第12話 ウエディングケーキ(マカロン)
シロネとの結婚式は村にある教会にて行われる事になった。
祭司を巫女さんが務め、村人の全員が参加した。
「豪華な宿に滞在さて貰うだ。一晩くらいなら俺たちで魔物の監視を受け持ちますよ」
カイトと名乗る村を訪れた冒険者たちのリーダーが提案してくれて、村長たちはそれを受け入れてくれたのだ。
「本日は、リュミエール教式で行わせて頂きます」
村の教会は、どんな宗教にも対応可能様に質素な造りをしている。
今回は俺を異世界に呼んだ神様たちを信仰する『リュミエール教』と呼ばれる宗教の方式で行われる事になった。
急ぎで作られた祭壇の横に巫女さんが立ち、正面では自分がシロネの入場を待ち構える。
「新婦入場!」
ウエディングドレスに身を包んだシロネが妹さんと共にやって来た。
「シロネ。やっぱり、君によく似合っていて綺麗だよ」
「はい、ありがとうございます……」
「椿さん、お姉ちゃんをよろしくお願いします。お姉ちゃんも頑張って!」
そう言って妹さんは、最前列の席へと腰を掛けた。
「オホン。それでは、新郎『椿』。新婦『シロネ』。あなた方さんは神々の導きによって出会い、夫婦になろうとしています。汝たち、健やかなる時も病める時も喜びや悲しみを分かち合い、そして、富めるときも貧しいときもこれを愛し敬い、共に助け合いその命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「「誓います」」
「それではお二人共、内容に問題無ければ契約書にサインして祭壇へ」
巫女さんから同じ内容が書かれた羊皮紙を2枚渡され、お互いにサインしてから祭壇へと置いた。
すると祭壇が一瞬、"ピカッ"と光ったかと思うと羊皮紙は消え、代わりに一対の指輪が置かれていた。
「「えっ?」」
「なるほど。契約書と引き換えに指輪になるのか。後は、コレをお互いに付ければ良いのかな?」
「「「えっ……えぇぇぇっ!?」」」
皆から驚きの声が上がる。
どうやら想定外の出来事が起きている様だ。
「騒ぎが聞こえました! 何か異変でもーー」
「何も起きてません! 椅子が壊れて驚いただけです!!」
「ええっ、なので問題有りません! 引き続き巡回宜しくお願いします! それでは!!」
巡回中だったであろう冒険者が、村人たちの叫びを聞き付けてやって来たが、猛スピードで扉に向かった村長親子が誤魔化す様に矢継ぎ早に伝えて"ピシリ"と戸を閉めた。
「ふう〜っ、危ない。椿さんたちが使徒様だとバレずに済んだ」
二人の行動は俺らを心配しての事らしい。
「別にバレても……」
「彼らに湖畔消失と大地の再生を問い詰められますよ?」
「もしくは、その危険性から国に身柄を拘束されるかも?」
「今後共、絶対にバレない様にするぜ!」
大地の再生はまだしも、一瞬とはいえ湖畔が消失した件は俺のやらかしなので謝るしか出来ない。
しかも、色々と他へ影響が出ていそうで怖いのだ。
「あの〜っ、椿様。この指輪はどうしましょう……?」
巫女さんの困った声で現実問題に引き戻された。
「本来、そういう物じゃないの?」
「普通は羊皮紙が消えるだけで終了なのですが……」
つまり、羊皮紙が消えた後に指輪が現れたのは完全なイレギュラーという事か。
さて、どうした物かと手に取っているとレオが近くに飛んできた。
「あ〜っ、椿。神様から伝言がきたわ」
「えっ、何て?」
「神様から伝言。『結婚おめでとう。転移早々にトラブルを押し付けてゴメンね。シロネちゃんにも迷惑掛けたから結婚指輪をプレゼントします』。だってよ。軽く鑑定して見たけど、一瞬のマジックアイテムみたいだから有り難く貰っておきな。お前の所の風習だと指輪の交換も珍しくないだろ?」
「確かに。なら、有り難く頂きますか。どう感謝を伝えればいい?」
「祭壇の前で祈れば多分届く」
「多分かい」
とりあえず、レオの言う通りシロネとの指輪交換を行い、二人で祭壇に感謝を告げたのであった。
ちなみに、キスもしようとしたのだが、人前を恥ずかしがったシロネに却下されてしまった。残念。
その分、夜には存分にする事を心に誓うのであった。
結婚式を終えて、披露宴は奥様方が持ち寄ってくれた料理で食事会の予定であったが、
「椿様に感謝を!」
「「「多量の酒をありがとうございます!!」」」
実は、時間がかなりあったので、発酵の能力でリキュールを生み出す事に挑戦してみた。
その過程で生まれた数々のお酒たちをそっと提供したらこの状態である。
「まぁ、水がなかったんだ。酒も有る筈がねぇ。だから、久々に飲めて嬉しいのだろうさ」
「なるほどな」
「だが、それよりも重要な事を忘れてないか?」
「重要なこと?」
「あぁ、そうだ! 結婚式が終われば披露宴。披露宴といえば当然……」
レオは真剣な面持ちで目を瞑り、かっと開いたかと思うと。
「ウエディングケーキだよな! 当然、用意してるよなっ!なっ!なっ!」
めっちゃ近くまで寄ってきて、ケーキの催促を始めた。
「はいはい、分かってますよ。この日の為にちゃんと用意したもん」
「なら、早く出せよ! 披露宴と言ってもただの宴会だから問題ないだろ!!」
「椿さんの手作りケーキですか? 私も食べたいです!」
レオの催促よりシロネの笑顔に押されて、直ぐに用意へ取り掛かった。
「『アイテムボックス』」
手に白い正方形の結晶をした箱が現れた。
空いた手をテーブルに翳し、出て来いと念じると。
「来い! ウエディングケーキ!!」
テーブルの上が光り輝き、カラフルに彩られたウエディングケーキが姿を現した。
「こっ、これは、マカロン!!」
「いや、注目するのそっちかい! まぁ、マカロンでデコレーションしたのは俺だけど……。ついでに言うとレオが見付けたクチナシがコレになりました」
「あぁっ、俺が森で見付けてきた奴か!」
話は数日前に遡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「結婚式するなら披露宴にウエディングケーキは当然って、レオが絶対催促するよな? 俺的にも賛成だし、どんなのにしようか?」
キッチンカーのオーブンでは、作れる生地のサイズに限界がある。村で焼き釜でも借りれば作れなく無いが見た感じ無さそうだし、俺の技術的にも難しいだろう。
「それに彩りの事もあるな」
生地に真っ白なクリーム。真っ先に思い付くのは、そこへフルーツで飾り付けを施すこと。
しかし、自然が戻ったとはいえフルーツの入手は難しい。幾つか食べれる木の実を見せて貰ったが、甘さに欠けていた。
「でも、彩りや香りは良いんだよな……」
なら、別の物で彩りを用意するのはどうだろうか?
「そうだ。木の実や花を潰して煮出し濃縮すれば着色料に……」
そして、思い至ったのがマカロンであった。
「食紅は紅麹赤だったよな? 発酵の能力で生み出せないかな? 他も試して見ないと分からないな」
その後、試行錯誤の末、何故か出来た紅麹赤から『紅色』、抹茶はないので緑葉から『黄緑色』。
「おい、森にクチナシがあったぞ。コレ、何かにお菓子に使えねぇ?」
ふらりとやって来たレオが持ってきたクチナシの実。それからは『黄色』を生み出す事が出来た。
クチナシから皮膚に触れた汁が変色して青色になる様に『青色』も生成出来るらしいだが、混ぜてる物と処理方法が分からなく作れなかった。
「着色料は最低限揃ったし。始めますか」
マカロンに必要材料は、アーモンド粉、卵白、グラニュー糖、着色料。
まずは、アーモンドを砕き、粉末状になるまですり潰す。アーモンドプードルと言われるものが有るが、それはコレの事を指す。
材料が揃った所で作る工程は、『メレンゲに粉類を加えて混ぜる』、『マカロナージュ』、『絞りからの乾燥』、『焼き』以上の4つだ。
卵白にグラニュー糖を加えて湯煎で溶かし、しっかりとツノが立つ程に固いメレンゲにする。上に持ち上げて、たれなければ問題ない。
アーモンド粉を振るいながら複数回に分けて加え、ヘラでさっくりと混ぜる合わせる。着色料もこのタイミングで加える。
この時、ボウルを片手で回し、まんべんなくメレンゲを潰さないように混ぜるように心掛けよう。
メレンゲと粉類を混ざ合わせて馴染ませた次の工程。
マカロナージュと呼ばれるヘラやカードで生地表面の泡を潰すようにやさしく押しつけながらボウルを回します作業だ。
生地がやわらかくなってきたと感じたら、こまめに生地の具合をチェック。
持ち上げたヘラで生地がリボン状に垂れる位にトロッとやわらかくなればok。
生地を絞り袋に優しく入れて、垂直に構えて丸く生地を絞り出し、鉄板の底を軽く叩く。そうする事で生地は広がり、絞り出した部分が馴染んで目立たなくする事が出来る。
絞りが終わったら生地を30分程乾燥させる。
湿度が高い夏などの時期は、倍以上も掛かる事もあるので焦らず待機。
乾燥終了を告げるタイミングは、指の腹でそっと触れ、生地が指につかなければ問題ない。
事前に180℃ほどで余熱していたオーブンに熱が逃げない様に素早く入れ3分程加熱。
表面が固まりマカロン底面がフリルの様になってきたら一度オーブンの扉を開けて温度と湿度を逃がし、130℃で10分前後加熱。
オーブンの扉を少し開け、内部の温度を下げて3分程そのまま放置する。
その後、鉄板ごと取り出し、急激な温度変化はマカロンの形が崩れてしまうので、ゆっくりと常温で冷やしていく。
最後にバターへジャム等を加えて作った各種バタークリームを挟み込むと完成だ。
「でも、キッチンペーパーの代わりが魔法障壁ってどうなんだろう……」
まぁ、無いんだから仕方ないよね!
「ケーキは立体感を出す為に3段にして、このマカロンを貼り付け……」
そうして生まれたのが、このマカロンデコレーションのウエディングケーキなのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ケーキは当然ながらシロネと2人で切り分け、村人全員に配った。
それでも少し余った分は、外にいる冒険者たちに声を掛けて持って行って貰った。
「おっ、おっ、おぉーーっ!!」
配り終えて席に戻ってくると、木の実で頬を膨らませるリスみたいに、マカロンで頬を膨らませ感動する猫がいた。
「「あっまい〜〜っ!」」
レオとシロネはお菓子に夢中の様だ。
「はっはっは、男を掴むは胃袋と言いますが、胃袋を掴んだのは椿様の方でしたな。それ程までの一品。……私も食べてみたかった」
村長が物欲しそうにこちらを見てくる。
彼の手には、クリームの付いた皿と綺麗なフォーク。チラッと奥様の方を見るとその皿には真新しいケーキが乗っていた。
どうやら、彼女は旦那の分を奪ったらしい。
「悪い。余った分は冒険者たちにあげちゃった。今後共、仲良くしたいし」
町に行ったら冒険者登録しようと考えていたので、今の内に関係を築いておきたい。
「……そうですか」
そう言ってションボリした村長は自分の席へと帰って行ったのであった。
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