第9話 恵みの雨を大地に
「んっ。……ここは?」
シロネが目を覚ますとそこにはキッチンカーではない見知らぬ民家の天井があった。
「シロネお姉ちゃん!」
「ユキネ……?」
声のした方に顔を向けるとそこには心配そうに見詰める妹の姿があった。
あっ、ツバキさんは本当に私を村へ送り届けてくれたんだ。
ユキネの姿を確認出来て、シロネはホッと胸を撫で降ろすだった。
「良かった、心配したんだよ! なかなか目覚めないから! 呪いは解けたって聞いたけど、何処か痛い所とか苦しい所はない?」
「う〜ん……今の所はないみたい。それよりツバキさんたちは?」
「そうだ! 聞いてよ、お姉ちゃん! ツバキさんたちって凄いんだよ!言葉だけじゃ伝わらないと思うから見た方が早いかも!起きれる?」
「えっ? ええっ、大丈夫よ」
興奮した面持ちのユキネに驚きながらもツバキさんたちなら有り得るなと納得し、彼女に手を引かれながらの私は外へと出た。
「こっ、これは!?」
その光景は私の予想を遥か超えていて最初は夢かと思った。
でも、私が手を伸ばし頬を抓るとその痛みで現実だと理解させられた。
それ程までに劇的な変化が村に起きていたのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
気絶したシロネの事をユキネと名乗る妹さんに預けて、俺とレオは村の長であるダダンと話し合う事になった。
初めは巫女さんとの話し合いの予定だったのだが、精神的ショックで再起不能なのだとか? 一体何があったのやら?
「まずは、村へ来て頂き感謝致します。村の長である私"ダダン"が代表してお礼を言わせて下さい」
「……理由は聞いた。仕方ないと思わなくもない。でも、選んだ理由が孤児だからってのが気に食わない」
「……全ては村の為に私の一存で決めた事です。もし、それで何かあるのでしたら全て受け止める所存です。例え殺される事になったとしても」
毅然としてその言葉を吐くダダンに長としての覚悟が見て取れた。
「はぁ〜っ……ちゃんとあとでシロネとユキネには謝ってくれよ?」
「ええ、そうするつもりです」
ダダンの返答を持って、俺はこの件は追求しない事にした。
「それじゃあ、本題に入ろうか? 雨を降らして欲しいんだっけ? レオの話だと出来なくないらしんだけど初めての事なんだよね。現状はどうなってるの?」
「はい。ツバキ殿たちが村へ来た際に温泉が湧きまして、それで一時凌ぎは可能かと?
しかし、飲泉の飲み過ぎは人体に害と聞きます。長期間は難しいでしょう。
現在は温泉をろ過する事も考えていますが、何分初めての試みなので何処まで出来るやら……」
「それが出来れば水量も有るから楽なのにね」
温泉を鑑定してみた所、かなりの水量が有る事が分かった。
また、多くの成分が溶け込んでおりかなりの効能が期待出来そうだ。
「なので、当初の予定通りお願いしたく存じ上げます。
この場が湯で潤ったとしても周囲の土地が乾燥していては自然が戻る事は無いでしょう」
「分かった。どの規模で行えるかも分からないけどやってみるよ。水瓶の用意とかはしておいてね」
という訳で、俺は雨降らしをする事になった。
魔法は従者を基点に発動する。
俺たちは場所を移し、村の中心に当たる場所。つまりは俺たちが落下して破壊した巫女の屋敷の前へとやってきた。
「それじゃあ、レオは魔力量の確認を頼むよ」
「はいよ。ヤバそうなったら直ぐに言うわ」
今回は前回の様な"角砂糖事件"を起こさない為にも魔力の消費をレオに逐一見て貰いながら慎重に行う事にした。
助けるつもりが村を消したら洒落にならないからね。
「まずは、雲を呼び寄せる所からだな」
日照りが続いたことで土地自体が乾燥し、雨雲を作るだけの水分が不足していた。
もし、この状態で儀式をしようものなら失敗に終わっていたので、間に合って本当に良かった。
「
俺は空に手をかざし、雲がこの地に流れ込む様に気圧などを操作した。
「おぉっ! 空が曇ってっ!!」
「気温も下がってきた! コレなら!!」
周囲からは期待の声が上がる。空では引き寄せられた雲たちが渦巻き分厚い雨雲を生み出していた。
これで十分に雨の源は育っただろう。俺はそこに最後の後押しとして重量を少し加えた。
「「「「「きたぁーーっ!!」」」」」
そして、彼らが望んでいた雨が降る。それは少し強くて煩かったけど、それを上回る程に聞こえる村人たちの声が成功したを教えてくれた。
「上手くいっ……っ!?」
急な立ちくらみが自身を襲い、一瞬倒れそうになってしまった。
「魔力はあんまり使ってないのに……」
「そりゃあ、練習も無しに大規模魔法を使えば身体がビックリして反動が来るわな」
どうやら俺の身体が魔法の反動に慣れていないから起こった現象の様だ。
「それで……どうする?」
「どうするって?」
「ツバキだって気付いてるだろ? 一回程度の水じゃ……意味がないってな」
「…………」
レオの言う通りだった。
この土地はシロネに聞いていた以上に干からびていたのだ。
「そこで提案なんだが、お前さんの残りの魔力で自然を戻せるって言ったら……どうする?」
「なっ!? 本当なのか、レオ?」
「あぁ、本当だ。雨で土地が潤った事で条件が整った。魔法もツバキは既に知ってる筈だ」
「知ってる……あの魔法か!!」
「魔法に必要なのは具体的なイメージ。直接見て触れたツバキなら詠唱さえすれば出来る筈だろよ? そんな訳で失敗しても魔力分の影響しか無いからやるか?」
「やる!!」
俺は悩むな事なく、レオの提案を受け入れた。
「よし、きた! なら、やってみよう! 報酬はお菓子な!!」
「材料のストック無視でホールケーキを作ってやるよ!」
「契約成立!直ぐに教えよう!!という訳で、俺に合わせて口遊み魔力を練り上げろ!」
なるほど。それなら確実に出来るな。
俺は深呼吸して肩の力を抜き、目を瞑ると湖でレオが起こした奇跡を頭に思い描いた。
「「其れは創世七日の三日目。天地が分かれ、空が生まれ、地が出来た。これはその後の物語。満たせ。満たせ。満たせ。その青き芽吹きで世界を満たせ」」
レオの時とは違い俺の周りを多量の魔法陣が包み込んでいく。それに従い自身の魔力もどんどん減っていくのを感じていた。
「「
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……何が起こったの?」
家を出た私が最初に目にしたのは圧倒的なまでの緑色だった。
生い茂る木々が蔓の様に家々を飲み込み、乾燥していた地面には緑草と花々が咲き誇っていたのだ。
「ナニ……コレ? 私知らない」
「えっ?」
隣の妹から上がった声に振り返えると彼女は目を白黒させて驚いていた。
「貴方が言ってた凄い事ってこの事じゃないの?」
「うんうん、違うよ。私が言いたかったのはツバキさんが振らせた雨の事。私がお姉ちゃんの看病してる間に一体……」
「ツバキさんは……何処にいるの?」
「えっ?……確か、巫女様の家の所だと思うけど……」
「ちょっと、先に行くわね」
「お姉ちゃん!? 身体は大丈夫なの!?」
私は心配するユキネを背にツバキさんの元へと急いだ。
「ツバキさん!」
巫女様の家の所へ行くと人だかりが出来ていた。恐らくあの中心にツバキさんがいるだろう。
私は彼に聞こえる様にその名を叫んだ。
「シロネか!? 皆の者、道を開けよ!」
返って来たのはツバキさんでなく、村長であるダダンお爺さんの声だった。
「ツバキの旦那なら中央にいるぞ! おい、シロネが来た!!」
私に気付いた人が声をかけると皆が横に避けて道を作ってくれた。
その先では少しの間だというのに懐かしく思えるツバキさんの背があった。
「ハァ……ハァ……ツバキさん」
「………」
その背に声をかけるも返事が返って来ない。
「ツバキ……さん? あの、どうし……えっ? きゃっ!?」
恐る恐る彼に手を伸ばすと彼は私の方へと倒れ込んできた。
「ちょっ、大丈夫ですか!? 何処か怪我でも!?」
「……zzz」
「うん? 寝てる?」
どうやらツバキさんは怪我などではなく、ただ単純に立った状態で寝ていた様だ。
「あぁ、それな。自身の魔力を欠乏症になる一歩手前まで出し切ったから身体が勝手にスイッチ切ったのさ」
「レオさん!」
「元気になったみたいだな」
「ありがとうございます。……それでツバキさんに問題はないという事ですか?」
「ないない。問題が有るとすれば魔力がカラッ欠で砂糖を出せないくらいだな。まぁ、3日もすれば治るだろうけど……その間のおやつはどうするのかね? 俺への正当な報酬はあるよな?」
どうやらレオさんの関心はツバキさんよりお菓子にあるらしい。
私はツバキさんが車の燃料としてストックしていたのを思い出し、レンさんに伝えるととても喜んでいた。
「あの……我々に説明を……」
「あっ。それは……オレがするしかないか……」
ツバキさんは寝てしまっているので、男衆に手伝って貰い我が家へと連れ帰った。
その後、レオさんはツバキさんの代わりに仕方なく村の皆に説明する事になった。レオさんの話はとても衝撃的で、どうやら私たちはツバキさんに頭が上がらないらしい。
「でも、村の家まで巻き込んだのは戴けませんね。絡み付いた木々の撤去に男衆が泣いてましたよ」
まぁ、それくらいの罰は突然受けても良いんじゃないかな?
私やツバキさんは頑張った訳だし。
「むぐっ……」
「ふふっ……思ったより柔らかい……」
そう思いながら寝ているツバキさんで遊ぶ私なのであった。
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