素の薄いグレーの髪に、厳めしい表情をしていますが。実は心配性で、手紙を寄こす頻度は圧倒的に父の方が上です。

 たまに涙で濡れた跡を手紙に見つけると、嬉しく思うと同時に少し情けなく思えてきますが。それでも、どちらも私にとっては大切な家族なのです。


「母さん、ありがとうございます」


 出されたコーヒーの香りを鼻腔で味わい、そして一口。苦味と酸味のバランスが程よい、私の好きな母の味。

 お店や館で飲むものと比べて味は劣りますが、懐かしさに心がほっこりとしました。


「ところで元気にしていたかい? あまりキミから手紙が来ないから心配していたんだ」

「ええ、私は変わりなくやっています。というか、お返事ならしているではないですか。それでは足りませんか?」

「そういうわけじゃないけどね。出来ればキミからも寄こして欲しいわけだ。誰かさんが心配してる」


 言って父へ目配せをする母。なにか二人でアイコンタクトをした後、父は発言権を得たように楽な姿勢をとってから口を開きました。


「本当に久しぶりだ。元気そうでなによりだねベティ」

「父さんもお元気そうで安心しました。それより、なぜ今まで黙っていたのですか? なにか理由でも?」

「ああそれはね、母さんが――」

「余計な発言を誰が許した?」

「あっ、ぁあああああい、イエスマムッ!」


 母の鋭い眼光に射すくめられ叱咤された父は、慌てたように元の姿勢に居直って上官へするような返事をしました。

 なぜ立場が逆転しているのか。突然の出来事に困惑していると、母が咳を一つ。


「こほん。まあなんだね。ベティ、キミがいま思っていることに答えるとするなら、要はあれだよ。『上官と出来の悪い部下ごっこ』が、いま我が家のトレンドなわけだ」

「上官と出来の悪い部下ごっこ? またおかしな遊びを……」

「もう二週間続いてる」


 それを聞いてなるほどと納得できてしまう自分が嫌ですが。……二週間もですか。

 以前帰った時は『女医と泣き虫な患者ごっこ』だとか、その前は『女社長と鈍くさい秘書ごっこ』をしていたようです。

 いつも決まって父が弱い立場の役をやらされているのには、なにか理由があるのでしょうか。


「それはそうと。お嬢様は元気かい?」

「ええ、お嬢様もお変わりありません。とても元気ですよ」

「そうか、それは息災だね。彼女には悪いことをしてしまったから、気になっているんだよ」

「いつまでその話を引きずっているのです? 恐怖は覚えているみたいですけど、怒っていないと言っていましたし。気にし過ぎるのもよくありませんよ」

「そうか、恐怖は覚えているのか……」


 うな垂れる母の表情には影が差し、本当に反省しているように見えます。まあ、反省どころか猛省してもらわないといけませんが。

 なぜ母がここまで落ち込むのか。それは両親の馴れ初めから語らなければなりません。が、長いので少し割愛します。


 要約しますと。軍人をしていた父に半ば押しかける形でメイドとなり、なし崩し的に夫婦になった二人。母は気が強く、父を守るために自らも武器を取り戦場に立とうと思い立ちました。

 手にした武器は散弾銃という銃器です。戦場では敵をゴミだと思え――そう教官に教わった母は、ダミー人形を散弾銃で掃き散らす訓練の日々を送りました。

 ですが、母が軍に居続けることを父も心配に思ったのでしょう。戦地に赴くつもりなら離婚だと告げると、その日を境に母は軍を辞めました。

 そして専業主婦となったまではよかったのです。しかしほかの家事は出来た母でしたが、お掃除だけは壊滅的でした。


 訓練場にいた頃の記憶と重なるのでしょう。ゴミを見ると銃を撃ちたくなるようで、母にとっての掃き掃除とはショットシェルを放ちゴミ(ダミー人形)を掃くことと同義なのです。そのせいで家中穴だらけになりました。

 そうして見かねた父が、メイドとはなんたるかを学ばせるため、当時ちょうど使用人を募集していたアッシュベリー家へ母を奉公に出したのです。

 そこでもやはり母はやらかしてしまいました。拠点防衛のためだと持ち出した散弾銃で掃き掃除とは名ばかりに、調度品や壁を破壊し、庭の芝も抉る始末。

 当時二歳だったお嬢様にも恐怖を植えつけました。

 今の館はリフォームをして綺麗になっていますが、当時はけっこう穴だらけでした。

 そして反省し自ら辞めた母は、借金のかたではないですが。いろいろなリフォーム代を弁償するような形で私をアッシュベリー家へ預けたのです。


「ベティ、キミにも悪いことをしたと思っているよ」

「そのことはもういいと言ったではないですか。帰るたびに聞き飽きました。それに、私は二人に感謝しているのです。お嬢様と出会わせていただいたことを。彼女に仕える喜びが、いまの私にとっての生き甲斐なのですから」

「ではキミ自身の幸せはどうなる? 女として生まれて、主人に仕えることだけがそれでは報われないのではないか?」


 母の言葉に、それは違うと首を横に振りました。


「手紙にも書いたけれど、キミには見合いの話がいくつもきてるんだ。アッシュベリー家でもう十分役目は果たしたのだろう? そろそろ女としての幸せに目を向けてもいいのではないのかい?」


 小さく息をついて、私は静かに口を開きます。


「私の幸せは、お嬢様とともに在ることです。それ以上の幸せなど、私には存在しません。ですので見合いの話はお断りします。結婚などする気はありませんから。と、それを今日は伝えに来ました」


 母の顔を真っすぐに見返すと、一瞬だけ物悲しそうに眉尻を下げました。しかしすぐさま厳しい目つきとなり、私の双眸を刺すように睨みつけてきました。

 その深い紺碧の瞳は、真意を探るように目の奥を見据えてきます。


「キミの想いは届くだろう、でも決して報われないものだ。それは理解しているのかい?」

「報われないことなど何もありませんよ。お嬢様のお傍にいられることが幸せなのですから。それに私は身の程くらい弁えています。例え報われなかったとしても、それ以上を望むべくもありません」

「そういう立場的なことを言っているんじゃないよ。ボクが言っているのはその恋心のことさ。気付いているんだろう?」


 全てを見透かすように冷たく、そして厳然な眼差し。はっきり言って苦手です。体は震え、逃げ出したくなるくらいに怖いです。

 ですが、私はその眼から逃げることはできませんし、したくもありません。

 私も母の目の奥へ誠意を込めた眼差しを叩きこむように、負けじと目力を上げました。


「この感情が恋なのか、私には正直分かりません。なにせ物心ついた時から館でメイドをしていましたから。旦那様と執事以外、まともに男性など知りませんでしたし」


 皮肉を言うつもりはありませんでしたが。それを口にした時、わずかに母の瞳が振れました。

 本当に、いつまでだって気にし過ぎる母親です。


「ですが、恋だというのなら否定はしません。胸の高鳴る感覚も、一緒にいる時の安らぎと幸せも、そうだと言われれば確かに納得も出来るからです」


 じんわりと広がっていくお嬢様との記憶が、心を満たして目頭を熱くさせました。

 いつだって優しいお嬢様。私に笑顔と幸せをブーケのようにまとめて届けてくださいます。

 この十五年、言葉では語り切れないほどの思い出をたくさんいただきました。


「それを打ち明けたとしても、お嬢様は優しいからきっと聞き届けてくださるでしょう。ですが、私の想いが叶わないことは理解しています。それでも――」


 いつの間にか視界が揺らぎ、一筋の涙がゆっくりと頬を伝うのが分かりました。悲しいわけでもないのに、不思議な気持ちです。

 そして、視線の先で母も涙していることも。


「それでもキミは、お嬢様の傍らに在り続けたいと。そう言いたいんだね……」


 言葉を引き継ぐようにして告げた母の唇はわななき、声も震えていました。

 鋭かった目つきもいまは目尻が下がり、優しくもあり憐れんでいるようにも感じられました。


「はい。お嬢様の後ろについて共に歩きたい。お嬢様の笑顔を、お傍でずっと見ていたいのです。お嬢様と共に在り続け支え続けること、それが私の忠誠ですから」


 私の意思を聞き、母はその想いに感じ入るようにしてそっと瞼を閉じました。

 その拍子にこぼれた涙の雫が、テーブルに落ちて弾けます。「そうか」そう呟いて目を開けた母の瞳は、褒めてくれた時のように優しいものでした。

 ふと懐かしさと切なさが去来し、潮騒のように胸をさざめかせます。


「キミの想いは解ったよ。別に意地悪を言うつもりはなかったんだ。ただ、キミの意思を確かめたくてね。気を悪くしたのなら謝るよ。すまないね、ベティ」

「いえ。私もちゃんと話せてよかったです」

「ボクの娘ながら見上げた精神だ。まさしくアガペーだね」

「そんなに大層なものではありませんよ。不朽不変であることに変わりはないですが」

「いや、それは誇るべきことだよ。そこでみっともない顔を晒している人もそう思うはずだ」


 ティッシュで涙を拭いながら母がそちらへ目配せしました。そこには鼻水を垂らした、言葉通りのみっともない顔をした父の姿があったのです。


「あなた、発言を許可するから喋っていいよ」

「ありがとう、ありがとう。うぅううう、ベティ、ベティ。お前はなんていい子なんだ。僕の自慢の娘だよぉおおおお」


 ズビズビと鼻をすすりながら人目も憚らずに涙を流す父。准将らしさの欠片もありません。こんな姿は他人にも、ましてや部下の方にもお見せすることなど出来ませんね。……ですが、このようなみっともない姿を晒せるというのも、家族だからなのでしょうか。

 私がお嬢様の匂いで興奮してしまうのも、きっとそれ故なのでしょうね。


「いいからその小汚い顔を拭くんだ」


 母からティッシュを受け取った父は、激しく鼻をかみました。

 話も一段落といったところで、私は感じていた疑問をぶつけます。


「一つ聞いてもいいですか。手紙には毎度と言っていいほど煩いくらいに『見合い』の文字が躍っていました。どうして私をそこまで結婚させたいのかを」


 すると両親揃って黙りこみ、母はすっと父を見据えます。

 もじもじとし、父は言いにくそうにどこか躊躇いながらも口にしました。


「孫の顔がね、そろそろ見たいかなって思って」

「ああ、そんなことですか。断っておきますけど私は無理なので。期待するなら姉さんにでもしてください」

「ベティ、あれは奔放すぎるんだ。まず落ち着きがない。誰に似たのか知らないけどね」


 母はまるで他人事です。

 私には二つ離れた姉がいます。名はエステル。

 髪色は父に似て色素の薄い灰色。スタイルは母によく似ています。それだけならよかったのですが……。興味のあるものに突っ走る猫みたいな性格で、飽きたらまた別の興味へシフトするという、なんとも自由奔放な生き方をしている彼女。

 どう考えても、明らかに母の血を色濃く受け継いでいると思うのは気のせいでしょうか。そんなことを口にすればややこしいことになるので言いませんが。


「その内に姉さんも落ち着く日が来るでしょう。そうなれば、気付いた時には自然に結婚していそうな気もしますが」

「それはいつになるんだろうね。そういえばシアンだったか。彼はどうなんだい? 同じ使用人仲間だろう?」

「シアンさんですか? 彼は私のライバルですよ。ちなみに好敵手と書きます」

「そういう意味じゃないよ」


 母は分かっていないな、と言わんばかりに肩をすくめてため息をつきました。


「男としてってことさ。彼じゃダメなのかい?」


 その口振りから、なるほどと思いました。どうやら孫の顔を見たがっているのは母も同じのようです。しかしシアンさんですか。考えたこともありません。それに……。


「シアンさんはダメですよ。あの人もお嬢様のために存在している身ですから」

「そうなのかい? 写真を見た限りでは意外とお似合いだと思ったんだけどね」


 そもそも執事とメイドがくっつくなど、どこの世界のお話ですか。……まあ、主人と執事がくっつくような話も聞かないわけではないですけれど。


「でもまあ、無理強いはもう出来ないね。理解を口にしてしまった」

「後悔していますか?」

「いや。それがキミの忠誠なら、ボクたちは応援するだけだ。頑張りなよ、ベティ」

「はい、命を賭してでも」


 すると父が急にシャツの袖をまくり、グッと力こぶを作って笑いました。


「よーし、今夜は僕がとっておきのディナーを御馳走するからね! 手に塩を振ってね!」

「それを言うなら手塩にかけるだし、腕によりをかけるの間違いだ。手に塩を振ったら食材が塩辛くなるだけだろう? というかあなた、勝手に発言するなと言っているだろう」

「あっ……、ぁあああああい! イエスマムッ! ってこれ、まだ続けるのかな? さっき許可してもらった気がするけど……僕の気のせいか?」

「気のせいだ。それに、あなたがやりたいと言い出したんだろう。まったく」


 こめかみに手をやって、ひどく疲れたように頭を振る母。「そうだったかな?」と惚けた様子で尋ねる父を見ていて、思わずくすりと笑みがこぼれました。

 この親にしてこの子あり、とは思われたくはないですが。相変わらず楽しい両親です。

 どちらが言い始めたと軽い口喧嘩に発展した二人を横目に、私は窓の外へ視線を転じました。

 春風に庭木の梢がざわめき、やわらかな日差しが影を落とさせては、芝の上に複雑な葉模様を描いています。

 ……今ごろお嬢様は、彼と二人でいるのでしょうね。

 心配などしていませんが、少し不安に思うこともあるのでした。

 杞憂ならいいのですが。

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