第11話 騒ぎの予感

 魔法って……ヤバいな。

 加減したつもりなのに木々が村中を飲み込んでしまった。


 しかし、絡み付いた木々は村人たちの手で解体された。

 その後、魔法による乾燥という長い工程を一瞬で終わらせ、今や立派な木材へと姿を変えたのだった。

 魔法が普及しているとはいえ、その手の専門魔法の使い手は少ないらしいのだがーー。


「まさか、村の特徴がここで活きてくるとは思いませんでした」


 運に恵まれたのか、大工や木材の加工を生業としていたこの村ではとても慣れ浸したんだ魔法らしく、子供たちですら習得済みであった。

 その為、乾燥は子供たちの仕事となり、大人たちは修復に専念出来る事になった。


「ーー以上で各家の補修は終わりました。一番被害の大きかった巫女様の家についてですが、湧いた温泉を整えて大浴場とし、天井の大穴は塞がずに補修後、露天風呂へと改装しました。それから余った木材ですが、町で売って村の資金にする事を考えています」


 シロネの家でレオと知識の共有や魔法の勉強を行っていたら村長がやって来て、そう報告された。


「露天風呂になったんだ……」


「オレ様が色々と助言したのさ。塞ぐよりはってね!」


「へぇーっ、そうなんだ。あっ、露天風呂はもう入れるのかな?」


 やはり、日本人として温泉は気になる所だ。

 この世界に来て知ったのだが、風呂というのはお金持ちの特権みたいなもので、庶民は桶やたらいに注いだお湯や水で体を洗うだけの様だ。


「ええ、もう大丈夫です。ツバキ殿たちが巫女様に伝えれば直ぐにでも入れてくれるはずですよ」


「よし、今から巫女さんの所に行ってくる!」


「俺は……遠慮しておくかな? ちょっくら用事があったんだった!」


「?」


 レオは何かを思い出し様に慌てて、その場を後にした。


「それでは巫女様への報告も有りますし、私も共に参りましょう」


 俺は村長を連れ立って巫女さんの屋敷に行く事にした。







「何か、凄い事になってた!!?」


 平屋であった巫女さんの屋敷は以前とは打って変わり、何処ぞのトンネル向こうにある旅館を彷彿とさせる様な2階建ての建物へと姿を変えていた。


「フッ、頑張りました!」


 サムズアップでニヤリと笑う村長。

 頑張ったからってこの短期間で出来るものなのだろうか?


 これも魔法のおかげ……じゃない気がするけど、突っ込んだら負けだと思い流す事にした。


「ちなみに、この建物を監修したのはレオ様です。何でも温泉付きの建物なら「『千と千尋の○隠し』だよな!」とのことでした」


「レオぉおおぉぉっ!」


 そんな気がめっちゃしてたけど、お前が原因か!


「それよりもよく巫女さんがこんな大規模改修許したね」


「なに、私の息子マナトを犠牲に……」


「犠牲!?」


「おっ、ほん!昔、マナトが巫女様との結婚について「満更でもない。子供はたくさん欲しいな」と言っていたので、それを彼女に伝えて後押ししただけです。そしたら2人は恋仲になり、修理ついでに家を大きくしてくれと頼まれました」


 本当に大丈夫なのか……?

 巫女さんたちが良いように踊らされるんじゃないかと心配して聞いてみたが、幼馴染みからの延長という事もあって良好らしい。


「それに巫女様が仕事を失うと補佐していた者たちも仕事を失う事になります。せっかく温泉湧いたのですから旅館にしてはと提案させて頂きました。これからは巫女様でなく、女将として息子と共々頑張ってもらいましょう。これをエサに人を呼べば……村の収益は確実にアップでしょうな!」


 村長の色々黒い部分が見えた出来事であった。


「それはそうと妻からシロネの準備が整ったと言われました。なので、今日の夜にでも結婚式を執り行いましょう。盛大に行うので期待して下さい」


「おっ、やっとか……」


 今日という日まで長かった。

 妹さんから許しはあっさり貰え、その日の内に発表して軽く儀式を済ませるだけだったのだが、そこへ村の女性陣が待ったをかけた。


「花嫁衣装が無いのに結婚式とは何事だい!!」


 確かに花嫁衣装の事は失念していた。

 というか、花嫁衣装がこの世界も有るんだな。


「食事も保存食ばかりとか……冗談よね?」


 森が戻った様に自然の恵みも戻ったことは確認済み。

 なのに、それを集めて提供しないというのは如何なることか?


 そんな女性陣の圧に押されて結婚式は延期となっていた。

 しかも、彼女たちの行動はそれだけではない。


「シロネには私たちが女の嗜みを教えます。椿様におかれましては、準備整うまでシロネと会うことを禁止とさせていただきます」


「えっ?」


 家族公認の仲にはなった訳だし、これからイチャイチャしようと思った矢先、奥様方にシロネが連れ去られてしまった。

 それから今日まで会うことすら出来ずにいたのだ。


「先程、我が家でシロネの着付け姿を偶然見ましたが……見事なものでした。村一番の娘と言っても過言ではないでしょう。彼女も会えずに不安がっていましたので、会ってやって下さい」


「あぁ、ありがとう。行ってくるよ」


 いつでも入れる温泉よりも会えずにいた奥さんの方が優先だ。

 俺は村長の言葉に胸を膨らませながら、シロネの元へと向かうのであった。


 それにしても、流石は異世界。

 神様の手助けがあったとはいえ、ヒロインと出会ってから結婚まで展開早いなと苦笑するのであった。


「さて、村の復興は終了。後は、椿殿とシロネの結婚式中に何事も無ければ完璧ーー」


「村長!ルークスからの早馬が門にっ!!」


 人はそれをフラグと言う。

 椿が去った後、慌てた様子で村人が入れ違いにやって来た。


「これは一波乱あるかもしれませんな……」


 そう呟き、村人の後についていくのであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔物避けの塀に囲まれ唯一開いた村の入口に、馬を引き連れた冒険者風の男たちが佇んでいた。

 そんな彼らを村人たちが殺気だって警戒している。


「これはどういう状況ですかな?」


 そう尋ねると冒険者たちの中から代表と思われる人物が前に出た。


「失礼、貴方がこの村の長殿ですか?」


「ええ、そうです。あなたがたは?」


「私達はルークスの町で冒険者をしているものです。とある調査の為に集められました」


「調査ですか?」


「はい、ご存じだと思いますが、ここいら周辺で起きた天変地異についてです。空から飛来したもので湖畔が一瞬で消失したかと思ったら何事も無かったかの様に戻ったり、干ばつにより荒廃した土地が自然豊かな土地に戻ったりしている件です。何か、ご存知ではないでしょうか?」


「「「………」」」


 皆の頭に浮かんだのは、シロネが連れてきた村の恩人である青年と黒き神獣。


「……申し訳ありません。質問にはお答え出来かねます。私たちも巻き込まれた側でして、突然の事で何が何やら……? のう、皆の者?」


「あっ、はい。そうです。いきなり草木が生えてきて、村の中も大変だったんですから」


「「「そうだ。そうだ」」」


「そうですか。何か知ってると助かったのですが……。これは長くなりそうだな」


 話を聞いて、冒険者たちは残念そうに肩を竦めた。


「すみません。お金を払いますので、調査拠点として数日の間、滞在させて頂けませんか? 食事の方はこちらの方で用意しますので」


 そう言って、数枚の金貨が入った袋を手渡してきた。


「……分かりました。ご用意させて頂きましょう。ただ、本日は村で盛大な結婚式が行われます。冒険者の皆さんには静かにする様に徹底して下さい。それから特に花婿様とその使い魔様。……お二人だけはに怒らせない様にお願いします。それが守れないなら用意する事は出来かねます」


「? 分かりました。私が責任を持って徹底させます」


「それではご案内致しますので、ついて来て下さい。お〜い、誰か巫女様へ"客人を泊める"と連絡してくれ」


 村人の一人が遣いとして、旅館へと走る。

 宿に着く頃には、巫女様から問題ないとの返事を頂く事が出来た。

 これを機に旅館の良さをアピールし、街で宣伝して貰うとしよう。


「こんな場所に良いのですか?」


 冒険者たちは旅館を見上げ、その立派さに驚いている。


「約束事さえ守って頂けるのでしたらね」


「おい、お前たち! 分かってるだろうな?」


「「「はい! よろしくお願いします!!」」」


 私はあの事を任せて、事情を知らせに我が家へと足を向けた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 村長の家に行くとやりきった顔をした奥様方に案内された。


「あっ、椿さん!!」


「………」


 部屋に入るとシロネの姿に目を奪われた。

 上品で真っ白なウエディングドレスは彼女を美しくし、大人の色香を醸し出していた。


「椿さん、どうしました?」


「綺麗……」


「えっ?」


「凄く綺麗だよ。女神様が現れたかと思った。今すぐに結婚しよう! シロネを誰にも渡したくない!!」


「女神様だなんてそんな……。それに私はもう貴方のモノですよ」


 顔を真っ赤にしてモジモジし出すシロネはとても可愛く、保護欲を駆り立てられるのであった。

 というか、身体が自然と動いて抱き締めていた。


「シロネちゃん……良かったね。ぐすっ、本当に良かったね。ぐずっ」


「ええっ、私たちはやり遂げたのよ!」


「花嫁衣装を持ち寄り仕上げた最高のドレス。あの服たちも浮かばれるわ!!」


 感動で涙ぐむ奥様たち。


「……でも、若いって良いわねぇ〜。人前というのにこの行動力」


「はぁ〜っ、確かに。それに綺麗だなんて……。私なんか最後に言われたのはいつかしら?」


「「「それ分かるわぁ〜」」」


「はいはい。椿様。ドレスに皺が着くので、それくらいして下さい。全部終わったら、ドレスごとシロネちゃんをどうしようと自由ですからね」


 奥様たちの言葉で正気に戻った俺たちは恥ずかしくなり一旦離れた。


「あっ、でも、家の壁は薄いし、夜はかなり静かなので防音対策はしっかりした方が良いですよ」


「シロネちゃんはかなりの素質があったので、きっと満足いくはずです。良かったですね。椿様」


 奥様方に弄られて、俺たちは余計に真っ赤になるのであった。

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