「最後のスタンプ」

『眠い…眠いよお。』


崩れた人形の額にはマークが浮かび、

それを僕らがキューブで押せば、

すべてが終わるように思えた。


ユウリも、やっちんでさえも、

僕と同じ光景を見ていた。


全員がうつむき、黙り込んでいる。


…そうだろう、こんなこと。

こんな悲しい結末があろうか。


キューブを通した

知的生命体は彼女を見逃さなかった。


これはある種自分たちの不始末でもあり、

撤退するとなれば当然のように彼女を始末するしかない。


僕は空を見上げる。


それは、僕らがクジラのナンバーずを

倒した時と同じ光景。


キューブが全てを見捨て、

惑星の生物が何一つ生き残れない世界。


ここから先に未来がない限り、

キューブはすべての文明の記録を取り込むはずだ。


それは、目の前のでさえも例外ではない。


『あ…あ…』


老婆の…いや、少女の声にもならない声。


それは完全なる幼児退行の姿であり、

死にゆく前の吐息のようにも聞こえる。


「おい、マサヒロ!」


「マサヒロくん!」


でも、ここで退くわけにはいかない。

僕は、終わらせねばならない。


そうして僕は歩き出す。


…正直、悔しかった。


ここまで苦しんでいる人に対し、

こんなことしかできないことが悔しかった。


もっと早く、彼女を救えなかったのか。

こんな事態になるまでに何かできなかったのか。


でも、この時間軸では、

それは叶わない。


この最後の時間では叶わない。


だから、僕は…


そして、僕は目の前の人形の元へと向かい、

文様の浮かぶ額に向けて思い切りキューブを押し付ける。


この先の未来のために、

残りわずかな賭けに出るために。


その時、崩れ落ちたアリーナのガレキの中に、

人の腕が出ているのが見えた。


離れたところに、

小さなサングラスが落ちている。


その腕には、一台のギターが

つかみ取られているのが見えた…

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