第三話 すれ違う気持ち
/シアン -6
お嬢の誕生日から二日後。四月二十二日、夜。
夕食を終え、お嬢はいつものように小休止にとリビングでくつろいでいた。俺は少し離れたテーブル椅子に腰掛け、その様子を優しく見守っている。
やわらかい暖色の明かりに照らされた部屋には、高級な家具や調度品の数々が置かれている。
壁には歴代当主の肖像画が飾られ、初代の上の壁面にはアッシュベリーの紋章が掲げられていた。落ち着いた白と黒のモダンな内装の中、先祖代々の大切な物を保管しているヴィンテージのショーケースが、この家の歴史の重みを感じさせる。
このような重々しい物に囲まれていても、お嬢は花のように誇らしげにそこに在る。やはりいるだけで華やぐのだ、うちのお嬢は。
ソファーでテレビを見るそんな主人のもとへ、日課である紅茶を給仕するベアトリス。
カップを乗せたソーサ―を手にし、ポットから細く長くお茶を注ぐ。一連の動作が流れるようで、いつも見ていて感心することの一つだ。
俺も学校で習ったが、サーブすることにおいてはベアトリスが圧倒的に上だ。悔しいが美しいといっても過言じゃない。
「ありがとう」
お嬢の言葉に黙礼をして、ベアトリスは俺のところまでやってくる。ティーセットを乗せたトレイを目の前に置き、「飲みたければどうぞ」とそっけなく言ってお嬢のもとまで戻っていった。
まあ、ベアトリスに注いでもらえるとは思っていなかったけれども。
仕方なく俺も自分のカップに紅茶を注ぎ、香りを楽しんでから一口含む。
芽吹くように若々しい香りと、みずみずしい風味が爽やかに鼻から抜ける。ダージリンはファーストフラッシュならではの清涼感だ。
と、お嬢の傍らに控えるようにして立つベアトリスが、少し遠慮がちに切り出した。
「……お嬢様。突然のことで大変申し訳ないのですが、今週末の土日にお休みをいただけませんか?」
「ベティが休みが欲しいなんて珍しいわね。なにかあったの?」
「いえ、別に大した話ではないのです。ただ、私がぜんぜん帰ってこないと父が泣いて寂しがっていると、母から手紙がありまして。日曜には帰るつもりでいるのですが」
「そうなんだ。いいわよ別に。普段からお世話になってるし」
「お世話だなんてそんな。もったいないお言葉です」
「この際だから、今週の土曜日は完全なオフにしましょうか。みんなも館の仕事は休んで」
週末の土曜日を休日にするという突然のお嬢の言葉に、使用人たちは皆戸惑いの表情を浮かべている。普段している館の仕事は、家を綺麗に保つために必要な仕事ばかりだからだ。
完全なオフはなかなかないにせよ、半日の休みやそれぞれ交代などで工夫して休んではいる。
今まで毎日のように行ってきた仕事を急に休めと言われると、やはり困惑してしまうのだろう。その気持ちは分からないでもない。きっと持て余すのだ、時間を。
それを進言しようと口を開きかけたその時、お嬢が俺に振り返った。
「もちろんシアンも休みだから。一日好きにしていいわよ」
しかしお嬢がそう言うのなら、それに従うのが筋というものだろう。せっかくの厚意なのだからと、使用人たちも納得したようだった。
俺自身は野に放たれるような気分だが……。
いずれにせよ、せっかくの休みなのだから、なにか有意義に過ごせることを考えないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます