「遺言」

白くぼやける視界の中、

老婆の呼吸音だけが聞こえる。


ゼー、ヒュー…


「彼女が親戚なことはわかりますけどね、

 店舗の始末なんかどうしたらいいか…」


ゼー、ヒュー…


「とりあえず、薬の投与を継続してください。

 お金はこの人の年金から落としておけばいいですし、

 なんとかそれまでに書類のめどはつけますから。」


ゼー、ヒュー…


「クッソ、なんで俺たち親戚ってだけで、

 こんな面倒な、お荷物抱えちまったんだよ。

 今時古臭い駄菓子屋なんて流行らねえし、」


ゼー、ヒュー…


そこに、わずかだが青い光が灯る。


『…マイコさん。聞こえますか?私です、

 子供の頃に、最初にコンタクトをとったキューブです。

 あなたの元へ来れるほどに技術が発達しましたので、

 少し、お邪魔させていただきました。』


ゼー、ヒュー…


老婆の目がうっすらと開き、

周囲を見渡す。


でも、そこには誰もいない。


『あなたの使っている医療器具のシステムにアクセスして、

 この音声を流しています…その後、どうですか?』


ゼー、ヒュー…


『ああ、無理に話さなくても構いません。

 こちらで脳波を読み取って言語に変換できますから。』


すると、老婆の横にある計器がジジっと音を立て、

老婆よりもかなり若い女性の声が流れてくる。


『あ…私、話せる。』


『そうでしょう、そうでしょう。

 これも我々の技術が社会を向上させた結果です。』


どこか、得意げな計器からの知的生命体の声に、

老婆はしばらく黙り込む。


『あの後、我々は企業に接触し技術を提供することで、

 生産性の向上、技術の躍進…貧困解消までには

 まだ、手が届いておりませんが社会をうるおすことができました。

 ついては、その先駆けとなったマイコさんに感謝し、

 ささやかながら願いを叶えようと思い…再び参りました。』


『…願い事?』


女性の声は今や少女の声へと変わり、

幼い声は誰もいない病室に響いていく。


『そう、どのような願いでも結構です。』


…その時、老婆の中を

過去の思いが駆け巡る。


辛いこと、悲しいこと、

大変な目にあった人生。


貧しい生活。

暴力を振るう父親。


激動に身を任せ、

すり減った人生。


…でも、それでも、

感謝をしなければいけないのだろう。


老婆はそう考える。


…生きてきたのだから。

いや、自分は生かされてきたのだから。


母親に髪を引っ張られ、

死ぬまで苦しんで生きろと

言われたことを思い出す。


…これからも、この先も、


そう、薬を打たれ、親戚の都合のために、

無理やり生かされている今の立場であろうとも、

自分は我慢を強いられながら、苦しみながら、

命の続く限り生きねばならないのであり…


『…て。』


最初に漏れたのは、小さなつぶやき。


『ああ、聞き逃してしまいました。

 もう一度お願いいたします…どういたしましょうか?』

 

再度、知的生命体が聞き返す。


『…全てを、壊したい。』

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