「校舎の非常階段にて」

「…それにしてもスタンプラリーの目的ってなんだろう?

 パソコンの中にいた知的生命体の話では、

 自分たちは人の役に立ちたいとしか言ってなかったじゃない。

 このスタンプラリーと、どう繋がっているのかしら?」


階段の手すりから、

足だけを出してブラブラさせるユウリ。


僕もその後ろに立ちながら、

彼女の言葉に静かにうなずく。


時刻は夕方過ぎ。


赤い太陽が土手の向こうに

沈んでいくのが見える。


…翌日、三連休が終わり、

僕らはいつもの通り学校に通っていた。


ヨシノスケさんを追っていた僕らだったが、

次に曲がった角で彼を見失ってしまい、

仕方がないので研究室に戻ってやっちんと合流し、

一時間ほどしてからキヨミさんに勧められるままに帰宅したのだ。


「…キヨミさん、ヨシノスケさんのことも心配してたね。

 結局、しばらく待っても帰ってこなかったし。

 データはそのままパソコンにあるから、あれを持ち出せば、

 知的生命体とまたいつでも会話ができるんだよね。」


夕日に照らされたユウリの顔はほんのりと赤く、

後ろで結んだポニーテールも赤みを増す。


…そう、僕も同じことを考えていた。


キヨミさんが断りを入れた瞬間、

パソコンにいた知的生命体は言葉を発しなくなった。


だが、言葉を発しなくなっただけで、

本当はパソコン内にずっとひそんでいたのではないのだろうか。


そして、それを薄々感じていたヨシノスケさんが、

再び知的生命体とコンタクトを試みようと考え、

隙をついてパソコンを持ち出した…


「ヨシノスケさん、会社で苦労している感じだったものね。

 きっと成果になるものが欲しかったんだよ。

 今回の件で会社に認められるものが欲しくて、

 それで持って逃げちゃった…でも、そんなことしても、

 取り上げられて企業の成果にしかならないだろうに。

 …ヨシノスケさん、なんだか可哀想。」


シュンとしながら、

そうつぶやいてユウリは立ち上がる。


「…ところで、ねえ、覚えてる?

 私があなたとやっちんに相談した日のこと。

 昼休み、ここの非常階段で最初に私から話しかけたんだよね。」


そう言って、階段をトトンと

可愛らしく降りていくユウリ。


「懐かしくない、もう九日目になるんだよ?」


…九日?


僕は、その言葉にほんの少し違和感を感じ取りながらも、

揺れるユウリのポニーテールについていく。


「なんで私が二人にお願いしようかと思ったかというとね、

 初登校の日、最初に声をかけてくれたのがあなた達だったからなの。

 近所のことならなんでも教えてやるぜってやっちんが言って、

 マサヒロくんは何も言わなかったけど…なんか頼りになる感じがして、

 それで、二週間目につい案内を頼んじゃった。」


振り向きざまにコツンと頭を叩き、

ペロリと舌を出すユウリ。


「ごめんね。図々しかったよね?」


…うーん、困った。

めちゃくちゃ可愛い。


そんな仕草をするユウリの後ろに、

鬼の形相でキューブとスマホを持って

仁王立ちしているユウリよりかは、

断然可愛い感じがする。


そして、後ろのユウリから、

極寒のごとく冷たい言葉が流れ出した。


「…あんたら、何してるんかね?」


その言葉に、

明らかに固まる可愛いユウリ。


『…あ、本物。』


そして、驚く姿もなんか可愛い目の前のユウリは、

途端にボンッという派手な音とともに木の葉を撒き散らし、

次の瞬間にはミニスカートの狐耳と尻尾を持つ、

巫女さんスタイルの可愛い着ぐるみ(?)になっていた。


『あーあ、もうちょっとで下につき落とせたのに。

 でなければ喉笛を噛み切れたのになあ。』


尻尾をゆらゆらとさせながら、

残念そうにスカートの裾を直して僕を見る狐さん。

その顔は美少女で、なんというか…かなり可愛い。


そして気がつけば、そこはビルの非常階段であり、

僕があと数歩進めば、段の切れたところから、

数メートル先の地面に叩きつけられるところだった。


『ま、あと一人いるし、

 追っかけてくうちにまた会うさ…じゃあね。』


そして、タンっと手すりを飛び越えて、

ビルの階下へと消えていく狐さん。


ビル壁を見ると社名のロゴが見え、

ここが研究施設だということがわかったが、

具体的にどういう場所であるかまではわからない。


今までは、電車の中でも、施設でも、

そこにいればどんな場所か把握できたはずなのに、

この建物は僕らの記憶にある感じはなく、

位置の把握などは難しいように思われた。


「『衣借いかりキツネ、ナンバーず1の可愛い癒し系、

 広範囲の幻覚中に趣味で身の上相談と未来予知をしてくれるが、

 たいがい話し終える前に相手は罠にはまるか喉を噛み切られる。』

 …とっとと行きましょう。」


そう言って、先陣切って歩き出すユウリは、

恐ろしいほど勢い良くドアを開けて中に入り、

後に続いてドアノブを握った僕はヒヤヒヤしつつ、

人気の無い廃墟ビルを歩いていくほかなかった…


  

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