「隕石とぬいぐるみの部屋」

店舗の裏。


それは、どこにでもあるような

普通の家屋だった。


「古い家だね。コンクリートから雑草さえ生えてる。

 だーれも手入れをしなかったようだねえ。」


周囲を見渡したキヨミさんは、

おもむろに引き戸に手をかける。


すると鍵もかかっていないのか戸はするすると開き、

キヨミさんはそれを見て渋い顔をした。


「…田舎なら、こういう家もままあるけどね。

 老人の一人暮らしのくせに防犯も何もないじゃないか。

 入院したばあさんの家族は何をやっているんだか。」


そうして「念のため」と言い訳し、

キヨミさんは「ごめんください」と、

声をかけてから中に入る。


「…誰もいない。まあ、家主がいないんだし、

 数日前に入院したのだから中も綺麗だろう。

 よし、ちょっと覗いてみるか。」


そう言って、キヨミさんは靴を脱ぐと

盗っ人たけだけしく玄関を上がる。


…あー、裏手が山の斜面で本当に良かった。


僕は目の前に見える

竹やぶを見てそう思う。


じゃなかったら近くの住人に見つかって、

不法侵入で捕まっていたところだろう。


と言うか、人の家に勝手に入っている

時点でキヨミさんも悪い大人。


僕もやっちんも低学年の頃には結構いろいろしたが、

キヨミさんの行動力には舌をまくものがあった。


そうして歩き回るも、台所も、居間も、

怪しいものは見当たらない。


玄関に置いてあった小さな金魚鉢が空なのは、

家族の誰かが持って行ったためだろうか。


やっちんがそんな金魚鉢を見てびくりと体をこわばらせ、

ユウリがその様子にクスリと笑う場面もあった。


…家族といえば、僕はあのヒッピー風の

おじさんのことを否応いやおうなしに思い出すが、

店舗内を含めてもその姿は影も形も見当たらない。


「あの、もう帰りましょう。

 僕にも用事があるので…」


「ああ?」と、キヨミさんは半ば脅すように、

ヨシノスケさんを見る。


「なにを今更の話をしているんだい、

 一緒に入っている時点でヨシノスケも共犯だからね。」


その言葉にヨシノスケさんは

「ひえっ」と縮こまる。


その時、やっちんが何気なしに開けた

襖の先の部屋を見て「あっ」と声をあげた。


「なあ、キヨミさん。あれじゃねえの?

 なんか青く光るものが見えたんだけど。」


「え、ホントかい?」


ついで入っていくキヨミさんに続き、

僕もユウリも部屋を覗く。


…そして、僕らは見た。


カーテンの閉め切られた暗い部屋。


額縁に入れられ、壁に飾られた、

昔のものと思しき新聞記事の切り抜き。


部屋に敷き詰められた

異様な数のぬいぐるみの群れ。


そして、衣装箪笥いしょうだんすの上にある

やや大きめのガラスケース。


…元は別のものが入っていたのか、

不釣合いな大きさのケースの中に、

見たことのある青い石のかけらが手作りと

思しき人形用の座布団の上に鎮座ちんざしていた。


「なんだいこりゃあ。」


キヨミさんは足の踏み場もないほどの

ライオンやネズミのぬいぐるみを避けつつ、

石の元へと向かっていく。


犬に、猫に、猿に鳥。


小さなものは手のひらサイズから、

大きなものは部屋の角を占拠するほど。


それらは、詰め込まれるだけ詰め込まれた、

ぬいぐるみ専用のおもちゃ箱のように思えた。


それらをかき分け、キヨミさんは腰につけたポーチから

小さな懐中電灯を出すとケースの中の石に当てる。


「間違いないね、これは同じ鉱石だ。

 壁にある新聞は…ヨシノスケ、ちょっと来な。」


「え、はい。」


ぬいぐるみのいくつかを蹴っ飛ばしつつ、

ヨシノスケさんも一緒になって新聞に目を通す。


「…これって。」


そこで、キヨミさんはニヤリと笑った。


「ここにきたのも無駄じゃあなかったようだね。

 ヨシノスケ。この店のばあさんは、

 過去に流れ星騒動に関わった人間のようだよ。」

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