/シアン -5.1

 八日後。四月二十日はお嬢の誕生した日。十七歳のハッピーなバースデーだ。

 と同時に俺にとっては、この世にシエル・アッシュベリー様がいることの幸せを最も感謝する日でもある。もちろん普段からそう思っているが、誕生日となればさらに特別だろう。

 俺だけじゃなく、館にいる使用人ならきっと皆そう思っているはずだ。


 みんなから贈るプレゼントは、この日のために予約した一メートルくらいのテディ。ミルクティー色をした滑らかな毛並みを持つ、つぶらな瞳のクマさんだ。

 寝る時の抱き枕にしてもいいし、普段抱っこしている時のお嬢を想像したら二人して悶えたためにこれに決めた。

 予約時に足の裏のネームも入れてもらうことにし、実物はお嬢が学校から帰ってくる少し前に届いた。

 お嬢を祝う誕生日ディナーの前に、それらのプレゼントは渡されたのだ。

 個人的なものとしては、カットの綺麗なグラスだったり、刺繍のハンカチだったり。アロマキャンドルにレアなポストカードセットだったり、宝石箱のような小物入れだったりと。それぞれの趣向が凝らされていて感心した。


「みんなありがとう。大切に使わせてもらうわね」


 お嬢から礼を受けた使用人たちは、皆一様に笑顔の花を咲かせている。

 ベアトリスはというと、控えめにおずおずと小さな紙袋を差し出した。女の子らしくカラフルで可愛らしい包みだ。らしからぬ、とはさすがに茶々をいれない。


「ベティ、ありがとう。開けてもいい?」

「はい。気に入っていただけると嬉しいのですが」


 緊張した面持ちのベアトリスに微笑んで、お嬢は楽しそうな顔をして袋を開ける。そして中からプレゼントを取り出した。

 入っていたのは、おしゃれなピンクのボトルに入った香水と髪に結ぶ藍色のリボン。それと手の込んだ銀細工の髪飾りだった。


「これって……」

「お嬢様は口には出さないですけど。雑誌を見ていた時によくそれらの場所で目を止めていらしたので。だから私がプレゼントして差し上げようと思ったのです」

「ありがとう。大切にするね」

「いえ。喜んでもらえて私も嬉しいです」


 珍しく頬を染めて礼を受けるベアトリス。

 相手を思いやり、相手の行動を観察し欲しいと思っていた物をプレゼントする。それは近くにいたからこそ出来た贈り物だろう。

 だが、さすがベアトリスだなと称えざるを得ない。今日ばかりは好敵手ではなく、仲間として賛辞を送りたい。

 大事そうにプレゼントを袋へしまうお嬢を見て、最後は自分だと自らを鼓舞し一歩進み出る。


「お嬢、俺からのプレゼントです!」


 ベアトリスと町へ出てから四日かかって、ようやく決めることが出来たお嬢へのプレゼント。

 俺もお嬢を想い、少々やりすぎかもと思いながらも、やはりこれにしようという考えに至ったのにはきっかけがあったからだ。

 後ろ手に隠していた、花々がプリントされたビニール袋を差し出す。


「シアンもありがとう」


 そういって受け取ってくれたお嬢。その一言だけで幸せになれることが幸せだ。

 しかし手にした瞬間、毎年贈るガラス細工とは重さが違うことにすぐに気付いたようで。


「ちょっと重いわね。今年はグラキエースじゃないんだ?」

「はい。今年は俺もちょっと趣向を凝らしてみました」

「なんだろう、想像つかないけど」


 期待と不安交じりのお嬢の手が袋の中へ入れられ、首を傾げながら中身を引き出す。


「…………なにこれ?」


 目をぱちくりと瞬かせるお嬢が手にするのは、ベルトのような輪っかとそれに繋ぐ長い紐。


「いわゆる首輪とリードですよ」

「いや、それは見れば分かるんだけど。いや分かんないのはなんで首輪とリードなわけ?」

「前にお嬢が俺のことを愛犬でもいいと言ってくれたので。俺はお嬢にとってのわんこなわけで。だったらこれしかないのかなと」

「それってつまり、わたしへのプレゼントじゃなくて、実質アンタ自身へのプレゼントになるんじゃ……」

「あ、それは確かにそうなるかもしれないですね! いま気づきました。毎年同じでは飽きるかなと思って趣向を凝らしたつもりなんですけど、気に入りませんか?」

「なるわけないでしょ! ていうか趣向凝らし過ぎよ、斜め上に!」

「なんなら、俺とのお散歩の時に着けてくれても――」

「わたしにそんな趣味はないわよっ!」


 俺はお嬢の愛犬なはずなのに、どうしてかお嬢は怒っている。犬といえば首輪とリードだろう。まあ、そんなものなくても俺はお嬢の傍から離れるつもりはないが。

 しかし困った。


「はぁ……」


 と、気疲れしたようなお嬢のため息が聞こえる。これはそこまで怒っていない調子だ。


「まあ、これはこれで使えるから、一応受け取っておくわ」


 言うと、脇の椅子に座らせていたテディに首輪を着け、そしてリードを引っかけた。


「ほらね。こうすれば無駄にならないし、意外と可愛いんじゃない?」


 たしかに可愛いらしいが、それは俺に対して言ってほしかった。なんて、ぬいぐるみに嫉妬するのは間違っているだろうか。お嬢の喜ぶ顔が見たかったのに、まさかぬいぐるみを喜ばせる羽目になるなんて想像だにしなかった。

 いつもならお嬢との会話を楽しみ、愛らしいその顔を眺めて過ごすはずのディナーなのだが。

 この夜は、勝ち誇ったような憎たらしい笑顔に見えるテディに、終始睨みを利かせていた。『それはお前にプレゼントしたわけじゃない』

 そんな思いを知ってか知らずか、クマはなにも言わずにすっとぼけた顔をして、お嬢の傍らに在り続けたのだ。


 翌日。やはり納得できなかった俺は、ちゃんとしたプレゼントを買って渡した。

 ガラス細工のグラキエース。その動物シリーズの『犬』だ。

 そしてついでに飾れる台座も一緒に渡すと、お嬢は戸惑い半分嬉しさ半分といった顔をして、「ありがとう、シアン」と微笑んでくれた。

 見たかったお嬢の笑顔が、心を温かな気持ちで満たす。

 奇を衒わなくてもよかったのだと反省するとともに、この笑顔を絶対に守っていくと、改めてそう強く心に誓ったのだった。

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